国立感染症研究所

logo40

エコーウイルス9型による無菌性髄膜炎の地域流行、2013年―東京都

(IASR Vol. 35 p. 19-20: 2014年1月号)

 

2013年6~9月にかけて東京都特別区の1地域において小児を中心にエコーウイルス9型による無菌性髄膜炎の流行を認めたので報告する。2013年7月11日、無菌性髄膜炎でA区M地域在住の小児5名が入院していると医療機関から行政機関に情報提供があった。都内A区T病院小児科での過去5年間の無菌性髄膜炎入院患者は毎月5人以下であったが、2013年7月の入院患者数は17日時点で13人となり、アウトブレイクが明らかとなった。東京都健康安全研究センターでは、関連する保健所、医療機関と連携し、原因究明のための検体検査と全体像把握のための記述疫学を行った。

(1) ウイルス検査
2013年7月16日~8月21日の期間に無菌性髄膜炎患者13人の髄液検体(13検体)が東京都健康安全研究センターに搬入された。住所地別の内訳は、A区在住7人、K区在住5人、他区在住1人であった。無菌性髄膜炎の都内での病原ウイルス検出状況を鑑み、エンテロウイルス属の検索を実施した。検査方法は、国立感染症研究所の無菌性髄膜炎病原体検出マニュアルに記載されている方法に準拠した。遺伝子検査においては、RT-PCR法によりVP1領域の遺伝子を増幅し遺伝子検出を試みた。この結果、13件中12件でエンテロウイルス属が陽性となった。検出された遺伝子の塩基配列から型別を決定し、結果はエコーウイルス9型10件、型別不明2件であった。エコーウイルス9型10件の塩基配列を検討したところ、99%以上の相同性が確認された。培養細胞による分離検査においては、Vero E6、RD-18S細胞を用いて実施し、2件でウイルスが分離された。ウイルス分離後、血清を用いて中和試験を行い、いずれもエコーウイルス9型と同定された。

(2) 記述疫学
症例定義は2013年6月8日以降に発症し、A区T病院小児科、そして周辺6カ所の病院小児科に無菌性髄膜炎と診断され入院した者とした。遺伝子検査で髄液からエコーウイルス9型が検出された者または血液検査でエコーウイルス9型抗体価が有意上昇した者を「確定例」、確定例と疫学的リンクのある者を「可能性例」、確定例と可能性例以外で、A区に在住する者またはA区と隣接する5区に在住する者を「疑い例」(ただし、エコーウイルス9型以外のウイルスによるものと診断された症例は除く)とした。

症例数は計85人で、確定例33人、可能性例15人、疑い例37人であった。症例は6月20日~9月18日の期間に発症し、発症のピークは7月12日であった。9月19日以降最大潜伏期間1)の2倍となる12日間新たな発症がみられなかったことから9月30日に終息と判断した(図1)。性別は、男性48人(男女比1.3:1)、年齢は11か月~13歳(中央値5歳)であった(図2)。入院日数は3~11日(平均7.1日)で、髄膜脳炎症例が1人あったが、後遺症例や死亡例はなかった。

集団生活の所属内訳は、保育所32人、幼稚園12人、小学校31人、中学校5人、不明3人、未所属2人であった。居住地別では、A区66人(うちM地域22人)、K区14人、他区3人であった。6月20日~7月11日までの発症者の居住地はA区M地域であり、流行はA区M地域で始まった。その後、K区のK幼稚園で流行が起こったが、7月11日発症の確定例(PCR陽性)はM地域居住かつK幼稚園所属であったことから、M地域との疫学的リンクが確認できた。7月25日以降M地域以外のA区の複数の保育所を中心に流行が続いた。3人以上の発症が確認された施設の内訳は、A区M地域で保育所1カ所、小学校2カ所、中学校の野球部1カ所、M地域を除くA区で保育所3カ所、K区で幼稚園1カ所、小学校1カ所であった。

家族内発症は16家族で確認された(兄弟姉妹間13家族、父または母への感染4家族:重複あり)。家族内感染から施設への持ち込み、またその逆の施設内感染から家庭への持ち込みが確認された。

(3) 考 察
家庭内、保育所を主とした施設で発生がみられ、これらの場所での感染者との濃厚接触が感染の要因と考えられた。流行が長期化した原因についてはいくつか考えられた。まず、家族内感染→施設への持込み→施設内感染→家庭への持込みという感染の連鎖を断ち切ることが困難であった。不顕性感染者も感染源となりうるため、その者達から感染が広がった可能性があった。エンテロウイルス属は、感染力が強いばかりでなく、咽頭からは発症後1週間程度、糞便中には数週間ウイルスが排泄されるため曝露を受ける期間が長く、さらに消毒薬に抵抗性が強いという特性もあった。

K区の幼稚園では、7月22日以降の夏季保育を中止し、以降閉園措置を取った。この対応は非常に効果的であり、早期の終息に至った。

しかし、保育所では休園することが難しく、登園の自粛を保護者に依頼することが精一杯であった。さらに、延長保育の場合は人手の問題から園児がクラスを越えて集められる状況となり、クラスを越えて感染が拡大する要因となった可能性が考えられる。当然のことながら、保育時間が長くなれば食事や排泄の回数は増え、感染のリスクも増加する。保育所でのエンテロウイルス感染症対策の難しさが、本事例の流行の背景と考えられた。

感染症のアウトブレイクがみられた場合、感染伝播についてリスク因子を明らかにすることは重要であるが、実際には非発症者も含めた調査を実施することは難しい。調査を実施できる環境づくりを進めていく必要があるものと考えられる。

今回の地域流行では基幹定点サーベイランスによるアウトブレイク探知はできなかった。都内には基幹定点病院が25カ所あるが、この地域に基幹定点病院は設置されていなかった。現状では発生動向の傾向を明らかにすることはできるが、無菌性髄膜炎のアウトブレイクの探知には基幹定点では限界があり、これは今後の課題として挙げられた。今回のアウトブレイクは、医療機関が異常を探知したことが発見のきっかけとなった。感染症対策には、普段から医療機関と行政機関が顔の見える関係を構築しておくことが重要と感じられた。

 

参考文献
1)小児感染症学 改訂第2版, 編集:岡部信彦, 診断と治療社, pp404-409, 2011

 

東京都健康安全研究センター  
 杉下由行 早田紀子 秋場哲哉 長谷川道弥   林 志直 甲斐明美 住友眞佐美
東京女子医科大学東医療センター小児科  
 鈴木葉子 志田洋子
日本医科大学小児科 板橋寿和
国立感染症研究所感染症疫学センター 多屋馨子

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version