帯状疱疹大規模疫学調査「宮崎スタディ(1997-2017)」アップデート
(IASR Vol. 39 p139-141: 2018年8月号)
はじめに
最初の帯状疱疹の疫学は, 1965年にHope-Simpson1)により報告されている。彼は, 高齢者の発症率が高いこと, および, 水痘または帯状疱疹を有する個体からの水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)への外因性曝露が, VZV特異的細胞性免疫を高めることにより, 帯状疱疹のリスクを減少させるとの仮説を立てた。その上で水痘の流行が帯状疱疹の発症を減少させているという彼の調査結果は, 水痘患者との接触および帯状疱疹の発症に関する他の疫学研究によっても確認されている2)。それ以降, 多くの調査が行われてきており, それらの帯状疱疹の疫学について世界各国の論文をまとめ紹介したものとしてKawaiら3)の文献がある。「宮崎スタディ(1997-2006)」4)では, 10代に小さな峰があり, 30代に凹みをもち, 50代より急激に増え, 60代・70代に大きな峰のある2峰性があることを報告している。30代が低い理由としては, 子育て世代であることから水痘患児との接触機会が多く, ブースター効果が得られて, 発症が抑制されるためと推測した。また, その中で, 水痘流行と帯状疱疹の発症は, 鏡像関係になっており, 水痘の少ない夏に帯状疱疹が多く, 水痘の多い冬には帯状疱疹が少ないことを明らかにした。本稿で紹介する「宮崎スタディ(1997-2017)」は, 現在も進行中の世界で最大規模の帯状疱疹の疫学調査であり, 今回は, 1997~2017年までの21年間の集計結果と, 2014年10月からの水痘ワクチン定期接種化が帯状疱疹の疫学にどのように影響したかについて報告する。
対象と調査方法
1997~2017年にかけての21年間にわたり, 宮崎県皮膚科医会に属する皮膚科診療所33施設と総合病院10施設を受診した帯状疱疹の性別・年齢を月ごとにまとめた。対象患者は, 帯状疱疹の初診患者のみで, 帯状疱疹後神経痛の患者は除外した。また, 疑診例(蛍光抗体法等で確認できない症例)や他の宮崎県皮膚科医会所属医療機関受診の重複患者も除外した。宮崎県皮膚科医会のサーベイランスは, 宮崎県全体の帯状疱疹患者の約85%をカバーし, 臨床的に帯状疱疹と診断された患者をPCR法で検証したところ, 臨床診断の陽性的中率は約98%であった5)。
発症数・発症率の年次変化
帯状疱疹は, 宮崎県においても年々増加傾向にあり, この21年間で, 県人口は8.3%減少しているにもかかわらず, 帯状疱疹の年総数は54.5%増加し, 平均発症率も68.1%上昇した。帯状疱疹の総数は112,267人で平均発症率は4.69/千人年であった(図1)。50代から急激に増加し, 数のピークは, 男女とも60代で, 率のピークは, 女性は70代, 男性は80代であった。
高齢化社会と帯状疱疹
1997年には40代が最も多い人口構成であったが, 2017年は60代が最も多くなり, 60歳以上の人口割合も25.2%から38.5%に上昇している。それに伴い帯状疱疹の数も増えてきていて, 帯状疱疹の約7割が, 50歳以上であり, 高齢者の増加が帯状疱疹の数を引き上げている一因になっていると思われる。ただし, 特に60歳以上で発症率の上昇が顕著であり, 高齢者においても発症率が増加していることから, 帯状疱疹の増加は, 高齢化社会のみに起因するのではないかもしれない。
水痘ワクチン定期接種化による影響
水痘予防接種プログラムは, 地域社会のVZVを減少させ, VZVに対する免疫力を高める可能性を減少させるため, 水痘ワクチン接種の導入は集団における帯状疱疹発生を増加させる可能性があるとの仮説が立てられている。Yihら6)によれば, 1998~2003年の間のマサチューセッツでの, Oka株水痘ワクチンによる全面的なワクチン接種により, 水痘発症率が減少する一方, 帯状疱疹発症率は増加した。本邦でも, 2011年4月に日本小児科学会が水痘ワクチンの2回任意接種を勧奨し, 2012年4月から2回目の推奨接種期間を「5歳以上7歳未満」から「18か月以上2歳未満」に変更した。宮崎県においても水痘が徐々に減少し始め, 宮崎市の2013年4月からの補助事業の導入や, 2014年10月からの定期接種開始により, 水痘の流行は激減した。その結果, 水痘は年間を通して減少し, 季節性は消失した。この水痘減少の影響で, 帯状疱疹も夏に多く冬に少なくなるという季節性があまりみられなくなった。このことは, ワクチン接種の影響が年間を通じての帯状疱疹の増加に関連しているものと推察される。また, 年代別にみると, 定期接種前の2012~2014年に比べ定期接種後の2015~2017年は20~40代と60歳以上で発症率が上昇している。1997年からの発症率の変化率は, 全年代で徐々に増加している。特に, 2014年10月の定期接種後, 20~40代の若年層で変化率が最も大きくなっている(図2)。このことから, 定期接種の影響を最も受けた世代は, 高齢者層よりも若年層の方がより大きいと推察できる。従来, ブースター効果により帯状疱疹が少なくなっていた若年層は, 定期接種による水痘の減少によって, その影響が少なくなった。その結果, 発症率が上昇して2峰性も消失したと思われる。
診療データベースによる帯状疱疹の発症の予測
帯状疱疹の疫学として世界的にその頻度が認められているのは, 全数把握でPCRによる診断が行われたOxmanら7)の研究と小豆島の疫学研究8)で, 60歳以上では年間100人に1人であり, 宮崎スタディ4)の捕捉率からも, 60歳以上は100人に1人である。また, 宮崎スタディ9)で帯状疱疹の2回発症患者は約6%で, 1年間以内の再発は, 1,125例中9例であり, 1年以内に再発することは, 極めてまれである。今回, 2012~2017年の診療情報データベースによる帯状疱疹の発症者の推定が発表された10)。この帯状疱疹患者数は宮崎スタディにおける県全体のカバー率85%を考慮しても, 宮崎スタディの約2倍の患者数で, 平均発症率も14.8/千人年となっている。これは, Oxmanら7)の研究と小豆島の疫学研究8)からも乖離した数字となっているが, 再発症例についての取り扱いが明らかになっていない。また, 川島ら11)によると, 帯状疱疹で皮膚科受診した患者のうち, 23.2%は, 他科受診を経由して来ていることから, 他科との複数受診や他の疾患が紛れ込んでいる可能性が否定できない。今後, 日本の帯状疱疹の疫学の信頼性を高めるためには, 再発症例の取り扱い, および他科との複数受診や帯状疱疹以外の疾患が紛れ込むことのないデータの分析が重要である。
おわりに
水痘減少によるブースター効果の抑制に伴う, 帯状疱疹の増加と, 高齢化の進行による帯状疱疹の増加で, これからは, Hope-Simpson1)の報告と同様の経年性の変化になるのかもしれない。ただし, 2016年3月から認可された帯状疱疹予防ワクチンおよび近々上市されるサブユニットワクチンが普及すると, 高齢者の帯状疱疹が減少することも予想される。
文 献
- Hope-Simpson RE, Proc R Soc Med 58: 9-20, 1965
- Thomas SL, et al., Lancet Infect Dis 4(1): 26-33, 2004
- Kawai K, BMJ Open 2014; 4: e004833.doi:10.1136/bmjopen-2014-004833
- Toyama N, Shiraki K, Miyazaki Dermatologist Society, J Med Virol 81: 2053-2058, 2009
- Shiraki K, Toyama N, Shiraki A, Yajima M, Miyazaki Dermatologist Society, J Dermatol Sci 90(2): 166-171, 2018
- Yih WK, BMC Public Health 5: 68, 2005
- Oxman MN, et al., N Engl J Med 352(22): 2271-2284, 2005
- Takao Y, Japan Epidemiological Association 22 (2): 167-174, 2012
- Shiraki K, Toyama N, et al., Miyazaki Dermatol-ogist Society, Open Forum Infect Dis 4(1), 2017
- 池田俊也ら, 診療情報データベースを用いた帯状疱疹の疫学などに関わる研究, 平成29年度 厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)
- 川島 眞ら, 臨床皮膚科 65(9): 721-728, 2011