国立感染症研究所

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渡航者数を考慮したマラリア症例サーベイランス

(IASR Vol. 39 p170-171: 2018年10月号)

日本人渡航者にとって, マラリアの発症リスクを知ることは予防や発症時の受診行動に繋がる重要な情報である。また, 医療従事者にとっても診断上有益である。原虫種別症例報告数の年別推移や推定感染地域の概要については, わが国のマラリア症例サーベイランスのデータに基づき, 過去に本誌で紹介した1)。今回, 日本人渡航者における, より詳細な発症リスクの評価を行うため, 流行地への渡航者数を分母とした渡航者あたり症例報告率を算出した2,3)

方法として, 感染症発生動向調査において2006~2014年に報告されたマラリア症例について, 氏名の表記から日本人と推定し, その基本属性(年齢・性)と主な原虫種別の推定感染地の分布を示した。日本旅行業協会の国別日本人渡航者数のデータを使用し, 推定感染国・地域別の日本人の症例報告数を同年の同国・地域への日本人渡航者数で除して, 日本人渡航者1万人あたりの報告率(以下, 報告率)を算出した。

全報告数557例のうち306例 (55%) が日本人と推定された。日本人の年齢は中央値31歳 (四分位範囲24-40歳), 213例 (70%) が男性で, 主に熱帯熱マラリア(原虫種はPlasmodium falciparum)〔n=162 (53%)〕と三日熱マラリア (P. vivax)〔n=70 (23%)〕であった。主な推定感染地は, 熱帯熱マラリアはアフリカ〔n=147 (91%)〕, 三日熱マラリアはアジア〔n=35 (50%)〕とオセアニア〔n=16 (23%)〕であった。報告率は, 熱帯熱マラリアはアフリカ諸国(ウガンダ, ギニア, コンゴ, シエラレオネ, タンザニア, 中央アフリカ, トーゴ, ニジェール, ベナン, マリ, ルワンダ)とパプアニューギニアが1.0以上, 三日熱マラリアはバヌアツ, パプアニューギニア, 東ティモール, およびアフリカのウガンダ, ルワンダが1.0以上を示した(図1, 図2)。

以上の結果から, 日本人の熱帯熱マラリア症例の多くはアフリカでの感染が示唆されたうえ, 報告率もアフリカ諸国が最も高く, アフリカでの高い流行状況を反映していると考えられた4,5)。一方, 三日熱マラリアは, 報告数, 報告率ともにアジア, オセアニアが多く, 過去に報告された三日熱マラリアの分布と一致した6)。また, 報告率は, 熱帯熱マラリアと三日熱マラリアの両方でパプアニューギニアが高く, 臨床医や渡航者にとって価値のある情報と考える。一方, これらの結果においては, 渡航先での具体的な情報が不明のため(滞在期間, 滞在地域, 活動内容等), 解釈には注意が必要である。なお, 氏名の表記から日本人とそれ以外に分類したこと等も制限として挙げられる。

結論として, 日本人の報告率は, 各国のマラリアの流行状況を概ね反映する結果となった。加えて, パプアニューギニアのように報告数が少ないものの報告率が高い場合があり, 周辺の東南アジアとは異なる様相も示唆された。このように, 渡航者数の情報を活用することで, サーベイランスに基づいたより有用なリスク評価が可能となった7)。今後, より正確なマラリアのリスク評価のため, 滞在期間や渡航目的等の情報の収集は大きな価値があると考える。

謝辞:感染症発生動向調査にご協力頂いた, 全国の自治体と医療機関の皆様に深謝申し上げます。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, IASR 35: 224-226, 2014
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/malaria-m/malaria-iasrd/4979-kj4152.html
  2. Kanayama A, et al., Am J Trop Med Hyg, published online 21 Aug 2017
    https://doi.org/10.4269/ajtmh.17-0171
  3. 金山敦宏ら, 第28回 日本臨床寄生虫学会および学会誌後抄録集, 2017
  4. Snow RW, et al., Nature 434: 214-217, 2005
  5. Gething PW, et al., Malaria J 10: 1-16, 2011
  6. Gething PW, et al., PLoS Negl Trop Dis 6: e1814, 2012
  7. Fukusumi M, et al., PLoS Negl Trop Dis 10(8): e0004924, 2016
    http://journals.plos.org/plosntds/article?id=10.1371%2Fjournal.pntd.0004924

 

防衛医科大学校防衛医学研究センター
広域感染症疫学・制御研究部門
 金山敦宏 加來浩器
国立感染症研究所感染症疫学センター
 有馬雄三 松井珠乃 木下一美 大石和徳

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