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マラリアワクチン開発の世界的動向

(IASR Vol. 39 p174-175: 2018年10月号)

1.はじめに

マラリアワクチンは, マラリア対策の切り札としてこれまで数十年もの間, 注力されてきたが, 未だ実用化には至っていない。マラリア原虫は, その複雑な生活環から原虫の各発育時期によって発現しているタンパク質が大きく異なっている。したがって, 1)媒介蚊からヒトへの侵入型であるスポロゾイトや肝臓型原虫を標的とする感染阻止ワクチン, 2)赤血球への侵入型であるメロゾイトを標的とする発病阻止ワクチン, 3) 生殖母体を吸血後, 媒介蚊内で発育する原虫を標的とする伝搬阻止ワクチンの3種に分けて開発が進められてきた()。本稿では, マラリアワクチン開発の最前線1)とともに, 我々のポストゲノムマラリアワクチン候補探索研究の概要2)を紹介する。

2.マラリアワクチン開発の最前線

1) 感染阻止ワクチン

1960年代末に, 放射線照射したスポロゾイトで実験的に動物を免疫すると(いわばマラリア生ワクチン)強い防御免疫が誘導されることが報告され, 放射線照射によって弱毒化したスポロゾイト(radiation attenuated sporozoite vaccine: RAS)を用いたマラリアワクチンの研究がスタートした。この研究成果は, マラリアワクチンの実現可能性を世界で初めて示したものである。またこの防御免疫の標的抗原として, スポロゾイトの表面タンパク質circumsporozoite protein(CSP)が同定された。その後, 放射線照射したマラリア感染蚊をヒトに吸血させて免疫する臨床試験が米国で実施され, RASコンセプトの有効性がヒトでも実証された。その後, 米国においてRASをGMP生産してバイアル詰めしたRASワクチンの生産が確立し, 米国やアフリカ諸国における臨床試験が現在も行われているが, その効果については十分とは言えず, 今後のさらなる検証が待たれている。

現在最も開発が進んでいるマラリアワクチン候補は, 組換えCSPを抗原とするRTS,S/AS01ワクチンである。アフリカのマラリア流行国7カ国の11カ所で, 第Ⅲ相臨床試験が2015年に終了した。6,500名余りの乳児と約9,000名の幼児にRTS,S/AS01ワクチンを1カ月おきに3回接種し, 18カ月間追跡したところ, マラリア発症予防効果は乳児で27%, 幼児で46%であった。その後, 追跡20カ月目にこれらの集団にRTS,S/AS01ワクチンを1度追加接種し, 38~48カ月目まで追跡したところ, 効果は乳児で26%, 幼児で36%であり, 第Ⅲ相臨床試験で有効性が実証された世界初のマラリアワクチンとなった。以上の結果から, その有効性は十分とは言えないが, このワクチンの使用は公衆衛生上有益と考えられ, 世界保健機関 (WHO) は実用化を目指した大規模なマラリアワクチン実施プログラムを2018年からガーナ, ケニア, マラウイの3カ国で開始した。この結果により, RTS,S/AS01ワクチンのアフリカ諸国への導入が判断される。

2) 発病阻止ワクチン

マラリアの病態は, マラリア原虫が赤血球に侵入増殖することによって引き起こされる。したがって, 発病阻止ワクチンの主な標的抗原は, メロゾイトのタンパク質である。これまでに第II相臨床試験まで進んだワクチン抗原としてAMA1, MSP1, MSP2, MSP3, GLURPがあるが, いずれも流行地原虫の抗原多型により有効性が示されなかった。したがって, 抗原多型の少ないワクチン抗原が成功のカギである。その一つとして, 大阪大学堀井俊宏教授により原虫のSERA5タンパク質を抗原としたBK-SE36マラリアワクチン開発が進められている(次記事参照)。もう一つ, メロゾイトの赤血球侵入に重要な役割を果たしているRH5を抗原とする第Ⅰ相臨床試験が進められている。いずれも, 今後の開発の成果が注目されている。

3)伝搬阻止ワクチン

マラリアエリミネーションが視野に入ってきた現在, 伝搬阻止ワクチン開発が必須と考えられている。伝搬阻止ワクチンは, ヒト血清と培養マラリア原虫生殖母体を試験管内で混合し, 媒介蚊に人工的に吸血させるワクチン評価法が確立しているため, 第Ⅰ相臨床試験で得られたヒト血清で効果判定が可能である。これまでに第Ⅰ相臨床試験が実施された抗原はPfs25, Pfs230の2種に過ぎない。Pfs25は1988年に研究が開始された後, 米国ならびにマリで第I相臨床試験が行われた。いずれも抗体価が上がれば効果はあるが, 抗体価の減衰が早く, ヒトに対していかに抗体価を上げ維持するかが課題である。また, Pfs230は最近第Ⅰ相臨床試験で有効性が示された。今後の開発の成果が注目されている。

3.新規マラリアワクチン抗原探索が課題

複雑な原虫の生活環を効率的に断つためには, 複数のワクチンが必要であるが, 現行のマラリアワクチン候補抗原は上述のようにわずかである。そこで, 2002年のマラリアゲノム解読以来, 約5,400個の遺伝子について, トランスクリプトームやプロテオーム情報が蓄積され, マラリアゲノムデータベース(PlasmoDB)が充実した。それらのゲノム情報をワクチン候補探索に利用するためには, 組換えタンパク質の合成が必須である。しかし, 大腸菌を用いた発現系はゲノムワイドなマラリアタンパク質の合成には適していなかった。そこで, 我々は愛媛大学で開発されたコムギ無細胞タンパク質合成法を用いたところ, 高品質のマラリアタンパク質を簡便に合成できることを見出した。そこで, この技術を用いてこれまでにマラリア原虫タンパク質を約3,000種類合成し, 新規マラリアワクチン候補抗原の探索を進めている。2013年からは, 公益社団法人グローバルヘルス技術振興基金からも助成を受け, コムギ無細胞法を基盤技術とする新規マラリアワクチン候補の探索をさらに加速している。今後, 新たなワクチン候補抗原を用いた開発にも着手する予定である。

 

文 献
  1. Draper SJ, et al., Cell Host Microbe 24 (1): 43-56, 2018
  2. Ntege EH, et al., Expert Rev Vaccines 16 (8): 769-779, 2017

 

愛媛大学プロテオサイエンスセンター
 マラリア研究部門 教授 坪井敬文

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