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病院内シンクから検出されたカルバペネマーゼ産生菌:薬剤耐性菌のリザーバーとしての病院内環境の重要性

(IASR Vol. 40 p28-29: 2019年2月号)

医療環境下において, シンクやそれにつながる配管設備が医療関連感染につながるカルバペネマーゼ産生菌などの薬剤耐性菌の重要なリザーバーとなり得る可能性が報告されてきている1,2)。本稿では2つの医療施設の病棟洗浄用シンク, 病棟汚水槽の各々からカルバペネマーゼ産生菌が検出された事例について報告する。

(1)NDM型産生菌の患者臨床材料からの検出履歴のない施設の病棟洗浄用シンクより検出されたNDM-1メタロ-β-ラクタマーゼ産生Acinetobacter pittii

1例のOXA-48カルバペネマーゼ産生Klebsiella pneumoniae検出事例に基づき入院患者を対象に実施された複数回の保菌調査ではOXA-48をはじめカルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌は検出されなかった。また, 環境調査でもOXA-48カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌は検出されなかったが, 病棟洗浄用シンクよりNDM-1産生A. pittiiが検出された。本菌はピペラシリン/タゾバクタム(PIPC/TAZ)をはじめβ-ラクタム系薬に耐性で, イミペネム(IPM) とメロペネム(MEPM)の最小発育阻止濃度(MIC)は>8μg/mLであった。全ゲノム解析の結果, A. pittii sequence type(ST)220が保有するblaNDM-1を含めた26,940bpの配列は既報の中国のヒト糞便由来Acinetobacter sp.が保有するプラスミドpNDM-JN02(accession no. KM210088)の相応配列と99.99%(26,936bp/26,940bp)一致していた。さらに染色体上にblaOXA-213-family geneが確認され, 構造遺伝子の配列は中国のヒト喀痰由来A. pittii ST220が保有するblaOXA-213-familyの配列(accession no. CP029610)と100%一致し, 12,265 bpの周辺配列も99.99%(12,264bp/12,265bp)一致していた。また, AmpC遺伝子としてblaADC-25の存在が確認された。国内の医療環境からNDM-1産生菌が検出された事例は初めてである。

(2)High Care Unit(HCU)での1例のIMP-1産生Enterobacter cloacae検出事例に基づき実施された病棟環境調査で汚水槽より検出されたGES-24カルバペネマーゼ産生Citrobacter freundii

本菌は環境調査でスクリーニングに使用したmSuperCARBA培地に発育したが, 広域セファロスポリン系薬およびPIPC/TAZのMICが低値を示し, かつIPMとMEPMのMICは≦1μg/mLと感性で通常のC. freundiiのプロファイルであった。本菌はClinical and Laboratory Standards Institute準拠のmCIM法で陰性であったが, 基質ディスクをMEPMからエルタペネムに変更した場合陽性結果が得られ, カルバペネマーゼ産生性が示唆された。耐性遺伝子はblaGES-24と同定され, 上流にintI1, 下流にaacA4の存在が確認されたが, この配列は国内の下水処理施設由来Klebsiella variicolaで確認されているblaGES-24の周辺配列と一致していた3)。当該医療施設では事例(1)と同様, これまでに患者臨床材料からのGES-24カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌の検出履歴はない。クラスAに属するGES型β-ラクタマーゼにはカルバペネマーゼとextended-spectrum β-lactamaseのタイプがあるが, 国内ではGES-4カルバペネマーゼ産生菌による医療関連感染が報告されている。GES-24を含めGES型カルバペネマーゼはカルバペネム系薬の分解活性が低いため, 薬剤感受性試験成績のみでは見逃される可能性が高く, 病棟汚水槽から医療環境への拡散につながる危険性がある。

上述の医療施設でシンク等水系設備から検出されたこれらのカルバペネマーゼ産生菌はこれに先立って患者由来株では検出されていない。Kotayらの実験的検証では, 排水管(Pトラップ)に定着したEscherichia coliがシンクの排水口めがけておよそ1日1インチの速さでゆっくり上方へ拡散し, さらにそこからシンク表面およびその周囲環境に飛び散ることが見出されている4)。ごく最近の米国National Institutes of Health Clinical Centerによる5年間のゲノム疫学研究では, カルバペネマーゼ産生菌の検出率が患者および患者の高頻度接触面では低率(1.4%)であったのに対して, シンク(3.2%), 清掃室排水口(12.5%)では比較的高率で, さらにマンホール内排水では高率(78.9%)であることが示されている5)。また, 患者由来株と環境由来株の間の遺伝的関連性は低いのに対して, それらの株が保有するプラスミド骨格の共通性が認められており, 病院の排水システムがプラスミドの環境リザーバーとして耐性遺伝子の拡散へ関与している可能性が示唆されている。

医療・介護分野, 獣医・畜産分野での薬剤耐性(AMR)対策への取り組みでは急速な進展がみられるが, 一方, 医療環境を含めた環境のAMR対策については薬剤耐性菌の疫学的実態すら明らかにされていない。したがって包括的なAMR対策のためには環境対策への積極的かつ速やかな取り組みが望まれる。

 

参考文献
  1. Vergara-López S, et al., Clin Microbiol Infect 19: E490-E498, 2013
  2. White L, et al., J Hosp Infect 93: 145-151, 2016
  3. Gomi R, et al., Antimicrob Agents Chemother, doi:10.1128/AAC.02501-17, 2018
  4. Kotay S, et al., Appl Environ Microbiol, doi: 10.1128/AEM.03327-16, 2017
  5. Weingarten RA, et al., MBio 9, doi:10.1128/mBio. 02011-17, 2018

 

信州大学大学院医学系研究科
 林 航 田中隼斗 飯村将樹 長野則之
信州大学医学部附属病院臨床検査部
 春日恵理子 名取達矢 松本 剛 
茨城県立中央病院・茨城県地域がんセンター
 臨床検査技術科 磯田達也
名古屋大学大学院医学系研究科 
 長野由紀子

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