(IDWR 2002年第16号掲載) 

 バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)は、バンコマイシン(VCM :MRSAなどグラム陽性菌に有効な抗菌薬)に耐性を獲得した腸球菌である。健常者の場合は、腸管内にVREを保菌していても通常、無害、無症状である が、術後患者や感染防御機能の低下した患者では腹膜炎、術創感染 症、肺炎、敗血症などの感染症を引き起こす場合があるため、欧米では、ICUや外科治療ユニットなど易感染者を治療する部門で問題となっている。

疫 学
 1980年代前半に欧州で最初に分離され、1990年代に入り欧州、米国などで急速に拡大し、現在それらの地域では、ICUなどで分離される腸球菌の20%以上がVREと判定されている。
 一方我が国では、感染症法に基づく届け出は1999年(4~12月)に23例、2000年(以後は1~12月)に36例、2001年に41例(暫定デー タ)となっているが、それらの多くはvanC型であり、欧米と様相を大きく異にしている。また、便や尿からの分離例で、いわゆる定着例と考えられる事例も 多い。
 院内感染対策が重要なvanAやvanB型が血液や腹水などから分離される「VRE感染症」の症例は、未だ少数である。しかし、我が国でも今後欧米のようにVRE の分離例が増加する事は十分予想される。
 前述の如く、国内でのVREの分離は未だ稀であり、適切な対策や行政的施策などを実施するため、その全数を把握する事が不可欠となっている。したがって、感染症法ではVREの感染症症例の全例について報告義務が課せられている。

病原体
 腸球菌属は健常者の回腸や口腔、外陰部などからしばしば分離される常在性のグラム陽性球菌であり、病原性が非常に弱い点が特徴である。乳酸発酵をするた め広義には「乳酸菌」の一種 とも考えられ、チーズなどの乳製品の製造に用いられる事があり、また、一部の整腸剤にも加えられている。したがって、VREの生物学的な特徴は一般の腸球 菌と何ら変わらず、健常者に「感染症」を引き起こす事は極めて稀であり、一部マスコミ等で「最強のバクテリア」と紹介されたが、 この点は全くの誤解である。しかし、腸球菌の一種であるEnterococcus faecium などは術後の心内膜炎などの原因菌となりうることが指摘されており、その意味では全くの非病原菌ではない。
 VREとして臨床上問題にされ、院内感染対策の対象となっているのはvanAまたはvanB遺伝子を保有する腸球菌である。一方、vanC型VREは今 のところ、欧米でも重篤な感染症を引き起こしたとの報告は稀であり、また、健常者でも入念に検査した場合少なくとも数%から分離されると 言われており、「常在菌」的性格も強く、院内感染対策の対象にはなっていない。しかし、感染症法では、vanC型のVREによる重症感染症の発生状況を正 確に把握するため、血液や髄液など通常無菌的であるべき臨床材料からvanC型VREが分離された場合には報告が求められている。
 最近、国内でVCM高度耐性のvanD型VREが分離され報告されているが、海外から報告されているvanE, vanG型のVREは臨床分離例も少なく、それらの臨床的な意義や動向は十分に把握 されていない。
 既に厚生労働省の調査結果から、海外から輸入されている鶏肉の一部がvanA 型VREに汚染されていたことが明らかとなっており、国内でのVRE対策上無視できない問題となっている。したがって、厚生労働省から鶏肉の生産国や輸出 国に対し、家畜へのアボパルシンの使用制限や飼 育環境の衛生上の改善などの申し入れが行われ、事態の改善が図られている。

 

臨床症状
 VREが健常者や感染防御機構の正常な患者の腸管内に感染または定着しても、下痢や腹痛などの症状を呈することはなく、無症状である。事実、国内の多く の分離例が無症状者の便や尿な どから偶然に分離されたものである。したがってそのような場合、無症状の保菌者となり、長期間にわたってVREを排出し続け、周囲の患者にVREを感染さ せていた事例も海外でしばしば報告されている。
 VREにより術創感染症や膿瘍、腹膜炎、敗血症などを生じた症例では、患部の発赤などの炎症所見、発熱などの全身所見など一般的な細菌感染症の症状が見られる。
しかし、VREが血液などから分離されるような感染防御能が全般的に低下した状態の患者では、MRSA、緑膿菌、大腸菌など病原性の強い他の細菌が同時に混合感染を起こしていること も多く、それらの菌による症状が前面に出る場合が多い。

病原診断
薬剤感受性試験
 感染症法では、各医療施設において日常的に実施されている分離・同定試験や薬剤感受性試験法により、腸球菌であって、VCMに対する判定結果が、MIC 値で≧16μg/mlと判定された症 例について届け出を求めている。ただし、NCCLS(米国臨床検査標準化委員会)の判定基準では、VCMのMICが≧32μg/mlを「R:耐性」として いるが、この基準では一部のvanAやvanB型VRE を見逃す可能性があるため、感染症法では暫定的に、VCMのMIC値が≧16μg/mlである腸球菌についての報告が求められている。

PCRによる判定
 VCMに耐性を示す腸球菌で、vanA、vanB遺伝子に特異的なプライマーを用いたPCR検査により、特異的なバンドが検出された場合。
 [註]Disk拡散法によるVREの型別の推定方法やPCRの具体的実施方法については、<https://idsc.niid.go.jp/others/vre2.html#van>に紹介されているので、参考にされたい。
 市販のVRE選択培地で分離を試みた場合、VCMに生来耐性を示す、Leuconostoc 属、Pediococcus 属、Lactobacillus 属なども分離されることがあり、VREとの鑑別が必要である

治療・予防
 VREが便や尿から分離されたのみで症状を呈さない、いわゆる定着例と判断される症例に対しては、VREを除菌する目的での抗菌薬の投与は通常行わない。
VREによる術創感染症や腹膜炎などの治療は、抗菌薬の投与とともに感染巣の洗浄やドレナージなどを適宜組み合わせて行う。
 抗菌薬の選択に関しては、薬剤感受性試験の結果を参考に、国内で入手が可能で有効性が期待できる抗菌薬の中から患者の症状や基礎疾患などを考慮し、最も 適切な薬剤を選択する。 また、VREと同時にMRSA、緑膿菌、大腸菌、肺炎桿菌などが分離される場合で、それらが症状の主因と考えられる場合には、それらの菌に対する治療を優 先することも必要である。
 予防手段としては、感染者(保菌者)、排菌者からの菌の伝播を防止することを第一とする。VREを排菌している患者の介護や処置などの際に、汚染されて いる便や尿、ガーゼ、喀痰、膿などの 処理に特に留意し、医療職員や介護者の手指や医療器具などが汚染されないよう注意する。
 VREを排菌している患者を擁する医療施設では、「排菌者の隔離」というよりは、手術などを予定しているハイリスク患者へVREを伝播させないため、「ハイリスク患者の逆隔離」的な対策も重 要である。

感染症法における取り扱い  (2012年7月更新) 
 全数報告対象(
5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければならない。
届出基準はこちら

 

 

(国立感染症研究所細菌第二部 荒川宜親)

 

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