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北海道のエキノコックス症流行の歴史と行政の対策

(IASR Vol. 40 p43-45: 2019年3月号)

はじめに

北海道のエキノコックス症は, 本来キツネとノネズミの寄生虫である多包条虫 (幼虫名は多包虫) の幼虫がヒトに寄生することで発症する寄生虫症(多包虫症)である。ヒトに感染した場合, 寄生虫が体内で無制限に増殖することと, 完全な治療に有効な薬剤がないため, 外科的切除による治療が推奨される。しかしながら, 寄生部位によっては切除が困難なこともあり, 治療せずに放置すると死亡のリスクが高い寄生虫症である。北海道では本症の住民の健康に対する脅威を鑑み, 行政が大学や医療機関と協力しながら, エキノコックス症対策を積極的に推進し現在に至っている。

北海道の流行の歴史

最初のヒト症例は1936年小樽市在住の女性で, 北海道北部の礼文島の出身者であった。感染源は1924年からの3年間に中部千島の新知島(シムシル島)から礼文島へ移入されたキツネに寄生していたものと考えられており, 人為的に持ち込まれた寄生虫である。当時の人口が1万人程度といわれるこの島の患者は131人を数え(実際は300人前後と推定)1), 情報が十分に行き届かなかったことなどから, 多くの住民が本症により死亡した。北海道は住民検診や水質調査を行うとともに島内のすべてのイヌ, ネコおよびキツネを解剖検査し, 終宿主動物をすべて取り除くことで島内における流行を終息させた。一方, 1965年に北海道東端の根室市で千島列島や礼文島と関連のない多包虫症患者が報告された。この患者の発生をきっかけに, 1966~1971年にかけて根室市周辺の媒介動物調査が行われ, 北海道東部の10市町村で多包条虫が定着していることが確認された。この新たな流行が人為的なものかは明らかでないが, 根室市沖合の島(ユルリ島や歯舞群島のハルカリ島など)に, 千島列島からキツネの導入が行われていたことから2), この流行拡大についてもヒトが関与したものと考えられる。1981年まで周辺地域を含む媒介動物の調査では, この10市町村以外での検出はなかったが, 1982~1983年にかけてこれまで流行が確認されていなかった網走支庁(現オホーツク総合振興局)管内で飼育されたブタでの感染が確認された3)。この検出を契機に, 北海道全域の媒介動物調査が行われ, 1993年にはほぼ全域への流行の拡大が確認された(図1)。現在, 北海道では毎年400頭前後のキツネが解剖検査され, 毎年の新規患者数等の情報とともに公表されている。そこではこの20年にわたり, 北海道全域の40%前後のキツネが感染していること, また, 年間の本症の新規患者数が20人前後で推移していることが報告されている(図2)。

行政の対策

北海道は1936年の礼文島での最初の患者発生当初から, 本症に対する対策協議会を設置し, この疾病の対策に強く関与してきた。礼文島でのエキノコックス症の流行に対応するため, 1952年に“北海道礼文島包虫症対策協議会”を発足させた。その後, 1965年の根室市の患者発生を受けて, その翌年に“根室市エヒノコックス症予防対策協議会”を設置した。この協議会は, 道内における発生状況を踏まえて, 1972年に“北海道エヒノコックス症予防対策協議会”となり, 1983年にはエヒノコックスの名称をエキノコックスに変更し, 現在に至っている。本協議会では, 1973年に“北海道エヒノコックス症対策実施要領”を策定し, 患者の早期発見, 水道の普及促進, 媒介動物の駆除と流行地域の確認, 住民の衛生教育を推進することとした。流行地域の拡大に伴い, 1984年には本要領を改正し, 衛生教育, 健康診断, 媒介(宿主)動物対策, 飲料水対策, 調査研究を対策の柱として進め, 1993年には対象地域を重点地域(患者や虫体を確認した市町村)から北海道全域とした。さらに, 1998年には媒介動物対策を効果的に実施する目的で“媒介動物対策専門委員会”が, また, 2003年にはヒトへの感染状況等を調査するため “エキノコックス症患者調査専門委員会” が設置され, それぞれの委員会で専門的な議論が行われている4)

おわりに

近年, ヨーロッパにおいても多包条虫の流行が拡大している5)。しかしながら, 多包虫症に関しては, 行政が積極的に関与して対策を講じている国はほとんど無い。北海道では礼文島での多数の患者発生が住民に大きな負担を強いたことから, 行政が中心となり, 大学や医療機関の協力を得ながら各種対策を進めてきた。1980年代の後半に起こったエキノコックスの北海道全域への流行拡大は阻止できなかったが, 患者の爆発的な増加を抑制できたことは, 動物間における感染状況を的確に把握するとともに, 本寄生虫の生態を明らかにし, その情報を公開し, 住民の健康診断, 衛生教育等の対策に有効に活用してきた成果であろう。わが国においても本州への流行拡大が懸念されているが, 有効な対策を講じるためには行政の適切な関与が必要と考えられる。

 

参考文献
  1. 皆川知紀, 北海道医学雑誌 74: 113-134, 1999
  2. 山下次郎, 北海道大学図書刊行会, 札幌, p.246, 1978
  3. Sakui M, et al., Jpn J Parasitol 33: 291-296, 1984
  4. 八木欣平, 北海道衛研所報 67: 1-7, 2017
  5. Gottstein B, et al., Trends Parasitol 31: 407-412, 2015
 
 
北海道立衛生研究所 八木欣平

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