国立感染症研究所

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エキノコックス症 1999~2018年

(IASR Vol. 40 p33-34: 2019年3月号)

エキノコックス症はエキノコックス属(Echinococcus)の条虫が引き起こす動物由来蠕虫症である。エキノコックスの発育には, 成虫が寄生して有性生殖を行う終宿主と, 幼虫が寄生して無性生殖を行う中間宿主が必要である。通常, ヒトは伝播に関わらないが, 中間宿主と同様に, 終宿主が排泄した虫卵の経口摂取により幼虫が寄生する。実質臓器(主として肝臓)に寄生した幼虫は増殖と転移を繰り返し, 適切な治療が行われなければ致死的な経過をたどる。本属の複数種が人体に感染するが, 公衆衛生上は多包性エキノコックス症(多包虫症)の原因となる多包条虫(E. multilocularis, 国内分布あり)と単包性エキノコックス症(単包虫症)の原因となる単包条虫(E. granulosus, 国内分布なし)が重要である。両種によるエキノコックス症は1999年4月施行の感染症法に基づく全数把握の4類感染症であり, 診断した医師は直ちに所管保健所へ届け出なければならない(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-04-04.html)。また, 2004年10月の改正感染症法施行により, ヒトへの感染源となるイヌのエキノコックス症についても診断した獣医師による届出が義務付けられた(届出基準はhttps://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/02-03.html#07)。

ヒトのエキノコックス症

発生状況:図1に感染症法に基づいて実施された感染症発生動向調査(NESID)におけるヒトのエキノコックス症の届出状況を示した。1999年4月~2018年末までに425例が報告され(2019年1月22日現在), 届出票によれば400例(94%)が多包虫症で, さらにその95%以上が国内流行地の北海道からの届出であった(382例)。推定感染地は, 国内392例, 海外1例, 不明7例であった()。北海道届出例の性別年齢分布は, 性比は1:1.1, 年齢中央値は65歳(男64歳, 女67歳)で, 高齢者にピークを認めた(図2)。北海道以外では10都府県から18例届出があり, 内訳は, 東京都5例, 青森県, 神奈川県, 愛知県各2例, 山形県, 埼玉県, 千葉県, 福井県, 三重県, 大阪府, 山口県各1例であった。単包虫症として届け出られた25例中15例(60%)は届出票記載の氏名や備考から在日外国人または日系人と推定され, 推定感染地は, 中国, ペルー各4例, アフガニスタン, ネパール, パキスタン各2例, イラン, ウズベキスタン, シリア各1例であった(重複あり)。日本人の単包虫症10例の半数は既知有病地との接点を有していた。残る半数のうち4例は推定感染地が日本国内, 1例は感染都道府県不明であった()。国内感染例4例は北海道からの報告だが, 実際の原因種が単包条虫かどうかは不明である。

臨床:臓器に形成された嚢胞の成長は緩慢で, 嚢胞が小さい間は無症状に経過するため, 検診を受けなければ感染には気付きにくい。自覚症状は長期間(数年~10数年)を経た後に出現する。NESID届出票の「症状」欄に選択肢が示されるようになった2006年4月以降の届出の297例に限れば, 「肝臓の画像異常所見」が最も多く208例(70%), 次いで「その他(肝機能障害など)」56例(19%), 「肝腫大」38例(13%), 「腹痛」37例(12%)などが続いた(重複あり)(本号3&4ページ)。

検査診断:425例のNESID届出票の記載によれば, 画像診断は237例(56%), ELISA法またはウェスタンブロット法による血清抗体の検出は336例(79%)で実施されていた(重複あり)(本号6ページ)。生検または手術材料からの病原体検出は157例(37%)で行われていた(重複あり)。なお, 本症の血清診断は臨床検査会社で引き受け可能なところもあるが, 多包虫抗原を用いて単包虫症を検査して「陰性」と判定した例が散発的に発生している。依頼に際しては検査内容の詳細を確認する必要がある。単包虫症を疑った場合, 国立感染症研究所において対応可能である。

治療:多包虫症の場合, 現在も病巣の完全摘除のみが根治的治療法で, 病巣が浸潤拡大する前の早期診断が重要視される。病巣遺残例や切除不能例に対してはアルベンダゾールを用いた薬物療法が行われるが, 効果が一定しない。寄生虫独自のエネルギー代謝に着目した化学療法剤の新規開発が進んでいる(本号7ページ)。孤立性病巣が多い単包虫症では, 通常は嚢胞の外科的切除やPAIR(Puncture, Aspiration, Injection, Re-aspiration:嚢胞への薬剤の注入と再吸引), あるいはアルベンダゾールの投与による治療が行われ, 多包虫症と比べ良好な予後が期待できる(本号3&4ページ)。

イヌのエキノコックス症

発生状況:2018年までのNESID届出数は22例であった(図3)。2018年の届出数増加は疫学調査での感染例検出による。届出票に記載はないが, すべて多包条虫感染と考えられる。内訳は北海道17例, 北海道以外5例(埼玉県1例, 愛知県4例)であった。届出22例中, 16例は動物病院受診個体(全例北海道), 残り6例は自治体動物管理関係事業所等への収容個体であった(北海道1例と北海道以外5例)(本号8ページ)。

臨床:エキノコックスの成虫は終宿主(イヌやキツネ)の小腸粘膜に小鉤と吸盤で固着するので, 多数が寄生すれば, 粘血便や水様性下痢を起こすことがあるが(特に感染初期), 一般に無症状である。届出22例中, 何らかの消化器症状を認めたのは4例であった。

検査診断:NESID届出22例中, 虫卵または糞便PCR法による遺伝子検出は17例, ELISA法による抗原検出は10例, 顕微鏡検査による虫卵検出は8例で実施されていた(重複あり)。エキノコックス虫卵の形態学的特徴は近縁条虫種と共通するので, 虫卵検出時はPCR法による分子同定が必須である。また, ELISA法では非特異反応による偽陽性が生じうるので, 駆虫薬投与後に再検査を行い, 結果の陰転を確認しなければならない。

治療:終宿主の治療にはプラジクアンテルが用いられる。他の条虫類との混合感染がなければ, 標準的な投与量で100%の駆虫効果が期待できる。ただし, プラジクアンテルには殺虫卵作用がなく, 投与後の糞便はヒトへの感染源となりうるので, 糞便の廃棄には十分な注意を要する(本号10ページ)。

エキノコックス症の予防と対策

ヒトを含む中間宿主を対象としたワクチンとして虫卵組換え抗原(EG95)が作製され, ヒツジを用いた検証が行われているが, 実用化には至っていない。したがって, 虫卵を摂取しないことが唯一の予防法であり, 北海道では種々の感染経路を想定して対策が講じられている(本号11ページ)。生活環境中の虫卵数低減を目的に, 野生キツネに対する駆虫薬散布が試みられ(本号13ページ), 飼育犬への駆虫薬の予防的投与も検討されている。終宿主ワクチンの開発も始まっている(本号10ページ)。これらに加え, 北海道では早期発見・早期治療の観点から血清診断による住民検診が行われ, その精度をより高めるべく改良が重ねられている(本号6ページ)。

本誌における前回のエキノコックス症特集時(IASR 20: 1-2, 1999), すでに本州への伝播は懸念されていたが, 土着感染した動物は未確認であった。しかし, 現在は愛知県の一部地域から継続的に感染犬が発見され, 北海道外でも感染源が存在する可能性を留意するべきである。本州以南の都府県ではエキノコックス症は依然稀であるが, 居住歴・旅行歴など, より詳細な患者情報の把握に努めて症例の感染源を追求するとともに, 宿主候補動物を対象とした全国的なサーベイランス体制の構築が必要である(本号8ページ)。

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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