国立感染症研究所

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駆虫薬散布によるエキノコックス終宿主対策

(IASR Vol. 40 p45-46: 2019年3月号)

駆虫薬散布に関する研究の推移

現在, ヒトのエキノコックス症を根治できる薬剤はないが, 終宿主のキツネには条虫駆虫薬(プラジクアンテル)が有効である。これを利用して, プラジクアンテルを混ぜた餌(ベイト)を野外に散布してキツネに食べさせ, キツネのエキノコックス感染率を下げる手法が以下のように研究・開発されてきた。

ドイツ南部の566km2の調査地で, プラジクアンテル50mg含有のベイトを手撒きまたは航空機を用いて1km2あたり15~20個の密度で14カ月間に6回(計6万個)散布したところ, 32%だったキツネの感染率が4%に減少した1)。また, ドイツ南西部の3,000km2の調査地で, 1km2あたり20個のベイトを6週間間隔で12カ月間散布したところ, キツネの感染率は散布前の約60%から20%未満に減少し, 散布間隔を3カ月にしても低いレベルで維持された。しかし, 散布間隔を6カ月にすると感染率は上昇し始め, 散布を停止すると18カ月で散布前のレベルに戻った2)。駆虫薬散布の研究は, その後もドイツ, スイス, フランス, スロバキアで行われたほか, 日本でも北海道立衛生研究所が北海道東部の根室半島で, 北海道大学獣医学部が同じく北海道東部の小清水町で, ベイトの散布方法とその有効性についての研究を行った。根室半島では, 自動車を使って道路沿いに7年間で合計27回の散布を行ったところ, キツネのエキノコックス感染率が49%から16%に減少したが, 対照地域の感染率は高い値を保っていた3)。また小清水町では, キツネの巣のまわりに13カ月間毎月ベイトを散布したところ, キツネの糞の虫卵陽性率が27%から6%に減少したが, 対照地域ではこのような変化は見られなかった4)

国内外の研究結果から, 一定の頻度と密度でベイトを散布すればキツネの感染率が減少することが示され, 駆虫薬散布の有効性が確認された。一方で, 駆虫薬散布によってエキノコックスを地域的に根絶することは困難であった。この理由として, プラジクアンテルはワクチンではないため, キツネがこれを摂取して駆虫されても, その後にエキノコックスの幼虫を宿した野ネズミを捕食すれば再感染しうること, キツネの分散行動に伴い非散布地域から散布地域に感染個体の侵入が起こりうること, 自動車を用いた散布では道路周辺にしか散布できず, エキノコックスに感染したすべてのキツネに駆虫薬を与えるのが困難なこと, などが考えられた。また, 散布間隔が長すぎたり, 散布を停止すると感染率は元に戻ること, すなわち効果を維持するためには散布の継続が必要なことも示された。北海道はこれらの研究成果を元に「キツネの駆虫に関するガイドライン」を作成し, 駆虫薬散布を検討する道内市町村に対し情報提供を行っている。

大面積散布と小面積散布

市町村レベルの大面積地域を対象に, 自動車を使って主に道路沿いに, 15~20個/km2の密度になるように, 年に数回の頻度でベイト散布を行い, その地域全体のキツネのエキノコックス感染率を低下させることを目標とするものを大面積散布と呼ぶ。現在, 日本ではプラジクアンテル含有のキツネ用ベイトは販売されていないため, 駆虫薬を散布するためには原材料を購入し, 自ら調合してベイトを作らなければならない。簡便な製法は確立しているが, 大面積に継続散布するためには膨大な数のベイトが継続的に必要であり, 散布の労力だけでなくベイト製造にかかる労力も大きなものとなる。このため, 現在北海道で駆虫薬の大面積散布を実施しているのは12の市町村にとどまっている。今後, 駆虫薬散布をさらに普及していくためには, ベイトの供給方法の検討が望まれる。

一方で, 近年北海道では, 野生のキツネが都市に侵入・定着し, 公園や大学, 観光施設等の敷地内で繁殖する例も珍しくなくなった。これらの施設は不特定多数の人が利用することから, エキノコックス感染のハイリスク・エリアとなる可能性があり, 施設管理者もキツネへの対応を迫られる状況となりつつある。そこで, 公園・大学等の小面積敷地の全域に, 100個/km2程度の高密度で, 毎月1回ベイト散布を行い, その敷地内のキツネの感染率をゼロに近づけることを目標とする駆虫薬散布を小面積散布とし, その効果を検証した。キツネの繁殖が認められた札幌市の大学構内で, 100個/km2の密度でベイト散布を行い, 散布前後にキツネの糞を採取してエキノコックス虫卵の有無を検査した。この結果, ベイト散布前の春に採取した58個の糞のうち31個から虫卵が発見され, 学生や大学職員にとって感染リスクの高い状態にあると判断されたため, 夏から冬にかけて駆虫薬散布を行った。するとベイト散布以降に採取した糞31個からは虫卵が見つからず, 駆虫の効果が認められた。この大学構内では, 積雪期に散布を中止するなどさまざまな実験的処置を行ったが, 最終的に, 虫卵ゼロの状態を維持するためには通年散布が必要と判断され, 現在は毎月1回駆虫薬を散布して, 糞からエキノコックス虫卵の見つからない状態を維持している。この結果をもとに, 北海道内の他大学や動物園, 大規模公園などにも小面積散布の普及を図り, 現在は9カ所の施設が散布を行っている。

今後の駆虫薬散布

薬剤によるエキノコックス症対策は, 最終的には終宿主のワクチンが開発されなければ終息に至らないと考えられる。しかしそれまでは, 駆虫薬散布がエキノコックスに対して我々が持っている唯一の積極的武器である。少しでもヒトの感染リスクを減らすために,北海道で駆虫薬散布のさらなる普及を図るとともに, 北海道以外に新たな流行地が生まれた場合にはただちに応用されるよう, 全国各地への知見のアピールが必要と思われる。

 

参考文献
  1. Schelling U, et al., Ann Trop Med Parositol 91: 179-186, 1997
  2. Romig T, et al., Helminthol 44: 137-144, 2007
  3. Takahashi K, et al., Vet Parasitol 198: 122-126, 2013
  4. Tsukada H, et al., Parasitol 125: 119-129, 2002
 
 
北海道立衛生研究所 浦口宏二

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