国立感染症研究所

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地方衛生研究所による麻疹検査の意義と精度管理

(IASR Vol. 40 p61-62: 2019年4月号)

1.背 景

世界保健機関(WHO)によると2017年においても, 麻疹による世界の死亡者数は11万人にのぼり, そのほとんどは5歳以下の小児である1)。麻疹ワクチンの費用は補助などもあり, 途上国では70¢程度2)と言われているが, それさえも受ける機会がなく亡くなっていく子供達が大勢いることを示唆している。医療アクセスの良いわが国では死亡リスクは低いが, 途上国における麻疹の致命率は30%とも言われており, 私達は世界の一員として麻疹の流行を抑制するためにワクチン接種, 患者発生時の拡大防止対策に力を入れ, 流行を抑える努力を払う必要がある。

2.地方衛生研究所による麻疹検査の意義

患者発生時には, 感染拡大防止のためには迅速かつ正確な検査診断が必須であり, またWHOが求める麻疹の排除状態の証明には, 保健所が実施する疫学調査と同時に, 地方衛生研究所(地衛研)において遺伝子検査を行い, 患者に由来する麻疹ウイルスの遺伝子配列を決定し解析することで地域における流行があるのか, あるいは散発的輸入例なのかを「質の高いサーベイランス」により示す必要がある。わが国のような麻疹の非流行国においては麻疹の臨床診断は困難であり3), 正確な検査診断は行政対応上極めて重要である。また, わが国においては, 発熱後3日以内に半数以上の患者が医療機関を受診すると言われているが, しばしばその時点ではIgMが上昇しておらず抗体検査で陰性と判断されるため, 地衛研におけるRT-PCR法による遺伝子検出は不可欠である。

わが国における麻疹の流行を制御するため, 2013(平成25)年4月に「麻しんに関する特定感染症予防指針」が改訂され, 原則的として麻疹疑いの全例について都道府県が設置する地衛研において遺伝子検査を実施し, 可能な限り麻疹ウイルスの遺伝子配列の解析を行うことが明記された。

3.精度管理

以上のことから, 地衛研は検査診断に必要なRT-PCR法と遺伝子配列の決定の二つの検査について精度を確保する必要がある。

2013年当時は日本では地衛研における麻疹ウイルス検査の外部精度管理が全く行われていない状況にあった。そこで, 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「麻疹ならびに風疹排除およびその維持を科学的にサポートするための実験室検査に関する研究」班において分担研究として, 麻疹ウイルス検出法に関する外部精度管理評価を2013年から検討を重ね段階的に実施した。

Nested RT-PCR法について, 22施設の地衛研の参加により, 検出感度の比較, N遺伝子, H遺伝子の検出ならびに遺伝子解析技術についての外部精度管理を実施し, 地衛研における麻疹ウイルス検査の状況の把握と精度管理のあり方について検討を行った。

スタンダードRNA(検量線)による検出感度の測定では各施設間で100倍程度の差が生じていた。また配布した未知検体からの麻疹ウイルス遺伝子検出では遺伝子型B3については100%, H1については86.4%の正解率であった。各施設で通常使用している試薬, 機器等が多様であることも判明し, 当時は外部精度管理評価において詳細な検査方法(プロトコル)を規定すべきか否か, 試行段階であったため結果の解釈にも大変苦慮した。

2015(平成27)年に「病原体検出マニュアル」が改訂され, リアルタイムRT-PCR法が第1選択肢として記載され, それにともない麻疹ウイルス検査実施施設へ試薬が配布された。このことにより, リアルタイムRT-PCR法を実施する全国の地衛研を対象に外部精度管理に参加する施設を募集し, リアルタイムRT-PCR法による麻疹ウイルスの検出, 遺伝子型解析のためのconventional RT-PCR法ならびにシークエンス解析によるウイルス遺伝子の型別決定までの外部精度管理評価を実施した。

これらの外部精度管理評価を実施し, 各検査施設の検査水準の実態が分かるとともに, 継続的に全国規模で外部精度管理評価を実施するための種々の問題点(実施主体, 継続的経費の確保, 方法, 内容, マニュアルや安定した検体作成等)が明らかとなった。

参加施設の結果は, ほぼリアルタイムRT-PCR法の導入がうまくいっている結果であった。しかし, 塩基配列解析技術については, 多くの施設で, 基本的なデータ処理の方法や, 系統樹解析に必要な塩基配列の連結, トリミングの方法等に課題が残る結果となったことから, 遺伝子型解析技術に関する詳細なマニュアル等を作成し改善を図る必要性があった。

これら研究班で行った外部精度管理評価の手法をもとに2018(平成30)年度に厚生労働省事業課題1麻疹・風疹が実施された。

2015年3月にWHOより麻疹の排除認定を受け, 今後は排除状態を維持していく必要があり, 地衛研における麻疹ウイルス検査もより正確で技術的に高い水準を維持する必要がある。2015年11月に検査施設における病原体検査の業務管理要領の策定についての通知により, 検査を行う施設はそれに規定されている項目について標準作業書を作成することが求められている。ここでは検査の質を保証するため内部精度管理(信頼性確保試験)を実施すること, 国または都道府県その他適当と認められるものが行う外部精度管理評価に定期的に参加し, その評価および必要に応じた是正処理を記録することとされている。

検査の精度は, 検査者の技術に加えて, 試薬, 保守管理された検査機器, 検査室の構造, 内部における検証の仕組みなどによって保障されるものである。検査結果の誤りが生じた場合であっても, それを確実に検出し, 単に技術の未熟さに帰することなく総合的な立場から修正することができる体制整備が必要である。

麻疹は, 感染性の指標である基本再生産数(R0)が20程度と言われており, ある自治体の担当者によると, 患者一人当たりの健康観察者は約100人にのぼったとのことであり, 検査の結果による対策の規模が極めて大きいことから, 今一度, 各地衛研において検査精度について確認しておく必要がある。

 

参考文献
  1. Measles-World Health Organization
    https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/measles
  2. Unicef Vaccine Price Data(MR)
    https://www.unicef.org/supply/files/2018_04_17_MR.pdf
  3. Kimura H, et al., Front Microbiol 10: 269, 2019

 

山口県環境保健センター
 調 恒明 村田祥子 岡本玲子 戸田昌一

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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