ハンバーガーチェーンで発生した腸管出血性大腸菌O121の広域散発食中毒事例について
(IASR Vol. 40 p78-80: 2019年5月号)
2018(平成30)年8月に, 長野県内のハンバーガーチェーン店2店舗が提供した食事(ハンバーガー)を原因とする腸管出血性大腸菌O121(以下, 「O121」という) による食中毒が発生したため, 今後の課題を踏まえ, 広域的な食中毒事案の一例として報告する。
1. 食中毒事例の概要
2018(平成30)年第35~36週(平成30年8月27日~9月4日)にかけて, 県内保健所に, 医療機関からO121感染症発生届があった11名について, 喫食・行動等調査を行った結果, 8名が同一のハンバーガーチェーン店を利用していたことが判明した。
この8名のうち, 2グループ2名がA店(事例1), 4グループ4名がB店(事例2)を利用しており, 調査の結果, A店およびB店を原因とする食中毒と断定した(表)。また, 食中毒と断定されなかったものの, 他の2名もそれぞれ県内の別の店舗を利用していた。
2. 調査結果
患者の疫学情報
2018(平成30)年第1~34週(平成30年1月1日~8月26日)まで2件にとどまっていた県内のO121感染症発生の届出が, 第35週以降に急激に増加したことから, 広域的な食中毒を視野に入れた調査を開始した。患者調査にあたっては, 食品衛生担当部局と感染症担当部局で連携を図り患者の疫学情報を収集し, 本庁で統合した情報管理を行った。
日時別患者発生状況:第35~36週にかけてO121感染症発生の届出があった患者11名は, 8月18~26日の間に発生していた。うちA店を利用した患者(2名)は8月22日午後7時から発生し, B店を利用した患者 (4名) は8月24日午後3時から発生していた。特定の店舗との関連が不明であった者をその他の患者(5名)とした(図)。
また, 潜伏時間は, 各患者がハンバーガーチェーン店で喫食した日時を起点とした場合, A店を利用した患者は97~122時間(平均潜伏時間110時間), B店を利用した患者は98~138時間(平均潜伏時間114時間) であり, 腸管出血性大腸菌の一般的な潜伏時間である2~7日(48~168時間)と合致した。
患者発生場所:A店 (茅野市内) を利用した患者については, 茅野市および諏訪市で発生しており, 生活圏は同じ諏訪エリアであった。B店(上田市)を利用した患者については長野市, 上田市および小諸市で発生していた。
喫食状況等:患者の基礎情報(性別, 年齢, 所属等), 発症前1週間の行動・喫食状況を確認したところ, A店またはB店を利用した患者6名については, 同一のハンバーガーチェーン店を利用したこと以外に共通項はなかった。
汚染経路の追及
A店とB店はそれぞれ別々のエリアの店舗で, 調理従事者も異なるものの, ハンバーガーチェーン本部から共通する原材料が供給されていたことから, 原材料の汚染が疑われた。
すべての患者が共通して喫食したメニューはなかったものの, いずれかのハンバーガーを喫食しており, 各種ハンバーガーに共通する原材料としてバンズ, パティ(肉)およびタマネギ(カット品:非加熱)が使用されていた。
これら原材料の製造所を管轄する自治体に調査を依頼した結果, いずれの製造所においてもO121による汚染を特定する要因は認められなかった。
なお, 各店舗においては, 使用した原材料のロット情報が記録されておらず, 患者らに提供された一部の生鮮野菜の産地や原材料の期限等の情報は特定することができなかった。
微生物学的検査
A店またはB店を利用した患者6名から分離されたO121菌株について, PFGE(パルスフィールドゲル電気泳動)型別を実施したところ, バンドパターンがすべて一致した。さらに, 国立感染症研究所による反復配列多型解析 (MLVA) 法による解析の結果, 5検体のMLVA typeが一致し(18m5019), 他1検体のMLVA type(18m5027)は18m5019のSLV(single locus variant)の関係であった。
なお, 調理従事者便34検体, 調理室内等拭き取り17検体および参考品として患者らに提供されたロットとは異なるパティならびにタマネギ(カット品)についてO121の検査を実施したが, すべて不検出であった。
3. 関係機関との情報共有等
長野県では, ハンバーガーチェーン店における食中毒の発生という観点から, 全国的な拡がりを想定し, 早期に厚生労働省との情報共有を開始した。これを受け, 厚生労働省は, 9月10日に全国の自治体に対し, O121感染症発生の届出情報を探知した場合に同系列店の利用状況等を確認するとともに食中毒調査を実施する旨の通知を発出した。さらに, 9月14日には, 原因調査中ではあるものの同系列店を利用した複数の患者の遺伝子型が一致していることから, 患者が利用した店舗および関係施設を所管する自治体に対し, 必要な調査および監視指導を行う旨の通知を発出し, 広域的な情報共有と健康被害の拡大防止を図った。
なお, 全国的には, O121患者30名が8月7~23日の間に同系列店(計21店舗)を利用したことが判明しており〔2018(平成30)年10月2日時点〕, 一部の患者から分離されたO121菌株の遺伝子型が一致したが, 最終的に食中毒と断定されたのは本事例(2件)のみであった。
4. まとめ
本事例への長野県の対応では, 早期探知や情報共有により, 健康被害の拡大防止につなげることができたと考えられた。課題として, 今回は比較的届出数が少ないO血清群であったことが早期探知の一助となったが, 県内においても特に全数把握できる感染症のうち食中毒の原因となる可能性があるものについては, 患者の疫学情報等をデータベース化し, 常時, 評価できる体制の構築が必要である。併せて, 各自治体で整備が進められているMLVAの検査について, 早期の体制整備が必要である。また, 本事例の調査において, 原材料の一部については, ロット情報を特定することができなかったことから, 記録を含めた原材料の衛生管理(トレーサビリティ)について, 食品等事業者の業態に応じ, 改めて指導を行う必要がある。
食品衛生法の改正により, 広域的な食中毒事案に対する拡大の防止等のための, 国および都道府県等の連携・協力が義務付けられ, 広域連携協議会が設置されることになる。このことから, 広域的な食中毒事案の一層の早期探知が期待され, さらに迅速な健康被害の拡大防止等の対策が可能となろう。