SFTSウイルスに対する血清抗体陽性率調査~愛媛県などわが国の調査結果を中心に
(IASR Vol. 40 p119-120:2019年7月号)
SFTSウイルスに対する血清抗体陽性率調査の意義
2013年1月に日本で最初の重症熱性血小板減少症候群(SFTS)症例が確認されてから1), 現時点(2019年5月29日)までに計421人の患者(うち66人死亡)が報告され, 最も古い症例は2005年に発症した症例2)である。しかしながら, これらは発症し病院を受診した患者のデータに基づくもので, 不顕性感染や病院を受診しない軽症例を含むSFTS流行の全体像を把握するためには, 地域住民のSFTSウイルス(以下, SFTSV)に対する血清抗体陽性率(seroprevalence)(以下, 抗体陽性率)を調査することが重要であり, 感染疫学の指標としても有用である。
中国におけるSFTSV抗体陽性率調査
Li, P.らは2017年にそれまでに中国で実施されたSFTSV抗体陽性率調査結果を取りまとめて解析した3)。合計21の調査報告において, 7省の健康な延べ約2万人の住民を対象に調査された。個々の調査での抗体陽性率は, 最小0.23%, 最大9.17%で, 調査ごとにかなりの差異が認められた(平均値4.67%)。その原因として, 検体収集の時期, 被験者の年齢や性別構成, SFTSVへの曝露の頻度や程度, 特異抗体の検出方法などの要因が指摘されている。特異抗体の検出方法としては, すべての調査でELISA法が用いられていた。
愛媛県など日本におけるSFTSV抗体陽性率調査
一方, 日本においてもSFTS報告数の多い地域の住民を対象に抗体陽性率調査が実施されている。私たちは愛媛県において健康な地域住民を対象に, 国立感染症研究所ウイルス第一部と共同で調査を実施した4)。当県での患者は全員50歳以上であることを考慮し, 患者発生地域を中心に, 農業・林業に従事する50歳以上のハイリスクグループ694人(男性319人, 女性375人)から採血し特異抗体を定量した。また採血時に, 年齢, 性別, 住所, 農林業従事内容, マダニ刺咬歴, ペット飼養歴, 既往歴について聞き取り調査を行った。ELISAスクリーニング(8検体陽性), 間接蛍光抗体法(IFA, 2検体陽性), ウイルス中和法(VNT, 1検体陽性)により特異抗体を定量し, 最終的には抗体陽性者は1人(陽性率0.14%)であった(表1)。この被験者(#302)は70歳代の女性でSFTSの症状を自覚しておらず, 軽い症状を呈しただけか不顕性感染であったと思われる。
本県の他, 長崎県では狩猟・農業に従事する326人を対象に調査され, 抗体陽性者は確認されなかった2)。また, 鹿児島県では猟師を含む646人を対象に調査され, 2人の抗体陽性者が確認された(陽性率0.3%)5)。私たちの結果と合わせ, これまでに日本で得られているSFTSV抗体陽性率は中国での調査よりも低値である。その原因としては, 上述の中国での調査ごとの差異における要因が考えられる。特に, 特異抗体の検出方法として中国では専らELISA法が用いられているが, 愛媛県と鹿児島県の調査ではELISA法に加えてウイルス中和法を用いている。私たちの結果では, ELISAスクリーニング陽性8検体中の7検体はウイルス中和法では陰性であり, ELISA法のみでは何らかの非特異反応により抗体陽性率が過大評価される可能性がある。一方, 当県でのイノシシ, シカ, 野外飼育犬, 収容犬のSFTSV抗体陽性率は, それぞれ25.0%, 25.0%, 9.1%, 14.3%と, ヒトよりもはるかに高かった4)(表2)。
SFTSV抗体陽性率調査結果から考察されること
今回の結果から, SFTS多発地域においても, 不顕性感染や軽症の感染により感染者がはっきりとした症状を自覚せず抗体陽性となる場合は非常に少ないと考えられる。言い換えれば, SFTSVに感染し発症した患者の大部分は病院を受診する程度の症状を呈すると推察され, 現時点で報告されている421人の患者は氷山の一角ではなく, 日本のSFTSV感染者のかなりの部分を占めると考えられる。しかしながら, 抗体陽性者(#302)はSFTSの症状を自覚していないことから, 感染者のうち特異な少数は目立った症状を呈さずに抗体陽性になりうる可能性を示唆している。
愛媛県で特にSFTS発生が多い八幡浜保健所管内では, 2013年3月~2017年4月の4年間に11人のSFTS症例が報告されている。同管内には約85,000人の50歳以上の住民が居住していることから, そのうちの0.003%が毎年SFTSを発症し抗体陽性になると仮定すると, 当県での抗体陽性率(0.14%)は低すぎることはないかもしれない。また, 野生動物等のSFTSV抗体陽性率はヒトよりもはるかに高いため, 動物で維持されたSFTSVがマダニを介し, あるいは直接的にヒトに感染する経路が強く示唆された。
謝辞:「SFTSの制圧に向けた総合的研究」班, 愛媛県保健福祉部, 保健所, 医療機関等の関係者の皆様に深謝いたします。
参考文献
- Takahashi T, et al., J Infect Dis 209(6): 816-827, 2014
- Kurihara S, et al., J Infec chemother 22: 461-465, 2016
- Li P, et al., PLoS One 12: e0175592, 2017
- Kimura T, et al., J Infect Chemother 24: 802-806, 2018
- Gokuden M, et al., Jpn J Infect Dis 71: 225-228, 2018