国立感染症研究所

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2019年度6月末時点の事業所健康診断における風疹抗体検査の実施状況

(IASR Vol. 40 p140-141:2019年8月号)

風疹の追加的対策(第5期定期接種)に基づく風疹抗体検査の対象は勤労世代の男性であり, 1962年4月2日~1979年4月1日生まれまでの男性の風疹抗体保有割合を2020年7月までに85%以上, そして2021年度末までに90%以上に向上させる目標が掲げられている。本稿では, 事業所健康診断(健診)における風疹抗体検査の現状を報告する。

背 景

2019年~2021年度末にかけて実施される風疹の追加的対策では, 対象年齢の男性に対し, 医療機関のみならず健康診断実施機関(健診機関)においても, 市町村の発行する受診券(クーポン券)を利用することで風疹抗体検査の提供が可能となった。従前より事業所健診, すなわち労働安全衛生法に基づく一般定期健康診断では, 40歳以上を対象に年1回の血液検査が法で定められている。そのため, 勤労世代にとって, 健診の採血で風疹抗体検査を「ついでに」実施できれば, 追加の針刺しが伴わず, かつ時間的な損失が少ないという利点がある。本稿では, 2019年6月末時点での, 事業所健診における風疹抗体検査の実施状況を報告する。

方 法

2019年6月末, 首都圏を拠点に事業所健診を実施している健診機関4社に対し, メールにより風疹抗体検査の実施状況を問い合わせ, 4社より回答を得た。

結 果

健康診断における風疹抗体検査の実施状況

A健診機関:2019年4月から2カ月間の健診受診者162,541名のうち, 1972年4月2日~1979年4月1日生まれの男性(2019年度に優先的にクーポン券が送付されている対象者)は19,236名であり, 全体の11.8%であった。19,236名のうちクーポン券利用による風疹抗体検査は4%(742名), そしてクーポン券以外(事業所独自の取り組みなど)での風疹抗体検査は8%(1,542名)であった。風疹抗体検査結果が把握できた者のうち, 定期接種制度の基準による風疹抗体陽性者の割合は70%(1,486/2,130名)であった。

B健診機関:2019年4月から3カ月間の事業所健診500件のうち, クーポン利用の風疹抗体検査を実施している事業所は26件, クーポン券を利用しない風疹抗体検査を実施している事業所は15件であった。また男女全年齢を含む受診者46,400名のうち, クーポン券利用による風疹抗体検査は0.2%(95名), クーポン券以外での風疹抗体検査は1.8%(823名)であった。

C健診機関:2019年6月現在, 事業所健診252件(1カ月間)のうち, クーポン券利用の風疹抗体検査を実施している事業所は3件, クーポン券を利用しない風疹抗体検査を実施している事業所は3件であった。

D健診機関:2019年事業所健診864件(6カ月間)のうち, クーポン券利用の風疹抗体検査を実施している事業所は25件, クーポン券を利用しない風疹抗体検査を実施している事業所は1件であった。

風疹抗体検査に対する健診機関担当者の意見(自由記述)

(1)クーポン券で風疹抗体検査を実施する業務負荷が大きい。すべての様式が手書きのアナログ作業であり, 本人確認や問診に時間がかかる。一方, 事業所の方針に基づき, 全員一律に風疹抗体検査を実施するのは簡便である。

(2)自治体からのクーポン券配布が統一されておらず, クーポン券が届いていない受診者がいる。

(3)複雑な制度を理解し周知することが難しかった。4月は繁忙期で, 新制度への対応が大変であった。

(4)風疹抗体検査の価格が, 健診よりも医療機関での実施がより高額に設定されている。業務上の差異が少ないにも関わらず, 診療所併設の健診機関では2種類の価格が生じている。事務手続きの簡素化の点からも, 価格統一が望ましい。

考 察

2019年6月末現在, 事業所健診での風疹抗体検査について, クーポン券の利用が始まりつつあること, また, 健診機関によってばらつきがある現状が明らかとなった。また現場の声から, 新しい定期接種制度の課題も明らかになった。新制度による抗体検査の対象者のうち, パートナーに妊娠希望のない男性では, 自ら抗体検査や予防接種を受ける割合が低いことが先行研究で明らかになっている1)。健診は, 勤労世代に風疹対策を提供する貴重な機会であり, 制度のさらなる改善が望まれる。

また, 風疹対策の推進には, 事業者の理解と協力が欠かせない。本調査時点では, 事業所独自の取り組みとしての風疹抗体検査が, クーポン券の利用を上回っている傾向が示唆された。風疹流行の感染経路として判明している中では職場が最多であり, 職場で風疹流行が発生すると, 事業継続に損失を与える。危機管理の一環として風疹対策に積極的に取り組む事業所がある一方で, 風疹を脅威として想定していない事業所も多く, 事業者の風疹に対する関心の度合いにはばらつきがある。

今後は, 勤労世代に, いかに確実にワクチン接種を受けてもらうか, が重要な課題となる。本調査では, 2019年度クーポン券配布対象者のうち, 抗体陰性者が3割であった。勤労者の約2割では, 職場でワクチン接種を受けたいという希望がある1)。事業所によっては, 季節性インフルエンザ予防接種の機会を提供していたり, あるいは新型インフルエンザ特定接種の運用手順を有していたりする。既存の運用手順で, 季節性インフルエンザ予防接種との同時接種を推奨したり, あるいは企業内診療所や健診機関において麻しん・風しん混合ワクチンを提供したりすることで, 速やかな接種率の向上に寄与できると考える。

本調査の限界として, 集計期間や対象者, そして地域にばらつきがあり, 解釈に注意が必要である。また積極的に風疹対策に取り組む健診機関を対象とした可能性が高く, 一般には風疹抗体検査の実施割合はもっと低い可能性が考えられる。

いずれにしても, 2019年6月末時点で, 事業所健診で追加的対策に基づく風疹抗体検査が開始され, 制度上の課題が明らかになった。今後は, 事業者, 医療機関, そして健診機関の協力を得て, 対象世代へのワクチン接種を加速させる手立てが必要である。

謝辞:本稿の執筆に際して, 一般財団法人全日本労働福祉協会様, 一般財団法人日本予防医学協会様, 医療法人社団同友会様, 公益財団法人東京都予防医学協会様, そして東京都産業保健健康診断機関連絡協議会様 (五十音順) より, ご協力およびご助言をいただきました。厚く御礼申し上げます。

 

参考文献
  1. Hori A, et al., PLOS ONE 10: 0129900, 2015

 

筑波大学 国際社会医学 堀 愛
全日本労働福祉協会 長濱さつ絵

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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