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急性脳症との鑑別を要した乳児ボツリヌス症の1例

(IASR Vol.42 p26: 2021年1月号)

 
はじめに

 乳児ボツリヌス症は, ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)の芽胞を吸入・嚥下することを原因として0歳の乳児に発症する疾患で, 脳神経系から始まる対称性, 下降性の弛緩性麻痺, 散瞳, 便秘などの副交感神経遮断症状を特徴とする。今回, 2020年6月に福岡市において, 初診時, 急性脳症を疑われた9か月の男児の経過を報告する。

臨床経過

 症例は9か月男児。周産期歴, 既往歴に特記事項なし。第1病日より体動が減り, 第3病日に便秘が出現した。第6病日より経口摂取量が減少し, 眼瞼が下垂したため, 第7病日に急患センターを受診した。血液検査では血糖63mg/dLと正常下限であった以外に異常なく, 精査のため前医へ入院した。前医での診察時, 開眼しているものの, 哺乳できず, 四肢の自発運動が乏しいことから急性脳症を疑われ, 同日, 九州大学病院へ転院搬送された。当院へ搬送時, あやすと笑うものの, 哺乳はできず, 寝返りできない状態であった。瞳孔は両側3mm, 対光反射は緩慢であった。筋力は軽度低下し, 深部腱反射は減弱していた。脳波検査, 髄液検査および頭部MRIに異常なく, 急性脳症は否定的であった。眼瞼下垂と筋力低下および便秘症状が持続することからボツリヌス症が疑われ, 同院を管轄とする福岡市東保健所に連絡が入り, 第10病日に採取した糞便検体および第11病日に採血した血清検体において, 細菌学的検査が行われた。反復筋電図検査にて50Hz刺激でwaxingが認められた。抗アセチルコリン抗体, テンシロン試験いずれも陰性であった。後日, 便からボツリヌス毒素およびボツリヌス菌が検出されたとの検査結果報告があり, 本症例は, 乳児ボツリヌス症と診断された。経過中, 呼吸障害なく, 経管栄養を継続した。神経症状は緩徐に改善し, 第17病日に経管栄養を中止し, 第18病日に退院した。第45病日, 座位を保てるようになり, 発症前の発達レベルに回復した。保育園入園を検討していたこともあり, 第58病日の糞便検体で再検査が行われた。

細菌学的検査

 福岡市東保健所が, 福岡市保健環境研究所へ検体を輸送し, 福岡市保健環境研究所から, 国立感染症研究所(感染研)へ行政検査依頼がなされた。第10病日採取の糞便検体において, マウス試験によりA型ボツリヌス毒素およびA型ボツリヌス毒素産生性ボツリヌス菌が検出された。血清検体(第11病日に採血)からのボツリヌス毒素は陰性であった。第58病日採取の糞便検体では, ボツリヌス菌は検出されなかった。

福岡市東保健所における対応

 福岡市東保健所は, 乳児ボツリヌス症疑い症例の連絡を受け, 福岡市保健環境研究所や感染研と相談の上, 患児の血清と糞便の採取を医療機関に依頼した。行政検査の結果, 乳児ボツリヌス症と確定診断され, 医療機関から提出された発生届を受理した。なお, ハチミツ摂取歴はなかった。退院後は, 二次感染予防として, 患児の保護者に患児の排泄物の取り扱いなどの指導を行った。

考 察

 乳児では, 意識障害と, 筋力低下の鑑別はしばしば困難である。急性脳症を疑われ, 脳波検査やMRIで異常を認めない場合, ボツリヌス症を鑑別する必要がある。通常, ボツリヌス症では散瞳を指摘されることが多いが, 本症例では対光反射が保たれていた点が非典型的であった。全体的に症状が軽度であったためと推測した。また, 九州大学小児科では過去10年に2例のボツリヌス症を診断した経験から, 保健所, 福岡市保健環境研究所および感染研との連絡を円滑に進めることができ, 早期診断が可能であった。


 
九州大学病院小児科        
 園田有里 一宮優子 鳥尾倫子 實藤雅文 酒井康成       
九州大学病院神経内科       
 入江剛史 田中弘二       
福岡市東保健所          
 塚本あすみ 山本信太郎 衣笠有紀
福岡市保健環境研究所保健科学課  
 阿部有利 日髙千恵       
国立感染症研究所細菌第二部    
 加藤はる 妹尾充敏

 

 

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