国立感染症研究所

 

IASR-logo

高齢で発症し, 完全閉じ込め症候群を呈したボツリヌス症の一例

(IASR Vol. 44 p184-185: 2023年11月号)
 

ボツリヌス症はボツリヌス菌毒素により, 神経筋伝達が阻害されることで発症する麻痺性疾患であり, 病態により食餌性ボツリヌス症(ボツリヌス食中毒), 乳児ボツリヌス症, 創傷ボツリヌス症, 成人腸管定着ボツリヌス症に分類される1)。ボツリヌス症は全数の届出が義務付けられている感染症であるが, 届出報告は稀であり, しばしば医療機関においても行政機関においても対応が難しい。今回, 発症10日目に完全閉じ込め症候群(totally locked-in syndrome: TLS)を呈し, 発症から診断までに1カ月を要したボツリヌス症例を報告する2)

症例: 80代女性

既往歴: 特記事項なし

臨床経過: 2020年某日, ろれつ困難とめまいを自覚し, 他院を受診した。頭部MRI検査で異常は認めなかった。検査後, 黒色嘔吐と呼吸状態悪化のため気管挿管となった。高度の貧血を認め, 上部消化管出血が疑われ前医に転院となったが, 内視鏡検査で消化管出血は認めなかった。同日抜管が試みられたが, 抜管直後に自発呼吸が消失し, 急速に眼球運動障害および顔面, 四肢筋力低下が進行した。第10病日にはTLSとなり, 当院に転院となった。当院での精査で子宮頸がん(StageⅣ)が見つかり, 貧血の原因は不正性器出血と考えられた。急速に進行する神経障害としてGuillain-Barré症候群やBickerstaff型脳幹脳炎, 神経筋接合部障害として重症筋無力症やLambert-Eaton症候群を鑑別にあげ, 免疫グロブリン大量静注療法, 単純血漿交換療法を施行したが, 症状の改善は認めなかった。ボツリヌス症を疑い, 第27病日に当院管轄の保健所に連絡し, 行政検査として大阪健康安全基盤研究所で細菌学的検査が行われた。結果, 第34病日にボツリヌス症と診断し, ボツリヌスウマ抗毒素(A, B, E, F型)を投与した。第50病日頃には下顎の運動や額のしわ寄せが可能となり, 第100病日頃には手指と足趾の運動もみられるようになった。子宮頸がんに対する根治治療は困難であり, 第115病日に他院に転院となった。第164病日には瞬目や口話での意思疎通が可能となり, 離握手もできたが, 呼吸筋麻痺の改善は得られず, 人工呼吸器からは離脱できなかった。第196病日に全身状態悪化のため死亡した。

細菌学的検査: 血清(第10病日)からA型ボツリヌス毒素が検出された。また糞便(第30病日)から3×104cfu/gのボツリヌス菌が検出され, マウス試験およびPCR検査からA型およびB型毒素遺伝子陽性, A型毒素産生B型毒素非産生と判明した。本糞便検体からボツリヌス毒素は検出されなかった。

喫食歴調査: 居住地管轄の保健所により喫食歴調査が行われた。同居家族からの聴取では, 真空パックのウナギの摂取歴があったが, ともに摂取した家族に発症はなく, 原因食品の特定には至らなかった。発症から1カ月が経過しており, これ以上の調査は困難であった。

考察: 本症例は, 嘔吐をともなう急激な経過から食餌性ボツリヌス症が疑われたが, 未診断の進行がんを背景とし, 長期排菌を認めたことから成人腸管定着ボツリヌス症の可能性も疑われた。長期の便中へのボツリヌス菌の排菌は成人腸管定着ボツリヌス症の特徴とされる3)。しかし, 稀ながら食餌性ボツリヌス症でも長期間糞便中にボツリヌス菌が検出されることが報告されており4), 本症例は成人腸管定着ボツリヌス症であるのか食餌性ボツリヌス症であるのかの病型診断が困難であったため, 原因不明ボツリヌス症として届出を行った。

本邦では, 原因不明例として2008~2020年までに本事例を含め7例が届出された5)。この中には, 食餌性ボツリヌス症が疑われたが原因食品の特定に至らなかったために不明例として届出された事例が含まれる6)。本症例は診断に長期間を要し, 診断後に喫食歴調査を行ったものの十分な検討は困難であった。食餌性ボツリヌス症であった場合は, 原因食品の速やかな特定と回収, および, 注意喚起による食中毒発生予防が極めて重要であるため, 1歳以上でボツリヌス症を疑った場合は, 早期の診断と喫食歴調査が必要である。

ボツリヌス症の診断にはマウスを使用した毒性検査と中和試験が欠かせず, 保健所を介して地方衛生研究所あるいは国立感染症研究所で行政検査を行う必要がある。本症例では, 当院転院時(第10病日)よりボツリヌス症の可能性は検討されたものの, 疾患頻度の低さ, 実際の診療経験の乏しさ, 同居家族において発症例が認められなかったことから, 神経免疫疾患の非典型例として治療を優先し, 積極的な診断に至らなかった。第27病日にボツリヌス症を疑って保健所へ連絡した後は, 極めて短期間に診断・治療に至ることができた。

ボツリヌス症は稀であるものの, 劇症経過の四肢麻痺を認めた場合は鑑別にあげる必要がある。ボツリヌス症が疑われた時点で, 食餌性ボツリヌス症の可能性を考慮して, 速やかに喫食歴調査を含めた医療-行政連携を行い, さらなる患者発生を防ぐことが重要である。

 

参考文献
  1. 国立感染症研究所, ボツリヌス症とは
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/7275-botulinum-intro.html
  2. Kihara K, et al., J Infect Chemother, 2023 publish ahead online
  3. Harris RA, et al., Toxins (Basel) 12: 81, 2020
  4. Momose Y, et al., Int J Infect Dis 24: 20-22, 2014
  5. 発生動向調査年別一覧(全数把握), 四類感染症(全数)
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/11529-report-ja2021-20.html
  6. 深谷幸祐ら, IASR 30: 187, 2009
大阪大学医学部附属病院神経内科・脳卒中科       
 木原圭梧 梶山裕太 木村康義 岡崎周平 望月秀樹      
高度救命救急センター      
 江左尚哉 野邊亮丞 清水健太郎 嶋津岳士           
医療法人成和会ほうせんか病院   
 大野喜代志           
大阪大学微生物病研究所遺伝情報実験センター       
 元岡大祐 中村昇太       
金沢大学医薬保健研究域医学系細菌学分野         
 松村拓大 藤永由佳子      
大阪健康安全基盤研究所微生物部細菌課          
 余野木伸哉 河合高生      
大阪府茨木保健所         
 加藤弘子 永井仁美       
大阪府守口保健所         
 谷掛千里            
国立感染症研究所         
 妹尾充敏 加藤はる

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version