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岐阜県で発症した2例目の乳児ボツリヌス症

(IASR Vol. 39 p178-179: 2018年10月号)

はじめに

乳児ボツリヌス症は稀な疾患で, 1歳未満の乳児がボツリヌス菌の芽胞を経口摂取した時に起こり, 未熟な腸管内で増殖した菌から産生される毒素により発症する。乳児ボツリヌス症の原因となる食品には蜂蜜があるが, 1987年に厚生省(当時)から1歳未満の乳児に蜂蜜を与えないようにという通知が出されてから蜂蜜摂取による症例は激減した1)。岐阜県においては1988年に最初の乳児ボツリヌス症が報告されてからこれまで報告はなかった2)。我々は, 蜂蜜摂取の既往のない乳児で, 2016年に岐阜県で2例目となる乳児ボツリヌス症事例を経験した3)

症 例

症 例:6か月の女児

主 訴:哺乳力低下, 元気がない, 便秘

既往歴:特記すべきことなし

発達歴:頸定や寝返りはあり, 明らかな発達の遅れは指摘されていなかった。

現病歴:入院3日前から排便がみられなくなっていた。入院前日から元気がなくなり, 哺乳量が少なくなったためかかりつけの小児科医院を受診。血糖値が感度以下であったため糖液を投与された。その後血糖値は改善したが, 活気がないため当科へ紹介された。入院2週間前から離乳食を始めたところであった。蜂蜜の摂取歴はなかった。

入院時現症:口腔内の乾燥はなく, 胸部は心音整で心雑音はなく, 肺野にラ音は聴取しなかった。腹部は平坦軟で, 腸蠕動音は減弱し, 肝脾腫は認めなかった。筋緊張低下や明らかな筋力低下はなかった。

入院時血液検査:尿検査はケトン陽性で, 血液検査では低血糖はなく, その他脱水を示唆する所見以外異常はなかった。

入院後経過:ケトン性低血糖による活気不良と脱水症と考えて持続輸液を開始した。入院2日目, 排尿があり脱水が改善したようにみえたが, 発汗はなく口唇は乾燥していた。患児の啼泣は弱く, 表情に乏しく元気がない状態が続き哺乳ができなかった。入院3日目, 母乳を哺乳させようとしたところ一過性の呼吸停止, チアノーゼを認めた。瞳孔は散大して対光反射の消失を認め, 筋緊張は著明に低下し, 四肢の深部腱反射は低下していた。

血液検査, 髄液検査, 頭部MRI, 心電図, 脳波や神経伝導速度検査などを行った。血液検査や髄液検査は正常範囲内で, 頭部MRI, 脳波にも異常はなく, 心電図異常も認めなかった。神経伝導速度検査は正常, テンシロンテスト陰性, 抗アセチルコリンレセプター抗体陰性であり, いずれの検査でも異常所見は認めなかった。これらの検査所見と急性発症の対称性弛緩性麻痺であることから, 乳児ボツリヌス症が鑑別に挙げられ, 岐阜市保健所にボツリヌス症の行政検査を依頼した。入院5日目に採取した糞便検体, 入院8日目に採血した血清について, 国立感染症研究所(感染研)で細菌学的試験が行われ, 検査結果から, ボツリヌス症と診断された。患児は便秘であったため糞便検体採取には浣腸が必要であった。カテーテルを用いて直腸内に生理食塩水を10mL程度注入し, 吸引して得られた液体を糞便検体として提出した。

治療として, 経管栄養, 非侵襲的陽圧換気(NPPV)や定期的な浣腸などを行った。症状は徐々に改善し, 入院5週目にNPPVを離脱, 入院6週目に十分哺乳ができるようになり経管栄養を中止した。その後, 頸定や寝返りが再び可能となり, 入院50日目に退院となった。岐阜市保健所に相談し, 退院時に採取した糞便検体について行政検査を行った。この時は自然排便での糞便検体の採取が可能であった。

ボツリヌス細菌学的検査:ボツリヌス症の細菌学的検査は, 行政検査として感染研で行われた。入院5日目採取の糞便検体および入院8日目採血の血清において, マウスを用いた試験によりボツリヌス毒素が検出され, 入院5日目採取の糞便検体からは, B型毒素産生ボツリヌス菌が分離された。また, 退院時に採取した糞便検体からもボツリヌス毒素が検出され, B型毒素産生ボツリヌス菌が分離された。

岐阜市保健所における対応

岐阜市保健所は, 乳児ボツリヌス症疑い症例の行政検査依頼を受け, 感染研と相談の上, 患児の血清と糞便の採取を医療機関に指示した。行政検査の結果, 乳児ボツリヌス症と確定診断され, 医療機関から提出された発生届を受理した。

なお, 患児には呼吸器症状もありウイルス性脳炎も否定できなかったことから, 岐阜県保健環境研究所に咽頭ぬぐい液, 鼻腔ぬぐい液および尿の検査を依頼し, エンテロウイルス, アデノウイルスおよび単純ヘルペス1型・2型の検査が行われたが, 結果は陰性であった。

岐阜市保健所で喫食歴調査を行った結果, 患児は月齢6か月で離乳食を開始していたが, 蜂蜜の摂取歴はなかった。乳児ボツリヌス症では, ボツリヌス菌芽胞が混入した蜂蜜以外の感染源は不明であることが多く, その場合, 周囲の環境からの芽胞獲得によると言われており4), 本事例においても原因の特定には至らなかった。患児の両親は自家製の野菜スープなどの離乳食が原因ではなかったかと自責の念を訴えていたが, 蜂蜜以外のリスクは不明であることについて説明し, 理解を得た。

患児の退院時に採取した糞便について, ボツリヌス菌陽性であったため, 患児からの排泄物の取り扱い, 排泄ケア時の手指衛生に注意するなど, 両親に退院後の二次感染予防の重要性について, 主治医を通じて指導を行った。その後, 退院5カ月後の検査では, 糞便中の毒素検出, 菌分離とも陰性であることが確認された。

考 察

本症例は, 岐阜県でおよそ30年ぶりとなる2例目の乳児ボツリヌス症であった。当初は哺乳ができないことによる低血糖症状が主体であったが, 便秘, 口渇や発汗低下などを伴う進行性の弛緩性麻痺を呈し, 血清および便中からB型ボツリヌス毒素が検出され, 乳児ボツリヌス症の診断に至った。

乳児ボツリヌス症の原因となる食物には蜂蜜がよく知られているが, 緒言でも述べたように, 行政からの通知が出てからは, 2017年の東京都事例以外では蜂蜜を原因とする発症は認められなくなり, 感染源は不明であることが多い。岐阜県での1例目はまだ厚生省から通知が出される前の発症であり, 生後7日目から入浴後に蜂蜜湯を毎日与えられていた2)。3か月時に乳児ボツリヌス症を発症し, 児の糞便と摂取していた蜂蜜からA型ボツリヌス菌が分離された。

乳児ボツリヌス症は塵粒子を嚥下することでも感染すると言われており4), 本症例のように蜂蜜摂取歴がなくても乳児ボツリヌス症は否定できない。また, 神経症状が回復した退院時に患児の便中にボツリヌス菌とボツリヌス毒素が確認されたことは, 公衆衛生学的にも注目すべきことと考えられた。

本症例の初期症状は便秘であった。岐阜県の第1例目でも生後2か月から便秘傾向で, 入院前4日間は排便を認めていなかった2)。このようにボツリヌス症の初期症状は便秘であることが多いため4), 頑固な便秘を認めた場合は, 乳児ボツリヌス症を考える必要がある。

結 語

岐阜県で2例目となる乳児ボツリヌス症を経験した。乳児ボツリヌス症は蜂蜜摂取歴がなくても起こることがあるため, 便秘が先行する急性弛緩性麻痺の乳児では, 乳児ボツリヌス症の可能性を考える必要がある。

 

文 献
  1. 厚生省保健医療局感染症対策室長, 乳児ボツリヌス症の予防対策について, IASR 8: 222, 1987
    https://idsc.niid.go.jp/iasr/CD-ROM/records/08/09302.htm
  2. 渡辺宏雄ら, 小児科臨床 41: 551-554, 1998
  3. 熊谷千紗ら, 小児科臨床 71: 1083-1088, 2018
  4. Rosow LK, Strober JB, Pediatr Neurol 52: 487-492, 2015

 

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