重症呼吸不全を呈したCorynebacterium ulcerans感染の1例
(IASR Vol. 37 p. 56-57: 2016年3月号)
Corynebacterium ulcerans は人獣共通感染症の起炎菌であり、ジフテリア様症状を起こすことで近年注意喚起がなされている。2001年以降、本邦では14例のヒトへの感染事例が報告されているが、上気道症状が主体であり、下気道への感染報告は世界的にも稀である。今回、我々はC. ulcerans の感染による気管支肺炎から重症呼吸不全に至った症例を経験したため報告する。
症例:60代、女性
既往歴:胆嚢ポリープ
生活歴:猫3匹を室内にて飼育中
現病歴:2015年某日に発熱、鼻汁、咽頭痛、湿性咳嗽が出現した。第8病日に悪寒も出現し、翌日38℃の発熱も認めたため近医を受診し、感冒の診断で対症療法を受けた。第11病日に39℃の発熱があり、第12病日に近医を再診したところ、低酸素血症と胸部単純レントゲンで肺炎像の指摘があり、当院へ紹介入院となる。
経過:胸部CTでは気管から左下葉気管支の著明な壁肥厚と左下葉の無気肺、左上葉の気管支肺炎像を認めた。炎症マーカーは著明高値(WBC 23,200/μL、CRP 31.8mg/dL)であり、低酸素血症を来していたが、その他の臓器障害は見られなかった。血液培養は陰性で、喀痰塗抹検査では、Geckler 4群, P3(膿性痰), グラム陽性球菌(4+), グラム陽性桿菌(3+), グラム陰性桿菌(3+)のpolymicrobial patternを呈していた。市中肺炎としてアンピシリン/スルバクタム(ABPC/SBT)とアジスロマイシンの投与を開始したが、翌日の早朝に呼吸不全が増悪し奇異性呼吸となり、緊急で気管挿管を行った。挿管時に喉頭に白色の付着物が確認された。人工呼吸管理を開始したが酸素化は不良であり、気管支鏡検査では左主気管支に全周性の偽膜形成と、それによる狭窄を認めた(図)。一部鉗子にて摘出した偽膜は黄白色でゴム状の硬さを呈していた。抗菌薬、人工呼吸開始後も呼吸状態の改善に乏しく、右肺にも浸潤影が出現したため、シプロフロキサシン(CPFX)、好中球エラスターゼ阻害剤、γグロブリン、ステロイドの投与などを行ったが、当初治療への反応は乏しかった。入院時の喀痰、気管内からの吸引痰の培養からはCorynebacterium 属菌が検出され、当初は常在菌の一種と思われたが、経過や所見からジフテリアも鑑別に挙げ、外部検査センターに検査を依頼したところ、Corynebacterium ulcerans と同定された。その後さらに右肺の浸潤影は拡大したが、第19病日ごろより呼吸状態は徐々に改善傾向となり、第23病日に人工呼吸器を離脱し抜管した。胸部CT上、左下葉気管支の壁肥厚は改善していた。以降の抗菌薬投与はABPC/SBTをアモキシシリン(AMPC)内服へ、CPFXをクラリスロマイシン(CAM)内服へ切り替えて継続した。第30病日まで喀痰培養でC. ulcerans が検出されていたが、皮疹の出現がみられたため、AMPCは中止し、CAMを第48病日まで継続し、培養陰性化を確認し終了した。右肺の器質化した肺炎像、および軽度の嗄声と労作時の低酸素血症は残存した。
細菌学的検査
当院で分離されたCorynebacterium 属菌株は、国立感染症研究所において、アピコリネキットによる生化学的性状および質量分析結果からC. ulcerans と同定された。また、本分離株において培養細胞法によるジフテリア毒素産生性を検討したところ、ジフテリア抗毒素で完全中和される細胞毒性が認められた。さらに、発症から1.5カ月後および3カ月後採血の血清でジフテリア毒素中和抗体価を測定したところ、それぞれ334 IU/mL、668 IU/mLと高値を示していた。
発症から3カ月後の時点で患者が飼育していた猫の調査を行ったところ、3匹中2匹の咽頭からジフテリア毒素産生性のC. ulcerans が検出され、その後エリスロマイシンによる治療により2匹とも菌陰性化が確認された。
考 察
C. ulcerans によるジフテリア様症状を呈した症例の報告は近年散見されているが、下気道への感染報告は世界的にも稀である。本症例は非常に珍しい気管支鏡所見や肺炎の経過を呈したが、入院時の肺炎像は比較的軽微であり、入院直後の呼吸不全は喉頭の偽膜と気管支壁の偽膜による気管支閉塞が影響したと考えられた。
C. ulcerans の感染源として、本邦では犬・猫が多いとされており、本症例の感染経路も飼い猫が考えられた。猫が本菌に感染した場合には感冒様症状や皮膚炎を呈しうると報告されるが、本事例については少なくとも数カ月間不顕性に保菌していたと考えられた。
Corynebacterium 属菌は皮膚や粘膜の常在菌として喀痰培養から検出されることが多く、起炎性を疑って菌種の同定まで行うことは少ない。C. ulcerans 感染症は、人畜共通感染症であること、そしてヒトにおいて上気道症状のみならず、本症例のごとく下気道感染や偽膜形成による非典型的な呼吸不全を呈しうるという認識が、獣医師を含めた医療従事者にも必要である。
社会医療法人河北医療財団 河北総合病院
内 科 石藤智子 藤井達也
救急部 松山尚世 安倍晋也 金井信恭
細菌検査室 鷲尾厚博 菊池敬子 大瀧友香 小森谷勇人 嘉瀬友子
国立感染症研究所
細菌第二部 柴山恵吾 加藤はる 小宮貴子
バイオセーフティ管理室 山本明彦