国立感染症研究所

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下水処理場等の排水からのクリプトスポリジウムおよびジアルジアの検出

(IASR Vol. 39 p27-28: 2018年2月号)

はじめに

クリプトスポリジウムのオーシストやジアルジアのシストは水道で用いる塩素消毒に対して強い抵抗性があり, これまでに世界中で水道を介した多くの集団感染の原因となってきた。わが国においては, 水道を介したクリプトスポリジウムによる約8,800人規模の集団感染となった1996年の埼玉県越生町の事故後, 厚生労働省が水道の原水の汚染リスクに応じて浄水処理を強化(除去率を上げる)する旨の通知を「水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針」として策定, 周知し(2001年に対策等を追加), 2017年に至るまで, 水道が原因の集団感染は報告されていない。しかし, 浄水処理を行っても, 非常に低い確率ではあるが病原体の漏出が起こる可能性は理論上ありうる。加えて, 2011年に世界保健機関(WHO)はオーシストを1個摂取した場合の感染確率を0.4%から20%へと引き上げたことから, 従来の予想よりも多くの散発症例が存在しているかもしれないとの懸念がある。ただ, 水道水中にオーシストが存在しても数10m3に1個程度であるとか, 下痢で病院を受診しても, 検便で原虫を調べることはほとんどないことなどから, 散発症例の存在を証明するためのデータを得ることは非常に難しいと考えられる。一方, 表流水を水源とする浄水場の原水の調査で, 時々, 少数のクリプトスポリジウムやジアルジアが検出されており, 水源域のどこかに汚染源があると考えられる。以前, 我々は牛舎が密集している支川を数年間調査したが, 牛舎がこれら原虫の排出源であるというデータは得られなかった。そこで本研究では下水処理場に着目し, 水道水源域に存在する下水処理場の排水を調査し, 若干の知見を得たので報告する。また, ある浄水場の原水で多数のオーシストを検出したことがあり, それに端を発して実施した水源域の調査結果も併せて報告する。

材料と方法

兵庫県下には, 公共下水道, 農業集落排水, コミュニティプラント等, 574の汚水処理施設がある。一方, 兵庫県水道用水供給事業としては, 4水系の7ダムを水源として, 5浄水場で浄水処理した水を各市町に供給しているが, 下水の影響を受ける浄水場もある。その中から, 数カ所の下水処理場を選び, その排水(2008/4~2014/2, 50検体)を試料とした。また, 2011年10月, A浄水場の原水で大量のオーシストを検出した時の水源域の河川水を試料として用いた。原虫の検出には, 水道協会推奨法, すなわち, 親水性PTFEろ過-ボルテックス剥離-免疫磁器分離-免疫抗体染色を用いた。

結 果

2008年4月~2014年2月までに実施した下水処理場排水の調査の結果, クリプトスポリジウムのオーシストとジアルジアのシストの検出率は, それぞれ14.3%と94.1%, 検出数は, 1~34個/10Lと1~1,170個/10Lであった。

2011年10月にA浄水場の原水で18個/10Lと通常(1個あるいは不検出)より桁違いに多いクリプトスポリジウムのオーシストが検出された。これに端を発して水源域を調査した結果, 本川上流のG橋で111~155個/ 10L, その上流の支川の橋で259個/10Lのクリプトスポリジウムのオーシストを検出した。

考 察

下水処理場の処理能力と原虫の検出数から, 下水処理場の供用区域からの総排出数を理論上推定することができる。調査した下水処理場の共用区域には畜産農家があるものとないものがあったが, 畜産農家が供用区域に含まれない下水処理場からも原虫は検出された。一方, 大量検出事例があったA浄水場の水源域はほとんどが新興住宅で, その排水は流域下水に接続されており, A浄水場に影響はない。ただ, 259個/10Lのオーシストが検出された支川の上流には2つの家庭浄化槽地区があったが, その他に, これほど多数のオーシストを排出すると考えられる施設は他に存在しなかった。このことから, これらの家庭浄化槽区域が排出源であると推測された。G橋と取水地点での河川流量が分かるので, 検出数と掛け合わせることで, この地区からの総排出数を推定することができる。いずれの結果からも, 対象地域に何人かの患者が存在していた可能性が推定された。

クリプトスポリジウム症, ジアルジア症は, 5類感染症であり, その発生数は報告されている。兵庫県ではクリプトスポリジウム症は, ここ10年以上報告はなく, ジアルジア症は, 毎年一桁台の報告数である。兵庫県下の574の下水処理施設で, 今回の調査結果と同様のことが起こる可能性があり, 畜産農家からの排出を差し引いたとしても, ヒトのクリプトスポリジウム症, ジアルジア症の報告数は過小かもしれない。なお, 農業集落排水などの下水処理場には牛舎などの動物管理施設からの排水も流入しているので, 下水の供用区域とこれら動物管理施設の位置情報を照合したり, 検出した原虫の遺伝子を調べたりすることで, 情報の精度が高まり, ヒトの感染状況を把握できると期待される。最終的には, これらの調査結果に基づいて, 適切な水源対策の一助とすることが重要である。

 

参考文献
  1. 厚生労働省健康局水道課, 水道におけるクリプトスポリジウム暫定対策指針改正の概要, 平成13(2001) 年11月
    http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/kenkou/suido/jouhou/suisitu/c1.html
  2. WHO(2011)Guidelines for drinking-water quality, fourth edition
  3. 日本水道協会, 平成14年, クリプトスポリジウム, -解説と試験方法-
  4. Inoue M, Sugano J, Detection of Cryptosporidium oocysts and Giardia cysts from drainage of the small-scale sewage disposal plants in Hyogo Prefecture(2012), 12th Asian-Pacific Congress for Parasitic Zoonoses in Kobe
  5. 兵庫県企業庁, 平成24年度水質年報
    https://web.pref.hyogo.lg.jp/kc08/documents/nenpou_h24_c2.pdf
  6. 兵庫県企業庁, 平成25年度水質年報
    https://web.pref.hyogo.lg.jp/kc08/documents/nenpou_h25.pdf

兵庫県県立健康生活科学研究所健康科学研究センター
 主任研究員 井上 亘
兵庫県企業庁水質管理センター
 課長補佐 菅野淳一

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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