国立感染症研究所

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ドイツで細胞療法を受けた渡航者におけるQ熱の集団発生、2014年―米国・カナダ

(IASR Vol. 36 p. 253-254: 2015年12月号)

概要: 2014年5月に1人のカナダ人がドイツに渡航し、医師からヒツジ胎仔細胞の筋肉内注射による細胞療法を受けた。このカナダ人は、同年6月に発熱、痛み、注射部位の発赤を訴え、同年7月にQ熱と診断された。報告を受けたカナダ公衆衛生庁は、国際保健規則に基づき、同年9月にドイツ政府に通達した。その頃、カナダ人を治療した医師の居住する州の保健局は、細胞製剤の製造に用いていたヒツジの群れからの吸入曝露によるヒトのQ熱集団発生を調査していた。そこで、この医師が2014年1月~7月に細胞療法を受けた患者らにQ熱発症の可能性があることを通達したため、米国ニューヨーク州の5例の疑い例が原因菌であるCoxiella burnetii の検査を受けた。結果、5例すべてで陽性判定であることがニューヨーク州保健局(NYSDOH)に報告され、保健所が調査を開始した。また、NYSDOHは米国疾病管理予防センター(CDC)に通達するとともに、さらなる症例探知のために、米国CDCの運営するEpidemic Information Exchangeに報告した。

調査の症例定義は「Q熱に関連する臨床症状が認められ、蛍光抗体法でC. burnetii のII相菌に対する単独血清でIgG抗体価が128倍以上であり、2014年5月にドイツで細胞療法を受けた者」とされ、調査の結果、6例が確認された。6例の年齢は59~83歳(中央値62歳)であり、4例が女性であった。3例が既往歴を報告しており、それぞれ心房細動と腎結石、パーキンソン病と変形性関節炎、多発性硬化症であった。発症は細胞療法から約1週間後で、主な症状は10~90日程度続いたが、3例では曝露後9~10カ月後も症状を訴えていた。

C. burnetii は、病原性のI相菌と弱毒性のII相菌との間で抗原相変異を起こし、急性期には、まずII相菌に対する抗体が産生され、I相菌に対する抗体よりも抗体価が高くなる。曝露後2~6カ月後の抗体検査では、全例で急性感染が示唆されたため、ドキシサイクリンで治療を受けた。

2例の患者面接によると、過去5年間、健康と活力の改善のために細胞療法を受けに10~15名の団体で年2回ドイツへ渡航しており、これまでに細胞療法後に何らかの症状がみられたことはなく、治療前にQ熱のリスクがあることは説明されていなかった。米国およびカナダの公衆衛生当局では、上記5例以外を追跡することはできなかった。

考察:細胞療法は、ヒツジやウシ、サメなどヒト以外の動物の臓器や胎仔から精製された細胞を患者に注入する治療法だが、宣伝されている抗加齢効果や様々な疾患の治癒を支持する医学的エビデンスはない。その一方で、アナフィラキシーや血管炎、脳炎、死亡などの重篤な副作用が報告されている。また、細胞療法を含めた異種移植は、ドナーの動物から既知または未知の病原体をレシピエントのヒトに伝播したり、遺伝子組み換えなどにより新しい病原体を形成したりし得るという公衆衛生上のリスクがある。さらに、理論上はレシピエントから他の人々に感染が拡大し得る。これらの理由から、国際または各国政府の公衆衛生機関において異種移植の安全基準に関する議論が継続的になされている。米国食品医薬品局(FDA)やカナダ政府機関は細胞療法を認可していないが、ドイツでは医師が治療に利用するために自ら製造した細胞などの医薬品は違法とされていない。世界保健機関などによると、1994~2009年に12カ国で異種移植が行われており、うち9カ国では明確な国の規制がない。

総括:この集団発生は、xenotourismという異種移植を主な目的とした医療ツーリズムに関連した公衆衛生上の問題を浮き彫りにした。米国FDAは、異種移植受療者を生涯定期的に監視し、また、受療者やその濃厚接触者が献血や組織移植のための献体をしないよう推奨している。しかし、自己申告以外には、異種移植受療者を特定することはできない。そのため、医師はxenotourismを認識し、異種移植歴のある患者において、人獣共通感染症を疑うべきである。

[CDC, MMWR 64(38): 1071-1073,2015]
(抄訳担当:感染研・新城雄士 有馬雄三 松井珠乃 砂川富正)

 

 

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