国立感染症研究所 感染症情報センター(平成14年10月)
目 次 報告書 まとめ 1.麻疹について 1)感染症発生動向調査に基づく我が国の麻疹患者数 i)近年の傾向 ii)流行状況の特徴 2)国内の麻疹による死亡者 3)年齢別麻疹抗体保有率 4)麻疹感受性者の推計 2.麻しんワクチンについて 1)麻しんワクチンの歩み 2)麻しんワクチン接種方法・時期 3)麻しんワクチンの役割 4)麻しんワクチンの効果・副反応について i)麻しんワクチンの効果 ii)麻しんワクチンの副反応 5)国内の麻しんワクチン接種率 3. 世界における麻疹対策の現状 1)WHOの戦略 2)世界での状況 i)概要 ii)先進国での状況 3)世界での予防接種方法 4.最新(現在)の知見 1) 地域単位での麻疹流行の調査および対策 i)地域単位での麻疹流行の調査 ?エ)地域単位での麻疹対策 2)麻しんワクチンの2回接種に関する知見 3)年長児および成人における麻疹発生の理由について 4) 乳児期(生後12か月未満)の麻しんワクチン接種 5)麻しんワクチンに対する認識 5.提 言 1)短期的対策 2)短期的対策による目標設定とその評価 3)流行時対策 i) 感染源及び感染経路対策 ii)感受性者対策 iii)流行拡大が懸念される集団に対する対策 iv)サーベイランスの強化、疫学調査の実施 4)中・長期的対策の設定 6.おわりに 報告書 まとめ
【WHOが区分している麻疹排除に向かう段階】
上に戻る↑ 1.麻疹について(資料1) 麻疹はパラミクソウイルス科に属する麻疹ウイルスによって引き起こされる急性熱性発疹性の感染症である。麻疹ウイルスの感染様式は空気感染(飛沫核感染)、飛沫感染、接触感染と様々であり、その感染力は極めて強く、麻疹ウイルスに対する免疫を持たない、いわゆる麻疹感受性者が感染した場合、ほぼ100%が発病し、1度罹患すると終生免疫が獲得される。また、麻疹ウイルスは基本的にはヒトを唯一の宿主とするウイルスであり、ヒト-ヒト感染以外の感染経路は通常存在しない。 麻疹に対する特異的な治療法は存在しないが、先進国においては栄養状態の改善、対症療法の発達などにより、死亡率は0.1~0.2%(表1)にまで低下している。しかし、我が国では未だ推計で10-20万人規模の患者発生があり、死亡例が毎年存在する(図1a、図1b、図1c)。合併症率約30%(表2)、平均入院率40%(図2)にも示される通り、重篤な疾患であることに変わりはない。 1)感染症発生動向調査に基づく我が国の麻疹患者数 i )近年の傾向 1999(平成11)年4月1日より施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)に基づいた発生動向調査では、約3,000の小児科医療機関(定点)および、約500の基幹病院(定点)から麻疹患者数が報告されるシステムとなっている。 この調査による患者報告数は、年間1~3万人であるが、実際にはこの約10倍程度の患者が発生していると考えられている(資料2)。 近年の推移を見ると、小児科定点から報告された麻疹患者数は、1999(平成11)年には過去最低となっていたが、2001(平成13)年は過去10年間では1993(平成5)年に次いで二番目に大きい流行であった(図3)。 一方、成人麻疹(18歳以上)患者報告数は1999(平成11)年4月から開始された調査であるが、2001(平成11)年は過去最多である(図4)。 ii )流行状況の特徴 年齢別に比較すると、1歳代が最多であり、次いで6~11か月、2歳の順で(図5a)、2歳以下の患者報告が49%を占めている(図5b)。現在の麻疹流行の中心的な役割を、この低年齢層が担っていることを強く認識しておく必要がある。また成人麻疹の中では20~24歳群が最も多く、次いで10歳代後半、25~29歳の順である(図6)。 季節的な傾向としては、第20週前後をピークとして初春から初夏にかけて患者発生が多い(図7)。 地域的な傾向は、都道府県での格差がみられ、近年は全国規模の大流行ではなく、地域単位の流行となっている。患者の多い県と少ない県が隣り合って混在しているのが近年我が国の麻疹流行の特徴である(図8a、図8b)。 2)国内の麻疹による死亡者 我が国では麻疹による死亡例が毎年報告されており、厚生省(現:厚生労働省)の人口動態統計をみると、数千人の麻疹による死亡者が出ていた50年前と比較すると、死亡数の減少は著しい(図1a)。また年齢階級別の比較では、0~4歳児の死亡が大半を占め(図1b)、特に0、1歳児の占める割合が多い(図1c)。 3)年齢別麻疹抗体保有率 血中の麻疹抗体価を測定することで、麻疹に対する免疫の有無を調査することが可能であるが、感染症流行予測調査では、我が国の健常人における年齢別麻疹ゼラチン粒子凝集(PA)抗体保有率の調査を実施している。PA抗体価が16以上あれば陽性であるが、128以上あればウイルスを中和する抗体がほぼ100%血中に存在するといわれており、麻疹ウイルスに大きな変異が起こらない限り麻疹ウイルスの曝露を受けてもほとんど発症することはないと考えられる。 2001(平成13)年度感染症流行予測調査によると、1歳児の抗体保有率は43.9%と極めて低く、MMR(Measles-Mumps-Rubella:麻しんおたふくかぜ風しん混合)ワクチン中止(1993(平成5)年4月)直後に生まれた年齢群である7歳児の抗体価に落ち込みが認められること、10~20歳代に抗体陰性者(感受性者)が存在すること、等は問題である(図9)。 図10にワクチン未接種者における麻疹抗体保有率を示した。ワクチン未接種者が麻疹に対する免疫を持つには麻疹に罹患する以外にない。ワクチン未接種であるにもかかわらず麻疹ウイルスの感染から免れてきた10歳代の10%の者に対しても何らかの対策が必要である。 4)麻疹感受性者の推計(図11) 2000(平成12)年度の国勢調査ならびに感染症流行予測調査の結果から年齢別麻疹感受性人口を推計した。0歳児で61万人、1歳児で55万人、定期予防接種対象である1~7歳半では約120万人の小児が麻疹感受性者であることが推計された。成人麻疹で問題になっている20歳代においては約40万人、全年齢群では300万人弱であると推計された。上に戻る↑ 2.麻しんワクチンについて 麻疹対策として取り得る唯一の方法はワクチン接種による予防である。日本以外の国では予防接種により、麻疹ウイルスの国内伝播の排除にほぼ成功したところも出てきている。一方、我が国はその対策の遅れが度々指摘されている。 1) 麻しんワクチンの歩み 我が国では1966(昭和41)年にKL法(不活化ワクチンと生ワクチンの併用)による麻しんワクチン接種が開始された。これは当時の生ワクチンの副反応が強く、その反応を軽減する目的で実施されたものであるが、異型麻疹(資料1)等の問題があり、1969(昭和44)年からは新たに開発された高度弱毒生ワクチンに切り替えられた。同ワクチンはその後1978(昭和53)年10月から定期予防接種に組み入れられ、「武田薬品工業」、「財団法人阪大微生物病研究会」、「社団法人北里研究所」、「千葉県血清研究所」の4社で製造されていた。その後、安定剤として含まれていたゼラチンがアナフィラキシーショックを含む重篤なアレルギー反応の原因となることが判明し、1996(平成8)-1998(平成10)年にかけて除去あるいは低アレルゲン性ゼラチンへの変更等の改良が加えられつつ、現在に至っている。なお、「千葉県血清研究所」は2002(平成14)年4月から製造を中止している。 また、1989(平成元)年4月、我が国においてもMMRワクチン(統一株)が導入され、定期接種のワクチンとして麻しんワクチン、MMRワクチンのどちらを接種してもよいことになった。ところが、MMRワクチン中に含まれるおたふくかぜワクチン株による無菌性髄膜炎の多発が問題となり、製造メーカー独自の株を使用した自社株MMRワクチンへの切り替えが行われた。しかし、無菌性髄膜炎多発の問題の解決には繋がらず、我が国におけるMMRワクチンは1993(平成5)年4月、接種が中止となった。 2)麻しんワクチン接種方法・時期 予防接種法に基づき、生後12~90か月未満の者に1回接種が実施されているが、現在標準的な接種期間として推奨されているのは生後12~24か月である。しかし、24か月では既に罹患してしまった児も多く、現在の我が国の流行状況を考慮すると生後12~15か月を推奨する。 3) 麻しんワクチンの役割 麻疹に対する特異的な治療法は存在しない。公衆衛生学的にいえば麻疹流行、個人レベルでは麻疹ウイルスの感染・発病に対する確実で有効な予防手段は麻しんワクチンしかない。 天然痘はワクチンの力により根絶された。ポリオもワクチンの効果により、日本を含む西太平洋地域における根絶宣言が2000(平成12)年10月に出されたばかりである。両疾患には有効な治療法は存在しないが、このように対策が成功した最大の原因は原因ウイルスがヒトを唯一の宿主としたことと、効果の高いワクチンが開発されたことである。麻疹はこれら2つの疾患と同様の条件下にあり、ワクチンによる根絶可能疾患であると考えられている。 南北アメリカやヨーロッパ諸国においては、ワクチンによる対策が奏効し、多くの国々が、WHO分類の麻疹排除(elimination)期(国内伝播はほぼなくなり、根絶(eradication)に近い状態)に至っている。一方、日本は最も初期の段階であるWHO分類の麻疹制圧(control)期(麻疹は恒常的に発生しており、時に流行が起こる状態)にあると評価されている(図12)。WHOでは麻疹患者数を非常に低いレベルに維持するためには新規ワクチン対象者(日本の場合は1歳児が該当する)の麻しんワクチン接種率を95%以上に保つべきとしている。 4)麻しんワクチンの効果・副反応について 麻しんワクチンに対する一般的な認識は、効果(免疫獲得率)は高いが、接種後の過敏反応や発熱などには注意すべき、といったものであった。また、国内外から関連はないと指摘されている卵アレルギーと麻しんワクチン接種後のアレルギー反応の関係を指摘する声もまだ根強く残っていることは問題である。以下に、麻しんワクチンの効果と副反応について記述する。 i)麻しんワクチンの効果 麻しんワクチンの免疫獲得率は高く、ワクチン効果(Vaccine effectiveness:VE)は95%以上と言われている(表3a)。最近の調査結果でもこのVE(表3b)並びにワクチン接種者における麻疹抗体保有状況は概ね維持されている(図13)。 2001(平成13)年度感染症流行予測調査によると、ワクチン接種群における抗体保有率は極めて高いと言える(図13)。しかし、0-1歳児の抗体保有率が80%と他の年齢群に比し低いこと、20歳代でわずかながら抗体陰性者が認められること、抗体価が10~29歳で若干低下していることについては今後注意深く経過観察していく必要がある。 ii)麻しんワクチンの副反応 麻しんワクチン接種後の主な(臨床)反応は接種後7-10日前後に時に発疹を伴う発熱を認めることである。1996(平成8)年度から予防接種後健康状況調査が実施されているが、2000(平成12)年度までに報告された5年間の累計を図14に示す。発熱は接種後8日に、発疹は10日にピークが認められた。2000(平成12)年度予防接種後健康状況調査(接種後28日間)によると、0~13日に初発した発熱は18.2%(うち38.5℃以上は10.7%)であり、発熱のほとんどは0~13日に初発している。発疹は8.8%(うち6日以内が2.5%、麻疹ウイルス増殖に伴う発疹の出現時期である7~13日は 4.9%)、局所反応は2.9%(うち3日以内は1.0%)、蕁麻疹は2.8%(うち1日以内は0.2%)、けいれん(このうち90.5%は発熱を伴うけいれん)は0.34%であった。 次に、平成6年の予防接種法改正に伴って実施されることになった予防接種後副反応報告は平成7~12年度の6年間に総計618件の報告があった。報告頻度が高いものとしてはアナフィラキシー等の即時型全身反応、発疹、および発熱であるが、脳炎・脳症の報告も平成8、9年にそれぞれ1例報告されている。なお、平成10年度以降の年間報告数は前半3年間の報告数の2分の1以下となっており、特に予防接種後3日以内に発生する即時型の反応を中心とした副反応報告は大幅に減少している(表4、図15)。 1996(平成8)年~1998(平成10)年にかけて、ワクチンからゼラチンが除去あるいは低アレルゲン性ゼラチンへの改良が行われており(2.1)麻しんワクチンの歩み 参照)、予防接種後副反応報告の減少は、この効果が現れているものと推察される。大阪府堺市での調査においても、最近、予防接種後の保護者や主治医等からの相談・問い合わせ件数が減少しており、これは接種後3日以内の相談(アレルギー反応、発熱等)が大幅に減少していることと関連しているものと考えられる(表5)。 なお、予防接種後副反応報告はワクチンとの因果関係がすべて直接証明されているわけではない。 5)国内の麻しんワクチン接種率 1978(昭和53)年10月以降、麻しんワクチンが定期接種となったが、厚生労働省算出の実施率は、近年おおむね90%を超えており、高い実施率を維持している(図16)。しかし、この実施率は、分母が1歳人口、分子が1歳から7歳半までの間に定期接種として麻しんワクチンを受けた人数となっているため、おおまかな傾向を掴むには有効であるが、厳密な意味では正確とは言い難く、いくつかの方法で予防接種率の算出が試みられている。 厚生省(現:厚生労働省)の予防接種副反応研究班(磯村班)の調査(資料3)による定期接種対象者の麻しんワクチン接種率は、現在の我が国の接種率の実態をより反映していると考える。平成11年度77.1%、平成12年度 81.1%であり、ようやく80%を超えたところであるが、地域によっては50~60%と低い。 次に2001(平成13)年度感染症流行予測調査から得られた麻しんワクチン接種率を示す(図17)。1歳(生後12~24か月未満)児の接種率が50.0%と低く、麻疹患者の中では1歳児が最も多いことを考えるとこの年齢での接種率を向上させることが麻疹対策上の急務である。2歳(生後24~36か月未満)児では78.8%に上昇するものの十分とは言えない。また、MMRワクチン中止(1993(平成5)年4月)直後に生まれた年齢群である7歳(生後84~96か月未満)児の接種率に落ち込みが認められる。 我が国には多くの予防接種率算定方式が混在しており、接種率算定を全国で統一したものにし、比較検討していくことが重要である。上に戻る↑ 3. 世界における麻疹対策の現状 1)WHOの戦略 WHOは、毎年3000万人以上の麻疹患者と875,000人の麻疹による死亡者が発生していると推計している。この死亡数は、全世界の感染症による死亡数14,025,000人のうち、6.24%を占め、単独の病原体としては最大の死亡原因である。 2000(平成12)年、全世界において麻疹による死亡率を低下させるために、WHOは国連児童基金(UNICEF)、米国疾病管理予防センター(CDC)とともに、「麻疹による死亡率減少と地域的な排除のための世界麻疹排除対策戦略計画(Global Measles Strategic Plan for measles mortality reduction and regional elimination)」(資料4)を策定した。具体的な目標を設定し、死亡率減少と地域的排除のための活動を進めるための枠組みを示し、1回目の麻しんワクチン接種に加えて、補足的な予防接種活動として、すべての小児に2回目の接種機会を与えることを勧奨している。これにより、これまで接種を受けなかった、あるいは1回目の接種で免疫を獲得しなかった児のすべてに対して麻疹に対する免疫をつけるということである。また、この対策活動を行うにあたり、適当なところで風疹の予防接種およびサーベイランス活動を組み入れていくことが勧奨されている。 2)世界での状況 i)概要(図12) WHOは麻疹排除に向かう段階を3つに区分している。第一段階は、麻疹患者の発生、死亡の減少を目指す制圧(control)期、第二段階は全体の発生を低く抑えつつ集団発生を防ぐ、集団発生予防(outbreak prevention)期、そして最終段階は排除(elimination)期である。現在日本は、中国、インドその他の途上国とともに、第一段階である制圧(control)期に含まれている。オーストラリアなどのオセアニア諸国の多くは第二段階の集団発生予防(outbreak prevention)期に、またアメリカ大陸、ヨーロッパ、南アフリカや中近東の一部は、すでに排除(elimination)期としての対策が進んでいる。日本の所属する西太平洋地域では、1996(平成8)年に策定された麻疹対策の地域計画を2001(平成13)年に改訂し(資料5)、すべての国における麻疹伝播の阻止を目標としている。 ii)先進国での状況(表6) 先進国の状況は、代表的な国ではいずれもMMRワクチンの2回接種を基本としており(表6)、米国、カナダなど内因性の麻疹伝播を排除している国では、ワクチン接種率は95%を越えている(米国のデータは2回接種の接種率が91%、1回接種の接種率は96%)。この高い接種率は入学・入園時での麻しんワクチン接種がその条件として要求されていることが大きいと考えられる。これらの国での患者発生はほとんどが輸入例であり、米国の輸入例中第一位は日本からの輸入例である。イギリス、フランス、イタリア、ドイツなどでも、ワクチン接種の方針はMMRワクチンの2回接種であるが、その接種率は80~90%で、年間の麻疹患者は数千から一万人程度の発生があり、毎年10人までの死亡が報告されている。 3)世界での予防接種方法(資料6) 上述のようにほとんどの先進国では、麻しんワクチン接種方針としてMMRワクチンの2回接種法がとられている。また2回接種の理由は、1回の接種で免疫ができなかったものにも確実に免疫をつけるためと、1回目で免疫のついたものにはその免疫を増強するためである。この理由は、ほとんど排除に成功している米国、カナダなどの1回接種から2回接種に至る歴史をみると明らかである。いずれの国も1回接種の予防接種率を上昇させたあと、ワクチン接種者を中心とした麻疹の小流行が頻発し、2回接種を導入することにより完全に麻疹伝播を抑制できたという歴史に裏付けされる。MMRワクチンが勧奨される理由は、おたふくかぜ、風疹、そして先天性風疹症候群もその公衆衛生学的インパクトは決して低くはなく、1回の接種により3つの疾患の予防ができる利点を生かしているものである。 一方、途上国においては、まず可能な限り定期接種において、1回のワクチン接種を徹底することを目標としている。しかし、種々の理由によりその接種率をあげることはできず、2回接種方針をとっても定期接種のみでは、全体の接種率を上げることが不可能である。そこで補足的予防接種キャンペーンを行い、対象期間中、対象地域におけるすべての小児に対して麻しんワクチンを一斉接種することにより、予防接種率を上げようとするものである。上に戻る↑ 4.最新(現在)の知見 1)地域単位での麻疹流行の調査および対策(資料7) i )地域単位での麻疹流行の調査 近年、地域の麻疹流行に対し、現地の自治体等による積極的な調査、対策の実施が行なわれる傾向がある。沖縄県、大阪府、北海道、高知県にみられた麻疹流行については、現地自治体が中心となり、今後の対策を検討するため、詳細な調査が行なわれた。 我が国においても、麻疹が時に多くの小児の死亡をもたらす疾患であることは幾つかの調査より知ることができる。1998(平成10)年~2001(平成13)年までに確認された麻疹による死亡者数は沖縄県では9人、大阪府においては10人である。 麻疹に罹患した児の特徴として、沖縄県、大阪府、高知県においては1歳児が最多、北海道では0歳児が最多であった。また高知県では、学校における麻疹欠席者数が小学校3.7%、 中学校1.7%、 高校0.6%と多く認められたという特徴があった。 麻しんワクチン接種歴については、沖縄県では麻疹による入院患者中92%が、大阪府では全体の94.3%、高知県では不明を含め95.4%がワクチン未接種であった。 これらの麻疹流行の調査を総合的に分析した場合、以下の特徴が判明した。 ・重症事例、死亡事例が発生している。 ・麻疹患者はワクチン未接種者が多い。 ii )地域単位での麻疹対策 各地で地域単位の麻疹対策が関係者の協力で実施されつつある。対策方針として以下のような例が挙げられる。 ア)沖縄県:「沖縄県はしか“0”プロジェクト」をスタートさせ、2005(平成17)年までに1歳児の麻しんワクチン接種率を95%以上にすることを目標とする。 イ)北海道:「北海道ゼロ作戦」として麻しんワクチン接種率向上に関する活動を実施。 ウ)高知県:予防接種広域化が平成14年4月からスタート。 エ)新潟県、三重県、岩手県、大分県など:各県の小児科医会等によって、予防接種法の理念の一つであるかかりつけ医の下での麻しんワクチン接種を実現すべく、予防接種の実施主体である各市町村レベルを超え、全県下すべての市町村で麻しんワクチン接種の相互乗り入れが制度化もしくは開始が確実となっている。 2)麻しんワクチンの2回接種に関する知見 2回接種の目的は、(1) primary vaccine failure(PVF):1回接種で免疫ができなかったもの(数%)、に対して免疫を獲得させる、(2) 1回目で免疫がついたものにはその免疫を増強させる(学校等での集団発生を予防する)、である。その結果、secondary vaccine failure(SVF):1回接種で免疫を獲得したが、年数の経過と共に免疫の低下が起こり修飾麻疹(軽症、非典型麻疹)として発症する、に対してもある程度の効果が期待できる。近い将来、加齢に伴う免疫力低下への対策として、現在行われている幼児での接種に加え、小学校入学前後での再接種の導入を検討する必要がある。 3)年長児および成人における麻疹発生の理由について(資料8) ワクチン接種後流行地域に在住すると、症状は出現しないが不顕性感染を繰り返し、免疫力を保持あるいは高める効果が期待できると考えられている。流行が頻繁におきない地域では麻疹の流行から流行までの間隔が長くなり、ワクチン接種者の免疫力が低下する傾向が見られる。また、麻しんワクチン接種後に免疫を獲得できなかった数%のPVFの者についても流行に曝露することなく年長児あるいは成人に至ることが考えられる。そのため、長く麻疹の流行がない地域に麻疹ウイルスの浸入が生じた際には、年長者に麻疹の集団発生が認められることは、南北アメリカ大陸における麻疹排除に向かう歴史のなかで既に観察されてきたことである。 麻しんワクチン導入以降、接種率が上昇し患者数はまだまだ多いとはいえ数十年前に比べると減少傾向にある我が国の状態において、年長児及び成人麻疹の増加の傾向が今後、認められることは十分に予想しうることである。 現時点の国内調査では、加齢に伴う免疫力低下の傾向は著明ではないと考えるが、今後はこの動向を慎重に検討していく必要がある。 4) 乳児期(生後12か月未満)の麻しんワクチン接種(資料9) 依然我が国における麻疹患者の年齢分布は1歳代が最多であるが、続いて生後6~12か月未満となっている。よって、定期接種の対象とならない生後6~12か月未満児を流行時に如何に麻疹感染から守るか、との検討は重要である。 1歳未満での麻疹罹患は死亡を含む重症化率が高いため、定期接種として、生後9か月前後を麻しんワクチン接種対象年齢にしている国々が途上国を中心に少なくない。麻疹対策の進んでいない地域では、より多くの乳児が麻疹患者と接触する可能性が高く、乳児への早期接種は合併症のリスクの高い乳児感受性者群の割合を減少させる効果が期待される。 現在の我が国の現状は、乳児が罹患するリスクは途上国と同程度に高いと思われるが、死亡率、重症化のリスクは先進国と同程度に低いと考えられる。流行時には個人予防、集団予防の視点から緊急接種としての必要性が早急に検討されるべきであるが、この年齢における現行ワクチンの効果および安全性は十分評価されておらず、平常時における乳児への接種の導入については、慎重を期すべきであると考え、継続的な研究が必要である。 麻疹に罹患する危険性が減少した先進国では、1歳以上を接種対象とし、1歳以降かつ早期のワクチン接種を目指している。麻疹に罹患する場合と、予防接種を行った場合のメリットとデメリットを総合的に判断して対応していく必要がある。 WHOでは、生後9か月以下の児に罹患することが多いほどの麻疹流行状態であればあくまで一時的に、生後6か月児からの乳児への接種を行ってよい、としている。CDCでは、生後12か月以下の年齢層が麻疹に罹患する危険性が高ければ、流行を抑える方法として生後6か月より麻しんワクチン接種を行い得るとしているが、1歳未満で接種を受けた場合には生後12~15か月で再接種を行うべきである、としている(資料9)。 5) 麻しんワクチンに対する認識 2001(平成13)年に大阪で実施された調査によると、 i)流行の翌年であったにもかかわらず1歳6か月児における麻しんワクチン接種率は73%と流行抑制には不十分であった。 ii)保育園通園児や母が若年である場合は麻しんワクチン接種率が低く、麻疹罹患率が有意に高かった(表7a、表7b、表7c、表7d、表7e)。 iii)ワクチン未接種児の保護者においても大半が麻しんワクチンの必要性を認識しており、ワクチンに対して否定的な見解を持っている回答は総計で0.2%(2292名中5名)であった(表8)。接種を受けていない主な理由は、接種予定日の体調不良や単にまだ受けていないとする回答であったが、実際は一度機会を逃すと次の接種機会が得にくいという現状がある。 iv)単にワクチンキーパーソンである母親に情報を伝達し、麻しんワクチンの接種を勧奨するだけでは、接種率を現行よりも大幅に上昇させ、維持することは困難であると考えられる(表9)。 以上のことより、被接種者が確実、容易にワクチンを受けることのできるシステム作りを確立し、予防接種機会の増大をはかることが必要である。また、予防接種委託医、行政予防接種担当者の間でも、正確な知見・情報の共有が望まれる。上に戻る↑ 5.提言 1)短期的対策 ウ) 麻疹感受性者への早急な対応 ア) 1歳児への予防接種:患者全体の約1/4を占める1歳児を対象に、生後12-15か月児を接種標準年齢として積極的に予防接種を勧奨し、この年齢での麻疹の発生を抑制する。 具体的には、 (1) 保護者への積極的な連絡 (2) 予防接種機会の増大をはかる イ)生後12-90か月未満(定期接種対象年齢)の感受性者に対する予防 接種:生後12-15か月児は勿論のこと、生後16-90か月未満の感受性者対策も重要である。生後16か月以降、麻しんワクチン未接種かつ麻疹未罹患児に対しては、その状況を積極的に把握し、速やかに予防接種を勧奨する。 具体的には、 (1) 1歳6か月、3歳児健診などを利用し接種もれ者のチェックを行い、 もれ者へは定期接種を積極的に勧奨する。 (2) 入園(幼稚園、保育園)・就学時健診を利用した接種もれ者のチェックを行い、もれ者へは定期接種を勧奨する。 (3) 予防接種機会の増大をはかる。 ウ) 麻疹の疾患としての重要性およびその予防手段であるワクチン接種の重要性に対する理解の普及を行う。 ii) 予防接種率の適正な把握を行う。 2)短期的対策による目標設定とその評価 具体的には、 i) 短期的対策の結果につき、定期的にその評価を行う。 ii) 短期的対策によって当面の目標として麻疹発生および重症者数を現状の5%以下に減じる(年間患者発生数5000人、死亡者数5人)。 3)流行時対策 特定の地域において、複数の麻疹患者が短期間に確認された場合には、急速な感染拡大が懸念され、流行時対策の設定が必要である。 i) 感染源及び感染経路対策 家庭・集団生活の場(保育園、幼稚園、学校、職場など)において麻疹に関する知識の普及をはかると共に、患者と感受性者との接触を減らすように務める等、小児を取り扱う医療機関において麻疹の再認識を深める。 ii) 感受性者対策 麻疹流行時には、多くの0歳児患者の報告があり、これらの患者は重症化しやすいと考えられている。CDCのガイドラインによると、生後12か月から麻疹の定期予防接種を行っている米国において、麻疹流行期には生後6か月以上の乳児に対して臨時の予防接種が考慮できるとされている(乳児期に接種を受けた場合、生後12か月以降の定期接種を強く推奨されている)。我が国においても、麻疹流行時の生後6-11か月児への予防接種は個人予防、集団予防の視点から緊急接種としての必要性が検討されるべきである。ただしこの年齢における現行ワクチンの効果及び安全性は十分評価されておらず、平行して継続的な研究が必要である。 iii) 流行拡大が懸念される集団に対する対策 医療現場や集団生活の場などでは、流行拡大の可能性を検討するべきである。同一集団から麻疹患者が発生した場合には、個人予防の視点から、成人を含む感受性者に対して麻しんワクチン接種、ガンマグロブリン製剤の緊急避難的投与等の迅速な感染防御対策が必要である。 iv) サーベイランスの強化、疫学調査の実施 中央および地方の公衆衛生担当者が、十分にサーベイランスを活用することが重要である。また同時に、現行サーベイランスの評価を行い、我が国の麻疹の患者発生状況に応じたサーベイランスの改善を図る必要がある。麻疹の流行的発生にあたっては、適正な疫学調査を行い、原因の検討、対策の立案、実施を行う。 4)中・長期的対策の設定 i) 短期的目標が達成された後には、年間患者発生数100人以下、死亡数0を目標とし、流行的発生をなくし(elimination)、公衆衛生上問題とならないことを目標とする。 ii) 国内での発生あるいは海外からの持ち込みに際しても流行的発生とはならないことを目標とする。 iii) そのためにさらなるサーベイランスの強化と集団における免疫の維持が必要である。考えられることとして以下のようなことが挙げられる。 (1) 患者発生を正しく把握するため、診断基準として血清診断(IgM抗体の測定)を導入、(2) 患者発生および死亡を全例報告とする、(3) 麻しんワクチン2回接種(two doses) を導入し、ワクチン接種にも関わらず抗体反応の見られなかったもの、抗体を獲得したが自然に減衰したものへの麻疹予防を確実にする。あわせて1回目の接種もれ者に対して、2回目の接種機会を与える、?C接種回数およびワクチン費用を減じるために、海外では既に広く利用されているMMRワクチンあるいは現在開発中のMR(Measles-Rubella: 麻しん風しん混合)ワクチンを活用する。 iv) 麻疹 eradication を目標にするかどうか、世界の状況と合わせ、さらに検討を続ける。上に戻る↑ 6.おわりに 我が国の教育水準は高く、医療水準も分野によっては非常に発達しているが、いわゆるワクチン予防可能疾患(Vaccine preventable diseases)として国際的に認識されている一部の感染症に対する対策は、他の先進国のみならず、数多くの途上国にも最近では大きく遅れをとっている。特に麻疹においては、毎年乳幼児を中心とした多数の患者及びそれに伴う重症者が毎年発生しているのが現状である。 今回我々は、日本における麻疹流行の現状を打破するためにはどのような対策をたてるべきかを考え報告書を作成した。本報告書が、わが国の麻疹対策の前進に少しでも寄与できれば幸甚である。上に戻る↑ 執筆担当者(五十音順)
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報告書 資料集(図1-17) 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ 上に戻る↑ |