(IASR Vol. 33 p. 247-248: 2012年9月号)
リステリア症は免疫力の低下している患者や高齢者、新生児で髄膜炎、敗血症などの重症感染症となることが多く、食品を介したListeria monocytogenes 感染が原因となる。リステリア症の疫学に関し、本邦ではOkutaniらがアンケート調査により1996~2002年の間の推定罹患率を0.65/100万人と報告しているが1) 、近年の状況は明らかでない。厚生労働省院内感染対策サーベイランス(JANIS)検査部門は、医療機関の細菌検査に関する全データを収集しており2) 、参加医療機関におけるL. monocytogenes 分離患者数を把握することが可能である。本研究ではJANIS検査部門のデータを用い本邦の罹患率を推計した。
解析には、2008~2011年にJANIS検査部門参加医療機関から提出されたデータを用いた。本邦の全医療機関の病床数の算出には、厚生労働省医療施設調査の結果(http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/79-1.html)を用いた。罹患患者の定義は、血液または髄液からL. monocytogenes が分離された患者とし、各年で症例定義に合致する患者データを抽出し、分離された医療機関の病床規模別に、患者数を集計した。また本邦の200床以上の全医療機関を病床規模別に分類の上、それぞれの規模群別病床数の合計を算出した。次にJANIS検査部門に参加し期間中に血液検体を提出した医療機関の病床数も算出し、本邦の全医療機関の病床規模群別病床数に占める割合を算出した。JANIS検査部門参加医療機関の病床規模群別罹患患者数を算出した割合で除した値を、国内の各病床規模群別推定罹患患者数とし、その合計を本邦における推定罹患患者数とした。JANIS検査部門データは統計法32条に基づく申請を厚生労働省に行い、承認を受けた上で利用した。
4年間の罹患患者合計は307例、病床規模に応じた補正を行い算出された罹患率は1.06~1.57/100万人で、4年間の平均年間罹患率は1.40/100万人であった。血液培養を提出した集計対象医療機関は426医療機関から 579医療機関に増加した(表1)。
罹患患者数の年齢分布は、65歳以上の高齢者が236人(77.6%)とその多くを占めていた。高齢者では性別による患者数の差は認められず、その他の年代では症例数が少ないため評価できなかった(図1)。
今回の研究により、本邦におけるリステリア症は、その症例の3/4以上が高齢者であり、かつその罹患率は年間1.00~1.60/100万人程度であると推定された。この結果は、60歳以上の症例の占める割合が42例中19例(45.2%)のOkutaniらの研究と比較し、高齢者群が多く、年間罹患率も1.5~2.5倍に相当する。乖離の要因としては、後ろ向きのアンケート調査であったOkutaniら1) の研究で高齢者症例の脱落が主なリコールバイアスとしてかかっていた可能性が考えられた。また、Okutaniらの研究と本研究では調査時期が異なることも乖離の要因となった可能性がある。
一方、JANISは任意参加であるため、病床規模別の参加率に差があり、参加率は200~300床規模の医療機関では低く、600床以上の規模の医療機関では高い。さらにリステリア症は一般的に重篤であるため、症例の多くは比較的規模の大きい医療機関を受診している可能性が高い。そのため、本研究の推定方法では、病床規模の小さい群における罹患患者数を高く推計しているため、推定罹患率も高くなっている可能性がある。
川崎医科大学公衆衛生学 山根一和*
国立感染症研究所細菌第二部 鈴木里和 柴山恵吾
* 国立感染症研究所細菌第二部