国立感染症研究所

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多剤耐性Corynebacterium striatumによる弁輪部膿瘍を伴った感染性心内膜炎の1手術症例

(IASR Vol. 37 p.256-257: 2016年12月号)

Corynebacterium striatumによる自己弁心内膜炎が1994年に初めて報告されて以来1),人工弁心内膜炎,ペースメーカーリード関連心内膜炎を含め数例報告されてきた2-5)。本菌は皮膚常在菌のひとつであるが,医療関連感染症の起炎菌となり6),稀ではあるが感染性心内膜炎の起炎菌となる。近年はC. striatum臨床分離株に多剤耐性が多い報告や7),耐性株による感染性心内膜炎症例の報告もあり8,9),注目されている。今回,多剤耐性のC. striatumが起炎菌と考えられる大動脈弁位自己弁感染性心内膜炎の症例を経験したため,ここに報告を行う。

症例:50代 男性

主訴:発熱継続

既往歴:幼少時に蓄膿症。齲歯は治療済み。腎盂尿管移行部狭窄症

家族歴:特記事項なし

臨床経過:2014年,腎盂尿管移行部狭窄症の精査のため前医外来で,入院2週間前にレボフロキサシン(LVFX)予防内服を行いながら尿路造影検査が施行された。入院9日前より発熱症状が出現し,外来においてセフトリアキソン(CTRX)点滴が行われた。入院7日前にも発熱の改善を認めなかったためメロペネム (MEPM) 点滴に変更された。発熱が続き入院(第1病日)となったが症状改善がないため,第5病日当院総合内科に紹介入院となり,MEPMの増量,LVFX併用による治療が開始された。第10病日に血液培養よりCorynebacterium属菌の検出報告があり,分離菌株における薬剤感受性試験結果()よりバンコマイシン(VCM)に変更となった。また,同日心不全を呈し,心エコー検査より大動脈弁逆流(AR)の出現が認められ,心内膜炎合併と診断された。心不全治療,感染症治療を行ったが,発熱の改善が乏しかった。心不全管理および開心術前評価を進める中,第27病日に心エコー検査にて弁輪部破壊を伴ったARの増悪を認めたため,同日緊急手術となった。ARによる循環虚脱に対応を行いながら麻酔導入し,人工心肺下に大動脈弁を確認したところ,左冠尖および右冠尖は高度に破壊され一部は弁輪より剥離していた。その弁輪部には膿瘍が形成され,大動脈側へ開口した潰瘍となった形で,弁上および弁下部へと進展していた。弁輪部破壊が著明であるため自己心膜パッチを用いて弁輪を形成し,機械弁人工弁を縫着した。術後,心不全状態は改善した。VCMを術後4週間にわたり使用し,中止後も感染再発がないこと,また心エコー検査にて人工弁機能異常を認めないことを確認し,合併症なく独歩自宅退院となった。

血液検査:白血球数9,200/μL,好中球75.8(%),CRP 5.72(mg/dL)

細菌学的検査:血液培養より分離された菌株は,16S rRNA遺伝子配列の解析から,C. striatumと同定された。また,APIコリネを使用した生化学的性状試験によっても,一致した同定結果が得られた。

考 察

本例は免疫能の保たれた患者に生じたC. striatumによる弁輪部膿瘍を伴った大動脈弁位心内膜炎であった。Corynebacterium属菌は皮膚や上気道の常在菌であり,本症例の感染経路として,皮膚あるいは上気道からのtranslocationが疑われた。一方,C. striatum感染症は,院内アウトブレイク事例の報告が認められ6),医療関連感染としても重要視されている。本症例は,発熱の有病期間が長く,また使用していたCTRX,MEPM,LVFXに耐性菌株による感染であったことから,CTRX,MEPM,LVFXによる治療中に心内膜炎および膿瘍形成が進み,さらに,感受性のあるVCM投与開始後も弁破壊が進行したことにより,心不全を呈したと考えられる。本菌の持つ組織破壊性および多剤薬剤耐性には注意が必要と考える。C. striatumによる膿瘍形成を伴う心内膜炎の治療には,耐性菌の可能性を念頭に,感受性のある適正な抗菌薬の術前術後投与,および感染病変の外科的治療が重要と考える。

 

参考文献
  1. Rufael DW,Cohn SE,Clin Infect Dis 1994; 19: 1054-1661
  2. Juurlink DN,et al.,Eur J Clin Microbiol Infect Dis 1996; 15: 963-965
  3. Mizoguchi H,et al.,Surg Today 2014; 44: 2388-2391
  4. de Arriba JJ,et al.,J Infect 2002; 44: 193
  5. Melero-Bascones M,et al.,Clin Infect Dis 1996; 22: 576-577
  6. 廣川秀徹ら,IASR 36: 90-91,2015
  7. Qin L,et al.,Jpn J Infect Dis 2016; advpub
  8. Fernández Guerrero ML,et al.,Int J Antimicrob Agents 2012; 40: 373-374
  9. Tran TT,et al.,Antimicrob Agents Chemother 2012; 56: 3461-3464


名古屋第二赤十字病院
 心臓血管外科 日尾野 誠(現名古屋大学大学院) 田中啓介 加藤 亙 田嶋一喜
 循環器内科 渡邉 諒
 総合内科 吉見祐輔
国立感染症研究所
 バイオセーフティ管理室 山本明彦
 細菌第二部 加藤はる 岩城正昭

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