国立感染症研究所

 

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保育施設で発生した腸管出血性大腸菌O157集団感染事例における分子疫学解析結果について(第2報)

(IASR Vol. 44 p149-150: 2023年9月号)
 

大阪市内A保育施設(施設A)において, 複数の園児および職員から腸管出血性大腸菌(EHEC)O157(VT1&2)が検出されるEHEC集団感染事例が発生した(本号16ページ参照)。本稿では, 当該事例で分離された菌株の分子疫学解析〔反復配列多型解析(MLVA)および全ゲノム配列解析(WGS)〕の結果を詳細に報告する。

解析方法

施設Aの園児および職員, ならびに陽性者の家族等(接触者)から分離されたEHEC O157: H7 26株を解析に供した。MLVAは, 腸管出血性大腸菌MLVAハンドブック(O157, O26, O111編)1)に準じて実施した。また, QIAseq FX DNA Library Kitを使用してライブラリを調製し, 次世代シーケンサーMiSeqを使用して分離菌株の全ゲノム配列を解読した。取得した全ゲノム配列データは, BWA2)を使用してO157 Sakai株ゲノムにマッピングした後に, VarScan3)を使用して一塩基変異(single nucleotide variant: SNV)を抽出した。ただし, プロファージ領域および組換え領域上に存在するSNVは解析から除外した。

MLVAの結果

MLVAの結果を図(A)に示した。26株中20株がMLVA型22m0017に型別され, 残りの6株中4株についても, 22m0017と1遺伝子座違いのMLVA型23m0002, 22m0547, 22m0546に型別された。残り2株は, 22m0017と3遺伝子座違いのMLVA型22m0568に型別された。この2株は, 発生状況および疫学情報から判断すると, 集団感染事例の一部であると推測されたが, MLVAの結果は菌株間の遺伝的関連性が低いことを示唆していた4)。22m0017に型別された菌株は, 2022年第47週~2023年第4週まで幅広い期間に分離されており, 施設AにおけるEHECの感染伝播を明らかにするためには, 分離株のより詳細な遺伝子型別が必要と考えられた。そこで本事例では, WGSによる高精度な遺伝子型別を試みた。

WGSの結果

WGSの結果を図(B)に示した。26株中3株(MLVA型22m0017の2株および23m0002の1株)については, 十分なデータ量を取得できなかったため, 解析から除外した。解析した23株は, 3つの大きなハプロタイプ(ア, イ, ウ)を含む8つの遺伝子型に型別され, 菌株間で検出されたSNV数は最大でも3SNVであった(MLVA型22m0568の2株を含む)。過去の研究結果を踏まえると, 今回のWGSの結果は, 解析した23株が単一の菌株に由来することを支持している5)

実地疫学調査結果から, 最も発症日が早く, 初発例と考えられた0歳児クラス園児およびその家族から分離された菌株は, 遺伝子型アに型別された。続いて発症した0歳児クラスおよび1歳児クラス園児からも同じ遺伝子型の菌株が検出されたことから, 遺伝子型アの菌株が初期の感染拡大に関与したと考えられた。

また, 実地疫学調査では, 0歳児および1歳児の両クラスにおいて, 12月以降, 持続的に有症者が発生していたことが明らかにされた。0歳児クラス園児およびその家族, あるいは0歳児クラス職員から分離された菌株の多くは, 遺伝子型イあるいは遺伝子型イから1つ塩基置換を獲得した遺伝子型に型別されており, 0歳児クラスにおいては, 遺伝子型イの菌株を中心として感染が拡大したと考えられた。園児とその家族から分離された菌株は, 互いに同じ遺伝子型, もしくは1塩基が異なる遺伝子型であった。一方で, 1歳児クラス園児から検出された菌株は, 遺伝子型アあるいはウに型別された。これは,0歳児クラスと1歳児クラスでは異なる遺伝子型の菌株が感染拡大に関与したことを示唆しており, 両クラスでそれぞれ感染伝播リスクが存在していたと考えられた。

2023年1月に分離された2株は, いずれも遺伝子型イに型別されたことから, 11~12月に発生した集団感染例の継続事例と考えられた。また, 同一園児から12月および1月に分離された菌株は, いずれも遺伝子型イに型別された。なお, 1月に判明したO157陽性者は, 0歳児クラス園児およびその職員であり, 0歳児クラス園児を中心に感染拡大した遺伝子型イの菌株が検出されたことに矛盾はない。

まとめ

MLVAは低コストかつ迅速で, 多検体処理が可能な遺伝子型別法であり, EHEC主要3血清群(O157, O26およびO111)の統一遺伝子検査法に定められている。一方, WGSは比較的高コストで解析に時間を要するものの, MLVAよりも高い分解能で菌株を型別できる。本事例では, 実地疫学調査結果にWGSによる高精度な遺伝子型別結果を組み合わせることで, 施設AにおけるEHEC感染拡大状況をより高い精度で把握することができた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)以外へのWGSの応用例はまだまだ限定的であるが, 実地疫学調査を支援する強力なツールになり得ると考えられた。

謝辞: 接触者検便等でEHEC分離にご協力いただきました, 大阪健康安全基盤研究所細菌課の皆様に感謝いたします。

 

参考文献
  1. 地研協議会 保健情報疫学部会 マニュアル作成ワーキンググループ編 2018年11月編
  2. Li H, et al., Bioinformatics 26: 589-595, 2010
  3. Koboldt DC, et al., Bioinformatics 25: 2283-2285, 2009
  4. 石原朋子ら, IASR 35: 129-130, 2014
  5. Lee K, et al., Appl Environ Microbiol 85: e00728-19, 2019
大阪健康安全基盤研究所細菌課    
 若林友騎 平井佑治 原田哲也 中村寛海 河合高生        
大阪健康安全基盤研究所健康危機管理課
 柿本健作 入谷展弘        
大阪市保健所            
 津田侑子 宇野伽那子 富原亜希子 田中さおり 齊藤武志
 中村訓子 國吉裕子 中山浩二        
大阪市健康局            
 兼田雅代 吉田英樹

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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