国立感染症研究所

(2018年08月27日 改訂)

ダニ媒介脳炎は、マダニ科に属する各種のマダニによって媒介されるフラビウイルス感染症である。ヒトは終末宿主でありダニ媒介脳炎ウイルスを持った成ダニ・若ダニの吸血によりウイルスに感染する。世界では年間1万から1万5千例の患者が発生していると推計されている。ダニ媒介脳炎ウイルスの主な自然宿主はげっ歯類とダニである。

病因・疫学

ダニ媒介脳炎は、日本脳炎と同じフラビウイルス科フラビウイルス属のウイルスであるダニ媒介脳炎ウイルスによってひきおこされる感染症である。ダニ媒介脳炎ウイルスはさらに極東亜型、シベリア亜型、ヨーロッパ亜型に分類される。ヨーロッパ亜型のウイルスは以前から中央ヨーロッパダニ媒介脳炎ウイルスとして知られ、中欧を中心にヨーロッパ諸国に分布している。シベリア亜型のウイルスはシベリア、バルト三国、フィンランド等に分布している。極東亜型のウイルスは古くからロシア春夏脳炎としてその流行が認識され、その流行域は日本、中国、極東ロシアおよびシベリアである。中国においては黒竜江省、吉林省、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区にて極東亜型のウイルスが分離されている。マダニは自然界の主な病原巣動物であるげっ歯類や燕雀類等のトリを吸血することによりウイルスを獲得する。ウイルスは経齢間伝達と経卵伝達によりマダニの間で維持されている。ダニ媒介脳炎ウイルスの感染環においては流行地域ごとに媒介マダニと病原巣動物の種類は異なっており、ダニ媒介脳炎ウイルスを媒介する主なダニはヨーロッパ亜型ではリシヌスマダニ(Ixodes Ricinus)、シベリア亜型および極東亜型ではシュルツェマダニ(Ixodes persulcatus)である。日本ではヤマトマダニ(Ixodes ovatus)、アカネズミ(Apodemus speciosus)、エゾヤチネズミ(Clethrionomys rufocanus)、囮動物のイヌから極東亜型のダニ媒介脳炎ウイルスが分離されている。

tick encephalitis f1

近年、ダニ媒介脳炎の患者数はヨーロッパおよびアジアのいずれの流行地域においても増加傾向にある。わが国においては1993年に初めて北海道渡島地方でダニ媒介脳炎の患者が報告され、2018年6月までに道南から道北にかけて計5例の患者が報告されており、ダニ媒介脳炎ウイルスの流行巣の存在が北海道において示されていることから、今後もその動向を注視する必要がある。また、ダニ媒介脳炎ウイルスはダニによる刺咬の他にヤギ乳の喫飲により腸管感染することが知られており、ヤギの生乳の喫飲は避けることが重要である。ヤギがダニ媒介脳炎ウイルスに感染すると乳腺で増殖したウイルスが乳汁中に移行する。ダニ媒介脳炎ウイルスで汚染されたヤギ乳を喫飲することによりダニ媒介脳炎ウイルスに経口感染した場合、潜伏期間は比較的短く3日から4日である。

臨床症状

ダニ媒介脳炎ウイルスに感染した場合70%~98%は症状を示さず、不顕性に経過する。ダニ媒介脳炎ウイルスに感染するとその潜伏期間は2日から28日であり、その多くは7日から14日である。ヨーロッパ亜型による感染では、発熱、頭痛、眼窩痛、全身の関節痛や筋肉痛などを呈し、髄膜脳炎を生じた場合、痙攣、眩暈、知覚異常などが出現する。発熱はときに二峰性を示す。第一期は、インフルエンザ様の発熱・頭痛・筋肉痛が1 週間程度(短い場合もある)続く。この第一期は約半数で認められない場合もある。解熱後2 〜3 日間は症状が消え、その後第二期には、痙攣・眩暈・知覚異常などの中枢神経系症状を呈する。致死率は1~2%であり、回復しても神経学的後遺症が10~20%にみられる。シベリア亜型に感染した場合、その致死率は6~8%である。極東亜型のウイルスに感染した場合、潜伏期間は7〜14 日であるが、ヨーロッパ亜型のような二相性の病状は呈さない。潜伏期の後に頭痛・発熱・悪心・嘔吐が見られ、極期には精神錯乱・昏睡・痙攣および麻痺 などの脳炎症状が出現することもある。致死率は20%以上に上り、生残者の30~40%に神経学的後遺症がみられる。

予防

予防法としては不活化ワクチンの接種がある。ヨーロッパではワクチンとして、Phizer社のFSME−IMMUN とGSK社のEncepur が使用可能であり、リスクのある者ヘの接種が行われている。ワクチンはヨーロッパ亜型、シベリア亜型、極東亜型のウイルスに対して有効である。ヒトがダニ媒介脳炎ウイルスに感染するリスクを減らす主な手段はダニの吸血を避けることである.森林地帯に入る場合は、ダニに刺されないようにすることが最大の予防策である。長袖・長ズボンを着用し、靴は足を完全に覆うものがよく、サンダルのようなものは履かない。また、ディート (DEET)や、ピカリジン(イカリジン)等を含む忌避剤を適切に使用することなどが重要である。忌避剤は露出した肌や衣服の上から全身に行き渡るように使用し、また過剰に使用する必要もない。野外から戻った場合はダニの刺咬を確認し、刺咬したダニを発見した場合は無理に取り除かずに速やかに医療機関で適切な処置を受ける。

感染症法における取り扱い

「ダニ媒介脳炎」は全数報告対象(4類感染症)であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出なければならない。
届出基準はこちら

 
(国立感染症研究所ウイルス第一部 林昌宏)

 

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version