奈良県におけるバロキサビル耐性変異インフルエンザウイルスのcommunity cluster
(IASR Vol. 45 p31-32: 2024年2月号)抗インフルエンザ薬バロキサビル マルボキシル(商品名ゾフルーザ, 以下バロキサビル)はキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害剤で, 2018年に日本国内で承認された。国立感染症研究所インフルエンザ・呼吸器系ウイルス研究センターと全国地方衛生研究所は共同で, 2017/18シーズンから国内におけるバロキサビル耐性ウイルスの発生動向を監視している。
2018/19および2019/20シーズンには, バロキサビルに対する感受性が低下したインフルエンザA(H1N1)pdm09およびA(H3N2)ウイルスのヒトからヒトへの感染伝播を検出した1-3)。感染伝播したウイルスは10歳未満の小児から分離され, 臨床試験でバロキサビル投与後の患者から検出されバロキサビル耐性変異として知られるPAタンパク質のE23KまたはI38T変異を有していた。これらのヒト-ヒト感染はいずれも散発例で, これまでバロキサビル耐性変異ウイルスのcommunity clusterは世界的にも確認されたことはなかった。
本研究では, 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下で, 3シーズンぶりにインフルエンザが再流行した2022/23シーズンに, 世界的にも初めてバロキサビル耐性変異ウイルスのcommunity clusterを奈良県において確認したので報告する4)。
2022/23シーズンには, 奈良県保健研究センターにおいて12株のA(H3N2)ウイルスが分離された。12株のうち, 2023年2~3月にかけて38℃以上の発熱で受診した30代, 50代, 60代の外来患者3名から分離された3株のウイルス(A/奈良/10/2023, A/奈良/12/2023, A/奈良/14/2023)は, PAタンパク質にE199G変異を有していた。PA E199G変異は, バロキサビルの臨床試験においてバロキサビル投与後に検出され, バロキサビル耐性変異として知られている。PA E199は高度に保存されており, PA E199G耐性変異ウイルスの出現頻度は低いことが知られているにもかかわらず, 本研究では12株の分離株中3株がPA E199G耐性変異ウイルスであった。PA E199G耐性変異ウイルスに感染した3名の患者間に疫学的関連はなく, 検体採取前にバロキサビルの投与を受けた患者もいなかった。また, 耐性変異ウイルス3株の全ゲノム配列はほぼ同一であり, 奈良県において同一由来の耐性変異ウイルスが感染伝播し, community clusterを引き起こしたと考えられる。
3株のPA E199G耐性変異ウイルスについて, バロキサビルおよび4種類のノイラミニダーゼ阻害剤(オセルタミビル, ペラミビル, ザナミビル, ラニナミビル)に対する感受性を調べた結果, バロキサビルに対する感受性が2022/23シーズンに分離された野生型ウイルスと比べて3.4-7.3倍低下していた。一方, 4種類のノイラミニダーゼ阻害剤に対しては感受性を示した。
バロキサビル耐性変異ウイルスは, バロキサビル投与から3~6日後に検出されることが報告されている2)。これまでに報告されたバロキサビル耐性変異のうち, PA I38耐性変異の出現頻度が最も高く, さらにバロキサビルに対する感受性の低下に最も大きな影響を与えることが知られている。また, 12歳未満の小児におけるPA I38耐性変異ウイルスの出現頻度は, 12~64歳の患者と比べて高い2,5,6)。しかしながら, 本研究では, 30~60代の患者でPA E199G耐性変異ウイルスのcommunity clusterが確認された。このうち2名は, インフルエンザの家族内発生で小児が先行して発症していたことが報告されているが, これらの小児の検体は入手できず, 解析できなかった。一方, 2023年1月末には, 本研究で2023年2~3月にかけて検出された3株のPA E199G耐性変異ウイルスとほぼ同一の全ゲノム配列を持ちながら耐性変異を持たないA/奈良/3/2023が, 検体採取と同日にバロキサビルを投与された10代の患者から分離された。この患者の通う学校ではインフルエンザの集団発生が報告されており, 集団発生のその他の検体は入手できなかったが, バロキサビル投与患者の体内でPA E199G耐性変異ウイルスが出現し, 小児の間で先行して流行していた可能性は否定できない。PA I38耐性変異ウイルスに感染した患者では, 体内でのウイルス力価の再上昇, ウイルス排出期間・罹病期間の延長が報告されているが6-10), PA E199G耐性変異ウイルスに感染した患者への影響は今後の検討が必要である。一般に, 耐性変異ウイルスは感受性ウイルスと比べて増殖・伝播能が低いと考えられているが, PA E199G耐性変異ウイルスは, 少なくとも成人でのcommunity clusterを引き起こすのに十分な増殖・伝播能を持つと考えられる。複数の耐性変異を有するウイルスは, 薬剤耐性のレベルが上昇し高度耐性を示すことが知られており, PA E199G耐性変異ウイルスの流行が拡大した場合, PA E199G耐性変異とPA I38耐性変異を二重に有する高度耐性ウイルスが出現するリスクが上昇する可能性がある。
日本国内では, COVID-19の流行下でインフルエンザの陽性例が著しく減少し, 2020/21および2021/22シーズンにはインフルエンザの流行はなかったが, 2022/23シーズンになって3シーズンぶりにインフルエンザの再流行があった。日本国内におけるバロキサビルの医療機関への供給量は, 2018/19シーズンの528万人分がピークで, インフルエンザの流行がなかった2020/21および2021/22シーズンにはそれぞれ9.7万人分および1.2万人分に激減した。一方, 2022/23シーズンには71.4万人分に増加した。2023/24シーズンもインフルエンザの流行が続いており, バロキサビル耐性変異ウイルスの感染拡大について継続的な監視が重要である。
参考文献
- Takashita E, et al., Euro Surveill 24: 1900170, 2019
- Takashita E, et al., Emerg Infect Dis 25: 2108-2111, 2019
- Takashita E, et al., Antiviral Res 180: 104828, 2020
- Takashita E, et al., Euro Surveill 28: 2300501, 2023
- Omoto S, et al., Sci Rep 8: 9633, 2018
- Hayden FG, et al., N Engl J Med 379: 913-23, 2018
- Hirotsu N, et al., Clin Infect Dis 71: 971-981, 2020
- Sato M, et al., J Infect Dis 222: 121-125, 2020
- Sato M, et al., J Infect Dis 224: 1735-1741, 2021
- Uehara T, et al., J Infect Dis 221: 346-355, 2020