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インフルエンザA型脳症発症後に, 予兆なく心肺停止し死亡した60歳男性

(IASR Vol. 40 p69-70: 2019年4月号)

インフルエンザ脳症は小児例が大多数を占めるが, 成人例も少なくない1,2)。今回我々はインフルエンザA型第5病日に, 比較的緩徐な意識変容が出現し, 急性脳炎あるいは脳症と考えられた60歳男性を経験した。第11病日に予兆なく心肺停止し蘇生するも, その後循環不全により死亡したため, 今シーズンの疫学情報と成人のインフルエンザ死亡リスクに関する文献的考察を含めて報告する。

症例:60歳男性

既往歴:大動脈弁置換術(5年前, 大動脈弁狭窄症)

予防接種歴:今期インフルエンザワクチン未接種

常用薬:ワーファリン, オルメサルタン, カルベジロール, ピタバスタチン, エゼチミブ, ベザフィブラート, フェブキソスタット, ロキソプロフェン, 酪酸菌

現病歴:当院入院7日前から発熱と鼻汁あり, 第3病日に前医でインフルエンザA型と診断されオセルタミビルを処方された。倦怠感のため体動困難で, 自宅では常時臥床していた。第5病日から妻との会話が噛み合わず幻覚を訴えるようになり, 第6病日前医に緊急入院した。インフルエンザ脳症疑い, 挫滅症候群による横紋筋融解症, 急性腎障害の診断で, 第7病日当院へ転院搬送された。

入院時身体所見:BMI 44kg/m2, 見当識障害あり(GCS13: E4V4M6), 体温38.5℃, 心拍数88bpm, 血圧141/86mmHg, SpO2 94%(室内気)。 瞳孔3mm/3mm, 対光反射両側とも迅速, 視線あわず追視なし, 髄膜刺激徴候なし。呼吸音は清, 心音は整で心雑音なし, 腹部は平坦軟で腸蠕動音異常なし。呼名応答可能で, 離握手の指示に従うが, 日時や場所は答えられず, 会話は噛み合わない。

入院時検査所見:血液検査:Alb 3.0g/dL, AST 263U /L, ALT 77U/L, LDH 859U/L, CK 17955U/L, CK-MB 4ng/dL, BUN 49.7mg/dL, Cr 1.59mg/dL, Na 147mEq/L, K 4.2mEq/L, Ca 8.5md/dL, Glu 138mg/dL, CRP 6.07mg/dL, WBC 7.58×103/μL, Hb 14.3g/dL, Plt 24.9×104/μL, D-dimer 陰性, NH3 117μg/dL, Lactate 10.6mg/dL, Pyruvate 0.8mg/dL

尿検査:pH 5.0, 比重 1.021, 蛋白 2+, 潜血 3+, 亜硝酸塩 ?, 白血球反応 1+。髄液検査:高度肥満のため施行できず。胸部X線:浸潤影なし, 心胸郭比55%。頭部CT:頭蓋内占拠性病変なし, 脳室拡大なし。脳波:左側優位の低振幅徐波, 突発波なし。

入院後経過:インフルエンザA型に対してのオセルタミビルは5日間内服していた。急性脳炎あるいは脳症, 尿路感染症と診断し, 原因微生物として単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルスも念頭におきアシクロビル500mg 8時間毎とセフトリアキソン2g 12時間毎を開始した。また横紋筋融解に対して大量補液を継続した。髄液検査と頭部造影MRIを計画したが, 高度肥満のため髄液は採取できず, また意識変容のため安静が保てずMRIも撮影できなかった。血液培養と尿培養からセフトリアキソン感受性の大腸菌を検出した。入院後は経時的にCK, Cr, CRPは改善したが, 意識状態に変化なく, 血液培養は陰性化したが, 発熱は持続した。呼吸循環は安定しており, ステロイドパルス療法は実施せずに経過をみていたが, 第11病日に低酸素が先行した徐脈から心停止に至った。速やかに心肺蘇生を行うも, 心拍再開まで30分以上を要した。蘇生後には自発呼吸が消失し, 頭部CT再検で脳ヘルニアはなかったが, 低酸素脳症を疑うびまん性脳浮腫を認めた。心肺停止前後の血液検査, 直後の全身造影CTや心電図, 心エコーでは心停止の原因は特定できなかった。低体温療法を開始したが, 神経学的な予後が期待できないため中止とし, 多臓器不全も進行し, 循環不全により第14病日に死亡した。病理解剖を実施したが, 肉眼所見では脳と脊髄全般に軟化を認めるも, その他有意な所見はなかった。病理解剖時に採取した脳脊髄液に対してFTD Neuro 9TM(理研ジェネシス)等を用いて網羅的遺伝子検査を実施したが, 単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルス, アデノウイルスおよびインフルエンザウイルスを含めすべて陰性だった。入院時の咽頭ぬぐい液からはインフルエンザウイルスA型の遺伝子増幅を認めたが, 鼻腔ぬぐい液からは検出されず, 亜型は特定できなかった。

考察:当院入院時は, 辺縁系脳炎を疑う臨床症状で, 脳波も脳炎脳症に矛盾しない所見だった。成人のインフルエンザ脳症は, 小児と比較して報告は少ないが1,2), 死亡例が多く3,4), 60歳以上で報告時死亡率は15%と高い5)。また, インフルエンザ流行期の高齢者の突然死で, インフルエンザが関与していた可能性のある症例も報告されている6)。小児の致死的な脳症では高率で脳幹部に所見を伴っていたこと報告されており7), 本症例は心肺停止に至る原因は特定されず, 呼吸停止が先行した可能性が高いことから, 脳幹脳炎の可能性はある。ただし, 心肺停止前に画像精査ができておらず, 心肺停止による低酸素脳症の影響で病理解剖からの原因特定は困難が予測される。

2009年のインフルエンザパンデミック(H1N1pdm2009)の死亡リスクとして肥満の関連性が報告されているが8), その後の検討で明らかなリスクとはされない報告もある9)。ただし, 50歳以上, 男性が死亡のリスク因子となると報告されていること10), 成人インフルエンザ脳症の文献レビューでワクチン未接種者がほとんどだったことから11), 特に通院処方を受けているような症例に対してはワクチン接種の推奨を検討することが望ましいと考える。

本症例ではインフルエンザA型が検出されたが, インフルエンザ脳症の届出数が多いと考えられる2018/19シーズンは12), 重篤な呼吸障害や脳ヘルニアがなくとも成人のインフルエンザ脳症への注意が特に必要である。インフルエンザ脳症をはじめとする急性脳症・脳炎においては, 本症のように予兆なく心肺停止に至ることがあり, 注意深いモニタリングの継続と急変対応可能な体制, また罹患した患者の家族への説明が必要である。

 

参考文献
  1. Morishima T, et al., Clin Infect 35: 512-517, 2002
  2. Gu Y, et al., PLoS One 8: e54786, 2013
  3. Kitano K, et al., Intern Med 55: 533-536, 2016
  4. 吉村 元ら, 臨床神経学 48: 713-720, 2008
  5. IASR 36: 212-213, 2015
  6. Lees CH, et al., Emerg Infect Dis 17: 1479-1483, 2011
  7. Okumura A, et al., Emerg Infect Dis 17: 1993-2000, 2011
  8. Louie JK, et al., Clin Infect Dis 52: 301-312, 2011
  9. Morales KF, et al., BMC Infect Dis 17: 642, 2017
  10. Shah NS, et al., Infect Control Hosp Epidemiol 36: 1251-1260, 2015
  11. Meijer WJ, et al., JMM Case Rep 3: e005076, 2016
  12. IDWR(注目すべき感染症, インフルエンザ)4, 2019
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flutoppage591-idsc/idwr-topic/8599-idwrc-1904.html

 

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