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バロキサビル未投与患者からのバロキサビル耐性PA E23K変異インフルエンザウイルスの検出

(IASR Vol. 41 p169-170: 2020年9月号)

キャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ, 以下バロキサビル)は, 日本, 米国をはじめ複数の国・地域でインフルエンザの治療薬として承認されている。バロキサビルの臨床試験では, バロキサビル投与後の患者から, バロキサビル感受性低下を引き起こす耐性変異(PA I38T/M/F)を持つインフルエンザウイルスが検出され, A(H3N2)亜型ウイルスに感染した6歳未満の小児では, バロキサビル耐性PA I38変異ウイルスの検出率は52.2%と報告されている1)。また, PA I38変異が検出された患者では, 感受性ウイルスが検出された患者と比べて, ウイルス排出期間の延長ならびにウイルス力価の再上昇が認められ, 罹病期間が延長することが報告されている2-5)

国立感染症研究所と全国地方衛生研究所は共同で, 2017/18シーズンからバロキサビルに対する耐性株サーベイランスを実施しており, 日本国内でのバロキサビル使用量が急増した2018/19シーズンには, A(H1N1)pdm09亜型で2.3%, A(H3N2)亜型で8.0%のPA I38変異ウイルスを検出した1,6)。2019/20シーズンには, 日本感染症学会の提言7)ならびに日本小児科学会の治療指針8)を受けてバロキサビルの使用量が減少したが, バロキサビル未投与患者から新たにPA E23K変異を持つA(H1N1)pdm09ウイルスを検出したので報告する9)

2019年12月に神奈川県で10歳の小児からPA E23K変異を持つA(H1N1)pdm09ウイルス(A/神奈川/AC1920/2019)が検出された。A/神奈川/AC1920/2019株は, バロキサビルに対する感受性が7.3-9.4倍低下していたが, ノイラミニダーゼ(NA)阻害薬オセルタミビル(タミフル), ペラミビル(ラピアクタ), ザナミビル(リレンザ)およびラニナミビル(イナビル)に対しては感受性を保持していた。世界保健機関(WHO)では, 2012/13シーズンから世界規模のNA阻害薬耐性株サーベイランスを実施しており, ウイルスの薬剤感受性に基づくNA阻害薬感受性低下株の判定基準が示されている10)。一方, バロキサビル耐性株サーベイランスは2017/18シーズンに開始されたばかりで, 感受性低下株の判定には暫定基準が用いられている。米国食品医薬品局(FDA)ではバロキサビル感受性の低下を2倍以上とし, 米国疾病予防管理センター(CDC)では3倍以上としているが, WHOでは暫定的に3倍以上としている。PA E23K変異を持つA/神奈川/AC1920/2019株は, バロキサビルに対する感受性が7.3-9.4倍低下しており, バロキサビル感受性低下株と判定される。

A/神奈川/AC1920/2019株が検出された患者は発症翌日に医療機関を受診し, 検体採取されるとともに, ラニナミビルの投与が開始された。ラニナミビル投与36時間後には解熱した。検体採取前には抗インフルエンザ薬の投与を受けておらず, バロキサビル未投与例であった。PA E23K変異は, バロキサビルの臨床試験においてバロキサビル投与後の患者から, A(H1N1)pdm09亜型で0.9%, A(H3N2)亜型で0.3%検出され, バロキサビル投与に起因する変異であると考えられている9)。したがって, A/神奈川/AC1920/2019株はバロキサビル投与患者からの感染伝播が示唆される。

日本国内のバロキサビル耐性株サーベイランスにおいて, バロキサビル耐性PA I38変異ウイルスのヒトからヒトへの感染伝播が示唆される事例は, 2018/19シーズンに5例報告されている11)。今回, バロキサビル耐性PA E23K変異ウイルスについても, ヒトからヒトへの感染伝播が示唆された。バロキサビル耐性変異ウイルスの発生動向の監視は, 極めて重要な公衆衛生上の課題であり, 国立感染症研究所と全国地方衛生研究所では引き続き, 国内外に向けて速やかに情報提供を行っていく。

 

参考文献
  1. Takashita E, Cold Spring Harb Perspect Med: pii=a038687, 2020
  2. Hayden FG, et al., N Engl J Med 379: 913-923, 2018
  3. Hirotsu N, et al., Clin Infect Dis: pii=ciz908, 2019
  4. Uehara T, et al., J Infect Dis 221: 346-355, 2020
  5. Sato M, et al., J Infect Dis 222: 121-125, 2020
  6. 抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランス
    http://www.nih.go.jp/niid/ja/influ-resist.html
  7. 日本感染症学会, 抗インフルエンザ薬の使用について
    http://www.kansensho.or.jp/uploads/files/guidelines/191024_teigen.pdf
  8. 日本小児科学会, 2019/2020シーズンのインフルエンザ治療指針
    http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/2019-2020_influenza_all.pdf
  9. Takashita E, et al., Antiviral Res 180: pii=104828, 2020
  10. Takashita E, et al., Antiviral Res 175: 104718, 2020
  11. 高下恵美ら, IASR 40: 197-199, 2019
 
 
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