国立感染症研究所

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<速報>今インフルエンザシーズンの初めに経験したA(H1)pdm09亜型ウイルスによる健康成人の重症インフルエンザ肺炎症例について―札幌

(掲載日 2013/12/24)

 

我々は、インフルエンザ流行期のごく初期である2013年11月中旬に、本邦ではここ2インフルエンザシーズンほど影を潜めていたA(H1)pdm09亜型ウイルスが原因と思われる健康成人の重症インフルエンザ症例を経験したので報告する。

症 例: 患者は39歳の女性で、HIVを含め免疫不全はなく、10年前に弁膜症の治療を受けているものの、日常生活上の健康問題はほとんどなかった。2013年11月上旬から37℃台の微熱を伴う乾性咳漱があり、同月16日、38.0℃の発熱と呼吸困難のために札幌のA病院を訪れた。当初咳喘息が疑われ入院し、19日胸部レントゲンとCT検査で両側の間質性肺炎像が認められ、鼻腔ぬぐい液を用いた迅速検査でA型インフルエンザ抗原が陽性となった患者である。その後低酸素血症が確認され急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の状態に陥り、ICUで挿管管理下に置かれた。

12月に入って喀痰からメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)が検出されたため、細菌性肺炎としての治療も開始されており、報告日(12月13日)現在、多臓器不全の傾向にある。

ウイルス学的検査成績と診断と抗ウイルス治療: 入院後9日目に採取された気管吸引喀痰と11日目に採取された咽頭ぬぐい液についてウイルス分離とLamp法によるウイルス遺伝子検出を行ったところ、前者からLamp法でA(H1)pdm09ウイルス遺伝子が検出された。また、11月20日と12月2日に採取されたペア血清について市販の抗原(デンカ生研)を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験を行ったところ、A/California/07/2009(H1N1pdm09)ウイルス抗原に対して急性期HI価1:10のところ、2週間後の血清で1:320と大きな上昇が認められた。一方、A/Texas/50/2012 (H3N2)、B/Massachusetts/2/2012(山形系統)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)に対してはすべて1:20 となり、A(H1)pdm09ウイルスによる感染があったことが血清学的にも支持された。なお本症例の診断上、先行する間質性肺炎・肺線維症などの基礎疾患は除外されていることから、同ウイルス感染による重症肺炎と診断される。

インフルエンザが強く疑われ始めた19日(発症3日後)から、ウイルスに対する特異的治療としてラピアクタ300mg/日、タミフル150mg/日がそれぞれ11月28、30日まで投与されたが、症状の改善には至らなかった。

考 察: 札幌地域では2013年11月4日採取の試料からA(H3) 亜型ウイルスが分離されているものの、その後は11月15日採取の試料からA(H1)pdm09亜型ウイルスが今シーズン初分離されているが1)、本症例はそれとほぼ同時期、流行のごく初期に出現した重症インフルエンザといえる。

本疾患の原因となったと思われるA(H1)pdm09亜型ウイルスは、2009~2010年にかけて大流行した。初期には健康成人にも多くの肺炎が報告されたが2)、その後二次感染による重症化も報告されている3)。本症例はこれらの報告を髣髴とさせるものであった。その後本邦では、同ウイルスはごく少数しか分離されていない4)。しかしながら、世界的にみると、一昨年あたりから分離ウイルスの中で大きな割合を占めるようになってきており5)、今後わが国でも再び警戒しておく必要があろう。その観点で、患者は職員が海外と行き来のある旅行関連の会社に勤務しており、今回の原因ウイルスが海外から持ち込まれた可能性もある。一方、同ウイルスがすでに水面下で地域流行していて感染した可能性も否定できない。

本症例はA病院にとって今シーズン最初のインフルエンザ症例であり、当初は喘息との判断で一般病棟に入院している。迅速検査で感染が疑われた後で隣のベッドの患者1名、病棟看護師数名がインフルエンザを発症し迅速診断陽性となり、一時病棟での感染拡大が疑われる事態となった。重症化した二次感染例は出ず無事収束したものの、ほとんど準備のできていない状態での突然のインフルエンザの出現は、医療現場に大きな動揺をもたらす出来事であり、日常的な感染対策の重要性が改めて認識させられた。

 

参考文献
1) 札幌市衛生研究所, 札幌市における主な感染症の発生動向、インフルエンザ第48週 
http://www.city.sapporo.jp/eiken/infect/trend/graph/l501.html
2) Chowell G, Bertozzi SM, Colchero MA, et al., Severe respiratory disease concurrent with the circulation of H1N1 influenza, N Eng J Med 361: 674-679, 2009
3) CDC, Bacterial coinfections in lung tissue specimens from fatal cases of 2009 pandemic influenza A (H1N1)-United States, May-August 2009, MMWR 58: 1071-1074, 2009
4) IASR 33: 285-294, 2012 
5) Influenza update, WHO,
http://www.who.int/influenza/surveillance_monitoring/updates/2013_12_09_surveillance_update_200.pdf

 

手稲渓仁会病院  
  武井健太郎 水戸陽貴 岸田直樹 芹澤良幹
国立病院機構仙台医療センター臨床研究部ウイルスセンター  
  伊藤洋子 大宮 卓 西村秀一

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