手足口病 2002 ~2011年
手足口病は、口腔粘膜および四肢末端に現れる水疱性の発疹を主症状とし、乳幼児を中心に夏季に流行する。手足口病患者からは、A群エンテロウイルス(Human enterovirus species A)に属するコクサッキーウイルスA16型(CVA16)とエンテロウイルス71型(EV71)が主に分離されてきた(IASR 19: 150-151, 1998 & 25: 224-225, 2004)。2011年には、感染症発生動向調査開始(1981年7月)以来最大の手足口病流行が起こり、今までヘルパンギーナの主要な原因ウイルスのひとつであったコクサッキーウイルスA6型(CVA6)が最も多く検出された。
本特集は最近10年間の手足口病患者発生状況とウイルス検出状況をまとめた。
患者発生状況とウイルス検出状況:感染症発生動向調査による2002~2011年の手足口病患者報告数の週別推移をみると(図1)、流行のピークは夏季であるが、秋から冬にかけても発生している。図2に2002~2011年の地方衛生研究所(地研)でのEV71、CVA16、CVA10、CVA6、の月別検出状況を示す。2002年以降では、2003年(年間報告数172,659、定点当り56.78)と2010年(同151,021、49.87)にEV71による比較的大きい手足口病流行がみられた後、2011年(同347,362、110.91)にCVA6およびCVA16による大規模な手足口病流行が発生した。1994年以降、EV71は3~4年周期で流行している(IASR 25: 224-225, 2004)。
2002~2011年の手足口病患者の年齢は(図3)、従来同様、5歳以下が約9割を占める状況が続いており、大きな変化はない。小児科定点からの報告を集計している本調査からは手足口病患者全体の中に占める成人の割合については、不明である。EV71、CVA16、CVA10、CVA6検出例の年齢分布をみると(図4)、7歳以下が大半を占める。2010年のEV71検出例では、無菌性髄膜炎の報告が0歳と3~5歳に多くみられた(61/880)。2011年のCVA6検出例では無菌性髄膜炎の報告は少なく(7/1,187)(IASR 32: 228-230, 2011)、CVA16検出例では無菌性髄膜炎の報告はなかった(0/528)。2011年のCVA6検出例では、強い手足口病症状を呈した成人例が報告されている(IASR 32: 231, 2011)。
都道府県別ウイルス検出状況を2010年のEV71、2011年のEV71、CVA16、CVA10、CVA6について図5に示した。2010年にEV71が検出された地域のほとんどで、2011年にはEV71は検出されなかった。多くの地域でCVA16、CVA10、CVA6のうち複数の型のウイルスの伝播が認められ(IASR 32: 232-233, 2011)、異なる型のウイルスにより手足口病に複数回罹患した症例が報告されている(本号5ページ)。
手足口病の合併症:1990年代後半以降、東アジア地域を中心として、多数の死亡例を伴う大規模な手足口病流行が断続的に発生している。最近では中国(2008~2010年、2010年は死亡例905例)やベトナム(2011年)で死亡例が報告されている(http://www.wpro.who.int/topics/hand_foot_mouth/en/")。重症例の多くは、EV71急性脳炎に伴う中枢神経合併症によるものと考えられている(IASR 30: 9-10, 2009)。そのため、台湾および中国を中心としたアジア諸国で、実用化を目指したEV71(手足口病)ワクチン開発が進められている(本号11ページ)。
日本では、多数の死亡例を伴う手足口病流行はこれまで発生していないが、死亡例を含むEV71感染重症例が、散発的に報告されている(IASR 19: 55, 1998)。また、2000~2002年におけるアンケート調査により、EV71による手足口病流行年(2000年)には、重症例が増加する傾向が示唆されている(Pediatr International 52: 203-207 2010)。諸外国と比較可能な症例定義(http://www.wpro.who.int/publications/PUB_9789290615255/en/を用いて、EV71が流行した2010年における手足口病関連合併症の全国調査が進められている(本号9ページ)。
CVA6は、従来、他のCVAとともに、ヘルパンギーナの主要な原因ウイルスであったが、2009年以降、手足口病からの検出が増加し、2011年には手足口病の主要な原因ウイルスとなった(図2)。CVA6による手足口病の症状は、従来の手足口病より水疱が大きく大腿部や臀部にも出現すると報告されている(IASR 32: 230-231, 2011)。また、手足口病回復後の爪甲脱落症が報告されており(本号5ページ&8ページ、Emerg Infect Dis 18: 337-339, 2012)、脱落した爪からもCVA6が検出された(IASR 32: 339-340, 2011)。CVA6による手足口病および爪甲脱落症は、2008年以降、欧州やアジア等で報告されており、近年欧州で検出されたCVA6株と2011年に日本で検出されたCVA6株は分子系統解析により近縁であることが示唆されている(本号6ページ)。手足口病および爪甲脱落症を含むCVA6の病原性の変化について、今後も留意する必要がある。
手足口病の実験室診断:手足口病の病原診断にはウイルス分離あるいは遺伝子検出および型同定が必須である(本号3ページ&4ページ)。発症期の咽頭ぬぐい液、あるいは、糞便が、実験室診断のための臨床検体として推奨されている。主要な原因ウイルスであるEV71およびCVA16は、RD-AやVero細胞等の培養細胞で分離可能であり、中和法や遺伝子解析による同定が行われている。CVAの一部は、培養細胞でよく増殖しないため(IASR 32: 196, 2011)、ウイルス分離に哺乳マウスが用いられてきた(IASR 32: 195-196, 2011)。2011年に検出されたCVA6は、CODEHOP VP1 RT-seminested PCR等(IASR 30: 12-13, 2009)により、検体から直接、遺伝子検出・同定されている例が多いが、RD-A等培養細胞や哺乳マウスによるウイルス分離も報告されている(本号3ページ、4ページ&5ページ)。流行株に応じた効率的な実験室診断のためにも、原因ウイルスの検出動向を把握する必要がある(本号7ページ)。
わが国では地研と国立感染症研究所のエンテロウイルスレファレンスセンターを中心に手足口病の病原体サーベイランスが実施されている。エンテロウイルス分離・同定を含む検査体制の維持強化が必要とされる。