(IASR Vol. 34 p. 157-158: 2013年6月号)
はじめに
2012年11月30日~12月17日にかけて、埼玉県外の2名を含む8名のレジオネラ症発生届があり、全員が埼玉県内の日帰り温泉施設を利用していた。埼玉県では、患者および施設の調査結果を踏まえ、当該施設がレジオネラ症集団感染の原因施設であると判断し、公衆浴場法に基づく営業停止命令を行った。
発生および行政検査の概要
11月30日、県外自治体から、埼玉県内の日帰り温泉施設を利用していたレジオネラ症患者の発生届が出された旨の通報があった。12月1日、保健所は当該施設の立ち入り調査、衛生管理に関する指導を実施し、18カ所の浴槽水を採取した。
12月5日、同じ施設を利用した2例目の患者が発生したため、当該施設は保健所の指導により、営業を休止した。
12月8日、18カ所の浴槽水のうち、3カ所からLegionella属菌が分離された。そのうち1カ所からLegionella pneumophila血清群(SG)1が検出され、菌量は 1.0×10 CFU/100 mLであった。
12月10日、1名の患者喀痰からL. pneumophila SG1が分離され、浴槽水から分離されたL. pneumophila SG1とともにパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)法を実施したが、パターンは一致しなかった。
12月18日、休業中の浴槽ふきとり等が12検体、および2名の患者の喀痰が搬入され、12月25日、浴槽ふきとり1検体と1名の患者の喀痰からL. pneumophila SG1が検出された。そこで、最初に実施したPFGE法において不一致であった、患者由来株および浴槽水由来株と合わせてPFGE法を実施した結果、12月10日および12月25日に分離された2名の患者由来株と、浴槽ふきとり由来株の泳動パターンが一致した(図1)。
このPFGE法の結果と、患者8名全員が限定された期間(11月19~29日)に当該施設を利用しており、他に共通利用施設がなかったことから、埼玉県は当該施設を原因施設と判断し、12月27日に公衆浴場法に基づき営業停止命令を行った。その後、営業者は営業を再開することなく、2013(平成25)年1月15日に公衆浴場の営業を廃止した。
なお、患者数は、行政処分後にレジオネラ症発生届があった県外の1例(11月16日に施設利用)を加えると合計9名となり、患者の年齢は50~80代で、男性6名、女性3名であった。
原因施設への指導
当該施設は、2004(平成16)年開業の、1日平均約800人が利用する日帰り天然温泉施設で、2浴室(甲、乙)を1週間単位で男女交互に使用し、浴室ごとに屋内6、露天6の合計24浴槽を有していた。使用水は、温泉水(ナトリウムム−塩化物泉pH 8.1)と井水で、温泉の消毒には銀イオン剤を用いていた。ジェット・ジャグジー等の気泡発生装置はなかったが、ミストサウナ(甲浴室のみ)と各露天浴槽の上部に霧吹き出しがあった。
調査により、当該施設の管理上の問題点が複数認められた。特に、貯湯槽内原湯の消毒を実施しておらず、その温度設定が52℃と低かった点、循環系統の配管消毒が患者発生前の11月中旬に最長で17日間滞っていた点、さらに、今回菌が検出された木製の浴槽については、壁が劣化して表面の凸凹が顕著であり、表面の清掃では取り除けないバイオフィルムが形成されるリスクが高かった点などが、レジオネラ属菌汚染につながった可能性が示唆された。
考 察
今回の事例では、甲浴室の1カ所の浴槽水、および同じ浴槽壁のふきとり検体からそれぞれL. pneumophila SG1が検出された。しかし、これらは互いに異なるPFGEパターンを示し、浴槽水ではなく浴槽壁のふきとり由来株が患者株と一致したことが、原因施設特定の重要な根拠となった。
本事例から、レジオネラ属菌は、環境中に広く生息するという認識を持ち、公衆浴場等での集団事例発生時には、感染源解明のための検査対象を浴槽水のみに限定せず、必要に応じて、浴槽壁や配管内などの環境由来検体の採取を試みることも有用であると思われた。
本事例では、このように同じ浴槽から検出されたL. pneumophila SG1の菌株で、PFGEの遺伝子パターンが異なっていたため、EWGLI (European Working Group for Legionella Infections, http://www.ewgli.org)の提唱する遺伝子型別(sequence based-typing: SBT)法を併せて行った。その結果、PFGEパターンが一致した3株については、7つの遺伝子領域の塩基配列の組み合わせが、いずれも(7, 6, 17, 15, 13, 9, 11)と決定された。この組み合わせはこれまで登録されていなかったため、SBTのデータベースに新たに申請し、ST1452として新規登録された。
一方、PFGEパターンが患者株と一致しなかった浴槽水由来株は、既知のST89で、遺伝子型が異なっており、PFGE法による解析を裏付ける結果であった。SBT 型別は、遺伝子型から分離株の生息環境をある程度推測できる1,2)という点ですぐれた疫学マーカーであり、感染源解明の手がかりとして今後PFGE法と併せて活用していきたい。
本事例のように、レジオネラ症の感染源の究明には、患者喀痰検体の確保による患者株の分離が不可欠であることから、医師から患者発生報告があった場合には、医療機関の協力を得て速やかに患者の喀痰検体を確保することが重要である。
参考文献
1)前川純子, 平成24年度生活衛生関係技術担当者研修会資料, 115-123
2) Amemura-Maekawa J, et al., Appl Environ Microbiol 78: 4263-4270, 2012
埼玉県衛生研究所
近 真理奈 山本徳栄 福島浩一 嶋田直美 倉園貴至 青木敦子
埼玉県狭山保健所
倉島美穂 川本 薫* 山崎恭子 岡田 浩 本多麻夫(*現鴻巣保健所)
埼玉県生活衛生課