ATP測定による入浴施設の衛生管理・レジオネラ汚染リスク評価
(IASR Vol. 34 p. 167-168: 2013年6月号)
レジオネラによる浴槽水等の汚染は、入浴施設の衛生管理において最も重要な課題の一つである。そこで、2007(平成19)~2009(平成21)年度に行った厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)「迅速・簡便な検査によるレジオネラ対策に係る公衆浴場等の衛生管理手法に関する研究」において、入浴施設におけるレジオネラ感染のリスクを低減するために、HACCPシステム導入の提言を行った。
HACCPシステムでは、モニタリングにより危害要因の把握が求められる。入浴施設においてレジオネラ属菌を危害要因とした場合は、レジオネラ汚染の把握は培養あるいは遺伝子検査による検出によらなければならない。これらの方法は検査に必要な器具・機器を設備した実験室において実施されるものであり、さらに結果を得るまでに時間を要するため、リアルタイムにレジオネラ汚染を把握することは困難である。そこで、入浴施設においてハンディタイプの測定器と測定キットを用いて測定したATP (アデノシン三リン酸)量をレジオネラ汚染の指標として使用することが可能かどうかの検討を行った。
調査は2008(平成20)年度の当該研究事業の一環として実施した。この調査には、宮城県保健環境センター、群馬県衛生環境研究所、神奈川県衛生研究所、横浜市衛生研究所、静岡県環境衛生科学研究所、富山県衛生研究所、岡山県環境保健センター、長崎県環境保健研究センターおよび大分県衛生環境研究センターの9機関が参加し、8県の154入浴施設を対象とした。各検体について、レジオネラ属菌数、従属栄養細菌数、一般細菌数、湯温、残留塩素濃度およびpHを常法により測定し、ATP量は測定キットと専用測定器により測定した。
356検体(浴槽水305検体、湯口51検体)を調査対象とし、59施設の107検体[浴槽水:85検体(27.9%)、湯口水:22検体(43.1%)]からレジオネラ属菌が検出され、菌数は5~72,000 CFU/100 mLであった。レジオネラ属菌は、Legionella pneumophila、L. dumoffiiおよびL. micdadei が検出され、L. pneumophilaの主な血清群(SG)はSG1(39検体)、SG6(31検体)、SG5(26検体)、SG4(20検体)およびSG3(18検体)であった。従属栄養細菌数と一般細菌数はそれぞれ検出限界以下(<10 CFU/mL)~95,000,000 CFU/100 mLおよび検出限界以下(<10 CFU/mL)~40,000,000 CFU/100 mLであった。237検体からは残留塩素が検出され、残留塩素濃度は0.05~1.36ppmであった。湯温、pHおよびATP量の範囲はそれぞれ10.0~51.7℃、 3.6~ 9.7、 0.1~ 3,263.3 RLU/0.1 mLであった。
浴槽水と湯口水に分けて、レジオネラ属菌の検出に対して従属栄養細菌数、一般細菌数、湯温、残留塩素濃度、pHおよびATP量について、単変量ロジスティック回帰分析で解析したところ、浴槽水では各測定項目は有意に関連していた。湯口水では、レジオネラ属菌の検出と従属栄養細菌数、一般細菌数およびpHの各測定項目に有意の関係が認められた。そこで、単変量ロジスティック回帰分析により有意となった測定項目について多変量ロジスティック回帰分析により解析したところ、浴槽水では従属栄養細菌数と残留塩素濃度を説明変数として選択したモデルが最も判別率(81.4%)が高かった。一方、湯口水では有意となるモデルは得られなかった。これらの結果から、浴槽水においてはレジオネラ属菌の検出は従属栄養細菌数と残留塩素濃度が強く関連しているが、湯口水においては測定項目のいずれもがレジオネラ属菌の検出とは関連性が低いという結果を得た。
以上の結果から、浴槽水においてレジオネラ属菌検出の有無は従属栄養細菌数と残留塩素濃度に関連しており、この両者を浴槽水の管理においてモニタリング項目とすることの有効性が示された。このうち残留塩素濃度は現場において即時に測定することが可能であるが、従属栄養細菌数は実験室において7日間培養する必要があり、モニタリング項目としては適当でない。そこで、従属栄養細菌数の代用としてATP量を説明変数とした単変量ロジスティック回帰分析の結果に注目すると、レジオネラ属菌検出とATP量は有意に関連しており、判別率は72.1%であった。これらの結果から、ATP値は浴槽水におけるレジオネラ増殖の指標として有効であることを示すことができた。さらに、単変量ロジスティック回帰分析に基づいてレジオネラ属菌の検出の判別はATP量=30 RLUを境にすることが妥当であると判断された。
浴槽内において増殖した細菌を捕食してアメーバが増殖し、さらにアメーバにおいてレジオネラ属菌が増殖するというレジオネラ属菌の生態を考察すると、レジオネラ属菌‐従属栄養細菌数-ATP値の関係が統計的に有意であるという結果を理解することができる。一方で、湯口水においては、レジオネラ属菌検出とATP量を含む調査における測定項目とは関連性が低いという結果であった。
ATP測定を入浴施設の衛生管理に利用する際には、以下の留意点を十分に考慮して使用する必要がある。
1.浴槽水におけるレジオネラ属菌の増殖の指標としてATP量を利用する場合、レジオネラ属菌の増殖をATP量により100%推測できるわけではないことを理解しておく必要がある。今回の調査ではATP量によるレジオネラ属菌検出の判定の一致率は72%であった。
2.レジオネラ属菌汚染の指標としてATP測定を行うのは、浴槽水に限られる。湯口水や配管あるいは貯湯槽内の湯ではATP量はレジオネラ属菌汚染の指標には使用できない。
入浴施設の衛生管理において浴槽水のATP測定のほかに、浴槽の壁面等のバイオフィルムの残存状況を把握し、洗浄の良否を判断するためにATP測定を利用することができる。このATP測定では、10cm四方をスワブで拭き取り、1,000 RLUを基準値としてレジオネラ属菌検出の指標とする。詳細については、「レジオネラ症防止指針 第3版」を参照していただきたい。
神奈川県衛生研究所
微生物部 黒木俊郎 渡辺祐子
地域調査部 寺西 大
宮城県保健環境センター微生物部 佐々木美江(現宮城県中南部下水道事務所)
群馬県衛生環境研究所保健科学部 藤田雅弘(現群馬県食肉衛生検査所細菌検査係)
横浜市衛生研究所検査研究課 荒井桂子
静岡県環境衛生科学研究所微生物部 杉山寛治(現株式会社マルマ 研究開発部)
富山県衛生研究所細菌部 磯部順子
岡山県環境保健センター細菌科 中嶋 洋
長崎県環境保健研究センター研究部 田栗利紹(現長崎県西彼保健所)
大分県衛生環境研究センター微生物担当 緒方喜久代
国立感染症研究所細菌第一部 倉 文明