国立感染症研究所

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小児移植医療における水痘ワクチンの重要性

(IASR Vol. 34 p. 289-290: 2013年10月号)

 

はじめに
水痘帯状疱疹ウイルスは、初感染で水痘、そして、再活性化によって帯状疱疹をきたす。健常児が罹患した場合、多くは、合併症なく、自然治癒するが、免疫抑制状態におかれた患者が感染すると重症化し、時に致命的になる。予防接種率が低く、毎年流行を繰り返す水痘は、わが国の小児の移植医療において、非常に重要な位置を占める疾患である。 

免疫抑制状態におかれた児の水痘感染症
健常児が水痘に感染した場合、発赤と水疱を伴う全身性の発疹、発熱などの症状が出現し、通常は、一過性の経過をとり、治癒するのが自然経過である1)。また、経過中に、一定の割合で、皮膚の2次感染、小脳失調、脳炎、無菌性髄膜炎、横断性脊髄炎などの神経学的合併症、Reye症候群(アスピリン服用時)、関節炎、腎炎、心筋炎などの合併症をきたすこともある。最も重要な疾患は、化学療法後の免疫抑制下や、移植後、HIV感染者、高用量のステロイド投与時などの細胞性免疫の低下した児が罹患すると、重症化することである1)。幾つかの臨床型が知られているが、発疹が長期にわたって出現したり、出血を呈する出血性水痘、内臓に発疹が出現する内向型水痘などがある。また、水痘の肺浸潤による肺炎も起こり、さらには、播種性血管内凝固症候群(DIC)の合併に伴い、急速に死亡することもある2)

小児病棟内での水痘患者発生時の対応
多くの国内の小児医療専門施設では、水痘患者の院内発症が起こり3)、多くの免疫抑制下にある児が入院している施設では、その対応に困難を極める。その理由は、水痘が空気感染する疾患であり、伝染性が極めて高いこと、また、免疫抑制下にある児に感染すると重症化するので、早急な予防のための対応が必要となることが挙げられる4)。さらには、水痘発症48時間前から、既に感染性があるとされているので、患者が発症した時に空間を共有していた児だけではなく、その48時間前までさかのぼって、患者と接触した児を接触者とみなさなくてはいけない。接触者には、まず、児の免疫の状態、そしてワクチン接種歴の確認を行う必要がある。児の免疫状態が正常で、ワクチン接種歴がない児に対しては、接触から72時間以内の緊急ワクチン接種を行う4)。免疫抑制下にある児の場合は、発症を抑制しなくてはいけないので、ワクチン接種歴にかかわらず、アシクロビルの投与や免疫グロブリンの静注を行う。発症を予防することが最大の課題であるので、筆者の前任地である国立成育医療研究センターでは、両者を接触直後から投与していた。また、病棟の管理においては、水痘の潜伏期は10~21日であり、感染性がある接触8日後から、発症する可能性のある児を陰圧個室で離、その患者数が多い場合は病棟閉鎖を行い、水痘に罹患しないことが確実な児のみが入院できることとして対応する。このようにその対応は、極めて複雑であり、患者が発症しないための入院前の確実なチェックシステムの確立、そして社会全体から疾患を少なくする努力が必要である3)

移植患者におけるワクチン接種の現状とその評価法の課題
移植患者において、生ワクチンである水痘ワクチン接種は原則禁忌であるが、元々免疫不全患者を対象にデザインされ、免疫能が回復すれば接種可能なワクチンとして5)、その安全性が確認されている6)。したって、移植患者にワクチン接種を行い、罹患、そして重症化を防ぐことが重要である。筆者の前任地では、肝移植患者に対する積極的なワクチン接種を実施しており、その免疫学的評価を前方視的に行っている7)。肝移植患者における水痘ワクチン接種は、1)肝移植後2年以降、2)全身状態が安定、3)免疫抑制剤が1剤、かつ低用量という条件を満たす患者に実施しているが、現在までのデータでは、この条件を満たすと、安全に実施されている。しかしながら、液性免疫の評価からは、抗体陽転率は60~70%と低く、2回接種の必要性が示唆された。また、水痘ワクチンで見られるワクチン失敗例は、ステロイド薬投与歴との強い関連があり、投与歴のある患者では、追加接種の必要性が示唆された。今後、より多くの検体の解析と、現在検索中のELISPOTを用いた細胞性免疫の評価を加え、さらなるデータの蓄積を行い、移植患者における水痘ワクチンをより安全に、より効果のある形で投与できるようにしたい。

集団免疫の重要性
ワクチン接種をした児が、その疾患から守られることはワクチンの直接効果であるが、ワクチン接種ができない児を、社会全体の接種率を上げて、疾患を社会から減らし、守ること、すなわちワクチンの間接効果、集団免疫が重要である8)。水痘は国内で開発されたワクチンであるが9)、依然、任意接種のワクチンであり、接種率は低く、社会に疾患が蔓延しており、毎年流行を繰り返している。接種率を上げるためには、接種費用を下げることが最も重要であり、定期接種のワクチンとしての導入が急務である。

結 論
水痘は、移植患者に対して非常に重要な疾患である。予防のためのワクチンは重要であるが、その経験は少なく、また、その効果を評価する方法も十分確立されていない。今後、有効かつ安全なワクチン接種ができるための基礎的データが必要である。同時に、ワクチン接種に制限のある免疫抑制患者を守る間接効果を得るためには、社会全体での接種率の上昇が必要であり、このワクチンの定期接種化が急務であり、これが最終的に移植患者を水痘から守ることにつながる。

 

参考文献
1) Heininger U, Seward JF, Lancet 368: 1365-1376, 2006
2) Feldman S, et al., Pediatrics 56: 388-397,  1975
3) 勝田友博, 他, 日本小児科学会雑誌 115(3): 647-  652, 2011
4) American Academy of Pediatrics, Committee on Infectious Diseases,  Report of the Committee on Infectious Diseases, In. Evanston, Ill.:  American Academy of Pediatrics; 2012
5) Kamiya H, Ito M, Curr Opin Pediatr 11: 3-8, 1999
6) Shinjoh M, et al., Vaccine 26: 6859-6863,  2008
7) 厚生労働科学研究費補助金「小児臓器移植前後におけるワクチン接種の安全性と有効性に関する研究」  研究代表者 齋藤昭彦
8) Plotkin SA, et al., Vaccines, 6th ed.: Saunders/Elsevier; 2012
9) Takahashi M, et al., Lancet 2: 1288-1290, 1974

 

厚生労働科学研究費補助金「小児臓器移植前後におけるワクチン接種の安全性と有効性に関する研究」  研究代表者・齋藤昭彦
新潟大学医歯学総合研究科 小児科学分野 齋藤昭彦

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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