(IASR Vol. 34 p. 293-294: 2013年10月号)
はじめに
水痘は、通常小児期に感染し一般に軽症で終生免疫を得ることが多い。しかし成人期の初感染は重症化しやすく、水痘肺炎などの内臓合併症を伴いやすく注意が必要である。既に免疫のある高齢者に水痘の再感染もみられる。また妊婦の初感染は児に先天性水痘症候群(CVS)を生じる可能性がある。これらの点について概説する。
1)成人の初感染
水痘は小児科の定点調査では95%が10歳以下で感染し、15歳以上は1%以下と頻度的に少ない。一方、兵庫県の皮膚科で行われた定点調査1)では約12%と報告されており、全体としては両者の中間程度と推測される。20代に最も多く、次いで30代で、以後は極めて少なくなる。島根県での調査2)からは、成人水痘の頻度は増加していると考えられる。成人期の初感染増加の原因として、依然として低い予防接種率、低年齢罹患の増加、兄弟数の減少、隔離の徹底、などが考えられている。
2)成人水痘の臨床像
成人水痘の頻度は水痘全体の中では少ないが、水痘患者は数が多い感染症なので決して稀ではなく、重症の頻度が高いので注意が必要な疾患である。小児の一般的な水痘と比較した健常成人の初感染水痘の臨床像の特徴として、1)高い熱を伴い倦怠感、重篤感が強い、2)皮膚粘膜症状が強い(多くの水疱を生じる)、3)合併症として肺炎など内臓病変が多い、などの特徴がある。成人水痘が小児より重篤化する機序としては、細胞性免疫が強いため感染細胞の障害が強いこと、成人の発熱性疾患の中では頻度的に稀で診断が遅れる場合があること、などが考えられる。診断は、罹患歴、患児への接触歴などの問診、発熱などの全身症状、特徴的な中心臍窩と周囲の紅暈を伴う水疱が全身に多発する皮膚粘膜症状から容易であるが、発疹が少ない段階では難しい場合もある。検査では水疱底の塗抹標本からの水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)抗原検出が確実である。血清学的にはVZV特異的IgMの陽性、あるいはVZV-CF、またはVZV-IgGのペア血清で診断できる。一般検査では白血球、血小板減少、LDH、ALTなどの上昇、CRPの軽度上昇がみられる。鑑別診断として、その他の発熱を伴うウイルス感染症、細菌性の膿痂疹、虫刺症などが挙げられる。抗ウイルス薬の全身(経口、または点滴)投与で治療する。
3)水痘肺炎
合併する内臓病変としては肺炎が多く、水痘肺炎と呼ばれる。水痘肺炎は小児では極めて稀であるが、成人では16~50%にみられ3)、男性、妊婦、喫煙が危険因子で、喫煙者の発症は非喫煙者の15倍とされている。病変は皮膚同様、血行性に全身に散布されるため、早期の胸部X線像で散布性の結節影、粒状影がみられ、CTでは2~5mmの小結節が両側びまん性にみられる。健常者の場合は一般に予後良好であるが、免疫不全者および妊婦の場合重篤化する場合がある。
4)その他の内臓病変
中枢神経合併症として成人でも水痘脳炎の報告がある。脳炎の合併は水痘の重症度にはよらない。肝・胆道・膵酵素上昇、横紋筋融解症などが合併することが知られる。
5)妊婦の水痘
妊娠中は異なる個体である胎児を宿すため、免疫学的に多くの寛容が生じるため、さまざまな感染症に罹患して、重篤になりやすい。水痘の初感染は、妊娠早期なら流産の危険性があり、中期以降は先天性水痘症候群(CVS)の危険性が生じる。妊娠後期の水痘肺炎は重症化することが知られている。これは子宮の増大による呼吸機能の低下も関与すると考えられている3)。
CVSは発達遅滞を伴う種々の神経障害、四肢の頭頸部や四肢躯幹の片側性の萎縮性瘢痕などの多発先天奇形で、水痘罹患妊婦から2%程度の頻度で出生する。出生時CVSでなかった児も、高頻度に生後6カ月前後に帯状疱疹を発症する(新生児帯状疱疹)。これは児が水痘に胎内感染して、VZVが児の脳脊髄神経節に潜伏感染していたものが再帰感染して帯状疱疹として発症する。母体からの移行抗体が児の血清中から消失し始める生後4カ月前後からみられる。CVSの一部はこの帯状疱疹が胎内で発症したと考えられる4)。
妊婦が周産期に水痘に初感染する状態は周産期水痘と呼ばれ、母体からの移行免疫がない新生児が水痘に罹患し重篤な状態となりやすい極めて危険な状態である。
妊婦の水痘の治療は抗ウイルス薬が用いられるが、アシクロビルをはじめとした抗ウイルス薬はDNA合成阻害薬であり、児の発育に影響することが懸念されていた。アシクロビルについては妊娠の第2、第3三半期での多数の使用例から先天奇形の増加がみられないことが報告されていた5)が、近年妊娠の第1三半期においても同様の結果が報告6)されていて、母体の重症化、胎児への感染をなるべく防ぐ目的でアシクロビルを使用する方が望ましいと考えられるようになっている。
6)水痘の再感染
終生免疫と考えられてきた水痘も、再感染があることが知られるようになってきた。再感染は健常者でも稀に生じるが、特に抗体価の低下、細胞性免疫の低下した高齢者において報告7)が散見されるようになってきた。中和抗体を既に持った個体への水痘の再感染は一般的に全身症状、皮疹ともに軽症で、診断が困難な場合があるが、高齢者においては初感染の水痘と同程度の症状を呈する例もみられる。
7)免疫不全者の水痘
免疫抑制状態の患者においては再感染も稀ではない。特に細胞性免疫が強く抑制されている患者の場合はその感染源が外因性か内因性(帯状疱疹)か不明な例もみられる8)。免疫不全者の場合は治癒が遷延するので抗ウイルス薬治療期間の延長が望ましい。
参考文献
1) 小野 公, 西日本皮膚科 56: 1018-1023, 1994
2)泉 信,島根医学 29: 17-24, 2009
3)水之江俊, 門田 淳, 呼吸 29: 59-62, 2010
4) Deguchi E, et al., J Dermatol 38: 622-624, 2011
5) Stone KM, et al., Clinical and Molecular Teratology 70: 201-207, 2004
6) Pasternak B, Hviid A, JAMA 304: 859-66, 2010
7)尾形 彰, 他.,西日本皮膚科 51: 701-705, 1989
8) Imafuku S, et al., J Dermatol 34: 387-389, 2007
福岡大学医学部皮膚科学 今福信一