国立感染症研究所

logo40

宮崎県の帯状疱疹の疫学(宮崎スタディ)

(IASR Vol. 34 p. 298-300: 2013年10月号)

 

はじめに
水痘帯状疱疹ウイルス(VZV)は水痘と帯状疱疹の病原体である。水痘に感染し、ウイルスは三叉神経節や脊髄後根神経節に潜伏感染する。そして、潜伏ウイルスが再活性化して、神経節から神経束を傷害し前駆痛を伴い下行して、片側性のデルマトーム(皮膚分節知覚帯)に帯状疱疹を生じる。帯状疱疹の最大の合併症は痛みであり、前駆痛から始まり、皮疹の回復後も長期に続く帯状疱疹後神経痛(PHN)である。帯状疱疹の疫学はHope-SimpsonのCirencester住民の15年にわたる調査1)に始まり、それ以降、多くの調査が行われてきた2-10)。わが国でも、病院等の帯状疱疹患者の集計や1万人以上の患者を補足した兵庫県皮膚科サーベイランス11)等の多くの調査がある。本稿で紹介する宮崎県の帯状疱疹の調査12,13)は、現在も進行中の世界で最大規模の帯状疱疹の疫学調査であり、これまでの帯状疱疹の疫学に比べ多くのことが明らかになってきている。本稿では、1997~2011年までの集計結果を紹介する13)

対象と調査方法
1997~2011年の15年間にわたり、宮崎県皮膚科医会に属する皮膚科診療所39施設と総合病院の皮膚科7施設を受診した帯状疱疹患者の性別・年齢を月ごとにまとめた。対象患者は、帯状疱疹の初診患者のみで、PHN患者は除外した。また、疑診例(蛍光抗体法等で確認できない症例)や他の宮崎県皮膚科医会所属の医療機関受診の重複患者も除外した12,13)

宮崎県の人口と帯状疱疹患者数
1997~2011年までの帯状疱疹の患者総数は75,789人(5,052.6人/年)であった。最年少は3カ月の女児で、最高齢は103歳の女性であった。男性患者は31,565人、女性患者は44,224人であった。表1に示したが、この15年間で宮崎県の人口は117万6千人から113万1千人と約4 万5千人(3.8%)減少しているが、帯状疱疹患者数は毎年増加しており、1997年の4,243人から2011年は5,654人と、15年間で33.3%増加している。また発症率も、1997年の3.61/1,000人年から2011年は5.00/1,000人年となり、38.5%増加していた。15年間の平均発症率は4.38/千人年であった。

帯状疱疹の年齢別発症率
1997~2011年の男女別・年齢別の「人口」「帯状疱疹患者数」「帯状疱疹発症率」を図1に示した。人口の男女比に比べ、帯状疱疹患者数では、女性が有意に多いことが分かる(P<0.001)。帯状疱疹発症率は、小児期でも認められるが、10代で小ピークを形成するが、20、30代でやや下がる。これは、水痘に感染して、水痘に対する免疫が落ちて、10代で帯状疱疹の頻度が上がるが、20、30代では子育て世代が水痘患者と接触し、水痘に対する免疫賦活が起こり、帯状疱疹頻度を若干下げているとみられる。このような微妙な変化は、年間5,000人近い患者数の捕捉によって、初めて明確になる。そして、男女ともに、50代からは帯状疱疹発症率は上昇して70代にピークを形成する。このように、帯状疱疹発症率が50歳以上で上昇することとPHNの発症率が高くなることから、欧米では帯状疱疹ワクチンの対象となっている14)

帯状疱疹の増加の年次別推移
帯状疱疹の発症率の1997~ 2011年の変化を図2に示した。帯状疱疹発症率を50歳以上と50歳未満で比較すると、50歳未満の発症率は約1.19倍で、全体や50歳以上に比べ、増加は分かりにくいが、50歳以上の男性、全体、女性は、それぞれ1.29、1.28、1.26倍と増加し、全体としては、28%の発症率の増加となっている。50歳以上の帯状疱疹発症率の上昇の背景因子は不明であり、水痘や高齢化では説明できない。

帯状疱疹の季節的な変動は、宮崎県のような大規模調査で初めて明らかになる特徴で、水痘の季節性流行ほど明確ではないが、鏡像関係にあり12,15)、帯状疱疹は冬に減少し、夏に1.22倍増加する。水痘と帯状疱疹の発症頻度は鏡像関係にあるが、その因果関係は仮説の段階であり、今後の解析が待たれる。

おわりに
宮崎県の帯状疱疹の15年にわたる大規模疫学調査で、多くの情報が集積されてきている。この調査から、わが国では1年間に約60万人に帯状疱疹の発症があること、80歳までに3人に1人が帯状疱疹を経験することが推定される。図2に示したように、帯状疱疹の増加は、50歳以上の増加がその主因子であることが分かる。帯状疱疹は50歳以上では、帯状疱疹の皮疹だけでなく、帯状疱疹の前駆痛からPHNに至る痛みにより、生活の質(QOL)が著しく低下する。帯状疱疹が増加している50歳以上に対して、主要先進国では、帯状疱疹を半減し、PHNを3分の1に減少させる「帯状疱疹予防ワクチン」14)の使用が推奨されている。わが国で開発された水痘ワクチンが帯状疱疹予防に適応可能となり、帯状疱疹の増加に歯止めをかけることが期待される。

 

参考文献
1) Hope-Simpson RE, Proc R Soc Med 58:9-20, 1965
2) Donahue JG, et al., Arch Intern Med 155: 1605-1609, 1995
3) Gauthier A, et al., Epidemiol Infect 137: 38-47, 2009
4) Ragozzino MW, et al., Medicine (Baltimore) 61: 310-316, 1982
5) Chapman RS, et al., Vaccine 21: 2541-2547, 2003
6) Schmader K, et al., J Am Geriatr Soc 46:973-977, 1998
7) di Luzio Paparatti U, et al., J Infect 38: 116-  120, 1999
8) Lin F, Hadler JL, J Infect Dis 181: 1897-1905, 2000
9) Nagasako EM, et al., J Med Virol 70 Suppl 1: S20-23, 2003
10)Asada H, et al., J Dermatol Sci 69: 243-249, 2013
11)小野公義, 西日本皮膚科56: 763-768, 1994
12)Toyama N, Shiraki K, J Med Virol 81: 2053-2058, 2009
13)外山 望, 日本臨床皮膚科学会誌29: 799-804, 2012
14)Oxman MN, et al., N Engl J Med 352: 2271-2284, 2005
15)Thomas SL, et al., Lancet 360: 678-682, 2002

 

宮崎県皮膚科医会 外山 望
富山大学医学部ウイルス学 白木公康

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version