国立感染症研究所

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2012/13シーズンのインフルエンザ分離株の解析

(IASR Vol. 34 p. 328-334: 2013年11月号)

 

1.流行の概要
2012/13インフルエンザシーズンは、国内ではA(H3N2)ウイルスが流行の主流であり、A(H1N1)pdm09の流行は小規模であった。A(H3N2)の報告数は2013年第4週をピークに減少し、第12週以降はB型の報告数がA型の報告数を上回った。海外においてはヨーロッパとアルジェリアでA(H1N1)pdm09の大きな流行があった。

2013年10月2日時点の総分離・検出報告数6,540株における型/亜型比は、A/H1pdm09が2%(152株)、A/H3が76%(4,973株)、B型が21%(1,406株)であった。B型はB/Yamagata(山形)/16/1988に代表される山形系統とB/Victoria/2/1987に代表されるVictoria系統の混合流行で、その割合は7:3であった。海外においても山形系統の割合が多い傾向がみられたが、中国とオーストラリアではVictoria系統の割合が多かった。

2.各亜型の流行株の抗原性解析
2012/13シーズンに全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、各地研において、国立感染症研究所(感染研)から配布された孵化鶏卵(卵)分離のワクチン株で作製された同定用キット〔A/California/7/2009 (H1N1)pdm09、A/Victoria/361/2011 (H3N2)、B/Wisconsin/01/2010(山形系統)、B/Brisbane/60/2008(Victoria系統)〕を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験によって、型・亜型・系統同定が行われた。感染研では、感染症サーベイランスシステム(NESID)経由で情報を収集し、地研で分離・同定されたウイルス株総数の約10%を無作為に選択し、分与を受けた。地研から分与された株についてフェレット感染血清を用いたHI試験により抗原性解析を実施した。

2-1)卵分離培養によるウイルスの抗原性の変化について
国内外の多くのサーベイランス実施機関では、流行株の分離にイヌ腎上皮細胞由来のMDCK細胞を用いている。MDCK細胞分離株はヒト由来ウイルスの抗原性をよく反映すると考えられており、流行株の抗原性解析にはMDCK細胞分離株が適しているためである。一方、ワクチンの製造には卵分離株を用いることになっており、ワクチンを製造するためには、MDCK細胞分離株と同じ臨床検体から改めて卵分離株を準備する必要がある。また、実際のワクチン製造株は卵での継代を繰り返すことで、卵における高い増殖性を獲得することが不可欠である。近年A(H3N2)およびB型ウイルスにおいて、卵で分離、継代すると抗原部位や糖鎖付加部位にアミノ酸置換が起こり、MDCK細胞分離株とは抗原性が顕著に異なる傾向がみられている(IASR 33: 297-300, 2012参照)。したがって、卵分離株に対するフェレット感染血清を用いたHI試験では、MDCK細胞で分離された流行株を誤って抗原変異株と判定する可能性がある。そこで、流行株の抗原性をより正確に評価するために、感染研ではMDCK細胞分離株に対するフェレット感染血清を用いてHI試験の大半を実施した。

2-2) A(H1N1)pdm09ウイルス
抗原性解析:6種類のフェレット感染血清を用いて、国内で分離された83株について抗原性解析を行った。その結果、解析した分離株の91%はワクチン株A/California/7/2009に抗原性が類似していたが、残りの9%はA/California/7/2009の抗血清に対してHI価が8倍以上低下した抗原変異株であった。海外株については、中国、台湾、モンゴル、ラオス、ベトナムで分離された11株の抗原性解析を行った結果、10株がワクチン株A/California/7/2009類似株であった。

遺伝子系統樹解析:国内外の分離株は遺伝子系統樹上で8つのクレードに区分された(図1)。国内分離株はクレード6または7に属しており、流行の主流はクレード6であった。これら8クレードに属する株には抗原性の違いはなく、すべてワクチン株A/California/7/2009類似株であった。HI価で8倍以上の違いがある抗原変異株(HAタンパク質の抗原領域Saの153-157番目にアミノ酸置換を有する株)はクレード6および7内に分散しており、特定の集団形成は認められなかった。また、一部の抗原変異株については臨床検体中に存在するウイルスの遺伝子解析を行ったが、上記153-157番のアミノ酸置換は検出されなかった。したがって、これらのアミノ酸置換はMDCK細胞でのウイルス分離過程において出現し、選択されたと考えられる。国内分離株からはNAタンパク質に薬剤耐性マーカーのアミノ酸置換H275Yを有する株が2株検出されたが、遺伝子系統樹内での拡散および特定の集団形成は認められなかった。

2-3)A(H3N2)ウイルス
抗原性解析:国内および海外(中国、台湾、モンゴル、ラオス、ネパール、ベトナム)で分離された236株について、MDCK細胞分離A/Victoria/361/2011株およびその類似株に対する7~8種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を行った。その結果、解析した分離株の約99%がワクチン株A/Victoria/361/2011類似株であり、HI価が8倍以上低下した抗原変異株は1%しか認められなかった。

遺伝子系統樹解析:国内分離株はすべて、クレード3C(アミノ酸置換:S45N、T48I、代表株: A/Victoria/361/2011、A/Texas/50/2012)内の、N145Sアミノ酸置換を持つサブクレード〔代表株:A/Sapporo(札幌)/125/2012〕に属した(図2)。一部の株はN145Sサブクレード内でさらに、R142G、T128Aを持つ集団〔代表株:A/Yamaguchi(山口)/30/2012〕を形成した。これらクレード3Cに属する株は、遺伝子系統樹上では明確に区別されるが、抗原性に差は認められなかった。また、抗原変異株は散発的に検出されたが、遺伝子系統樹内での特定の集団形成は認められなかった。

2-4)B型ウイルス
抗原性解析:国内および海外(中国、台湾、ラオス、ネパール、ベトナム)から収集した分離株のうち、Victoria系統の95株については4種類のフェレット感染血清を用いて、山形系統の120株については7~8種類のフェレット感染血清を用いて抗原性解析を実施した。その結果、山形系統解析株の96%は、2012/13シーズンに採用されたワクチン株B/Wisconsin/01/2010に抗原性が類似していた。Victoria系統解析株の99%は、2011/12シーズンのワクチン株B/Brisbane/60/2008に抗原性が類似しており、この傾向は昨シーズン(2011/12シーズン)から変わらなかった。

遺伝子系統樹解析:山形系統では、国内外分離株はHAタンパク質にP108A、S229Gアミノ酸置換を持つクレード2〔代表株:B/Sendai(仙台)-H/114/2007、B/Kanagawa(神奈川)/37/2011、B/Massachusetts/02/2012〕が流行の主流であった(図3)。一部の株は、S150I、N165Y、S229Dアミノ酸置換を持つクレード3〔代表株:B/Bangladesh/3333/2007、B/Wisconsin/01/2010、B/Sakai(堺)/36/2011〕に属した。クレード2および3は遺伝子系統樹上では明確に区別されるが、抗原性には差は認められなかった。

Victoria系統では、国内外分離株はすべて、HAタンパク質にN75L、S172Pアミノ酸置換を持つクレード1に属した(図4)。クレード1は、B/Brisbane/60/2008、B/Sakai(堺)/43/2008を代表とするサブクレード1Aと、L58Pアミノ酸置換を持つサブクレード1B〔代表株:A/Shizuoka(静岡)/57/2011〕に区分されるが、今シーズンの分離株はすべてサブクレード1Aに属した。

3.抗インフルエンザ薬耐性株の検出と性状
日本国内ではインフルエンザの治療には、主にオセルタミビル(商品名タミフル)、ザナミビル(商品名リレンザ)、ペラミビル(商品名ラピアクタ)、ラニナミビル(商品名イナビル)の4種類のノイラミニダーゼ(NA)阻害剤が使用されている。日本は世界最大の抗インフルエンザ薬使用国であることから、薬剤耐性株の検出状況を継続的に監視し、国や地方自治体、医療機関およびWHOに対して迅速に情報提供することは公衆衛生上非常に重要である。そこで感染研では全国の地研と共同で、抗インフルエンザ薬耐性株サーベイランスを実施している。

A(H1N1)pdm09ウイルスについては、地研においてリアルタイムPCRによりNAタンパク質の薬剤耐性マーカーH275Yの検出を行い、感染研において上記4薬剤に対する感受性試験を実施した。A(H3N2)ウイルスおよびB型ウイルスについては、地研から感染研に分与された全分離株について4薬剤に対する感受性試験を行った。

3-1)A(H1N1)pdm09ウイルス
2012/13シーズンは、国内で報告された153例のうち103株について解析を行った。その結果、2株(1.9%)がH275Y耐性変異をもち、オセルタミビルおよびペラミビルに対して耐性を示した。A(H1N1)pdm09の流行がほとんどみられず解析株数がわずか11株であった2011/12シーズンにはH275Y耐性変異株は検出されなかったが、3,844株の解析を行った2010/11シーズンのH275Y耐性変異株検出率は2.0%であり、2012/13シーズンと同等であった。一方、ザナミビルおよびラニナミビルに対する耐性株は検出されなかった。また、海外(ラオス、モンゴル、ネパール、台湾、ベトナム)で分離された24株について解析を行った結果、すべての解析株は4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。

国内外で分離されているA(H1N1)pdm09ウイルスは、M2阻害剤アマンタジン(商品名シンメトレル)に対して耐性を示すことが報告されており、M2遺伝子解析を行った国内43株および海外(中国、モンゴル、ラオス、台湾)9株のすべてがアマンタジン耐性変異(S31N)をもっていた。

3-2)A(H3N2)ウイルス
国内で分離された208株および海外(ラオス、モンゴル、台湾、ベトナム)で分離された20株について解析を行った結果、すべての解析株は4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。また、M2遺伝子解析を行った国内96株および海外(中国、モンゴル、ラオス、台湾)28株のすべてがアマンタジン耐性変異(S31N)をもっていた。

3-3)B型ウイルス
国内で分離された330株および海外(ラオス、ネパール、台湾、ベトナム)で分離された42株について解析を行った結果、すべての解析株は4薬剤に対して感受性を示し、耐性株は検出されなかった。

4.2012/13シーズンのワクチン株と流行株との一致性の評価
インフルエンザ株サーベイランスはWHO 世界インフルエンザ監視・対応システム(Global Influenza Surveillance and Response System:GISRS)によって、地球規模で実施されるように改善され、流行予測の精度は過去に比べて飛躍的に向上している。しかし、卵を用いる現行のワクチン製造には約6カ月間を要するため、流行予測とワクチン株の選定を前シーズンのインフルエンザ流行終息前に行わざるを得ず、結果的にワクチン株と流行株の抗原性が一致しない場合もある。このような背景を踏まえて、2012/13シーズンのワクチン株(卵またはMDCK細胞分離株)およびワクチン製造株(卵高増殖性株)と実際の流行株との抗原性の一致状況について、シーズン終了後の総合成績に基づき遡って評価した。

わが国における2012/13シーズン用のインフルエンザワクチン株は、感染研における「インフルエンザワクチン株選定のための検討会議」での検討により、A/California/7/2009 (H1N1)pdm09、A/Victoria/361/2011 (H3N2)、B/Wisconsin/01/2010(山形系統)が選定され、厚生労働省健康局長に報告された(IASR 33: 297-300, 2012参照)。その後、2012年5月21日付けで決定され、通知された(IASR 33: 161, 2012)。

A(H1N1)pdm09ウイルス:国内における流行は小規模であったが、国内外で分離された流行株の多くは、ワクチン株A/California/7/2009 (H1N1)pdm09(卵分離株)およびワクチン製造株A/California/7/2009 (H1N1)pdm09 (X-179A) (卵高増殖性株)と抗原性が一致していた。

A(H3N2)ウイルス:2012/13シーズン中最も多く報告され、総分離・検出報告数の76%を占めた。解析した流行株のほとんどが、ワクチン株A/Victoria/361/2011(細胞分離株)と抗原性が一致していた。しかし、ワクチン製造用のA/Victoria/361/2011 (IVR-165)(卵高増殖性株)は、卵での高い増殖性を獲得する過程で、HAタンパク質の156番目(R→Q)と219番目(S→Y)のアミノ酸置換が起こり、抗原性が流行株から大きく変化した。この抗原性の変化がH3ワクチンの効果を減弱する可能性が示唆された。

B型ウイルス:B型ウイルスは総分離・検出報告数の21%を占め、山形系統とVictoria系統の割合は7:3であった。2012/13シーズンのB型ワクチン株は山形系統から選定された。山形系統の流行株のほとんどはワクチン株B/Wisconsin/01/2010(細胞分離株)およびワクチン製造株B/Wisconsin/01/2010 (BX-41A)(卵高増殖性株)に抗原性が類似していた。

本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国76地研との共同研究として行われた。また、ワクチン株選定にあたっては、ワクチン接種前後のヒト血清中の抗体と流行株との反応性の評価のために、新潟大学大学院医歯学総合研究科国際保健学分野・齋藤玲子教授の協力を得た。海外からの情報はWHOインフルエンザ協力センター(米CDC、英国立医学研究所、豪WHO協力センター、中国CDC)から提供された。本稿に掲載した成績は全解析成績の中から抜粋したものであり、その他の成績はNESIDの病原体検出情報システムにより毎週地研に還元されている。また、本稿は上記研究事業の遂行にあたり、地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく情報還元である。

 

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