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日本のHAART時代におけるHIV感染合併ジアルジア症・クリプトスポリジウム症

(IASR Vol. 35 p. 192-194: 2014年8月号)

HIV感染者における腸管寄生性原虫症の位置づけ
ジアルジア症とクリプトスポリジウム症は、糞口感染により伝播する腸管寄生性原虫症(以下原虫症と略)であり、赤痢アメーバ症と並んで国内での診断頻度の高い原虫症である。水や食べ物が糞便により汚染されている発展途上国では、季節を問わず流行がみられる。また、クリプトスポリジウム症に関していえば、日本でも、飲料水やプール水からのアウトブレイクがたびたび報告されている1, 2)。これらの感染様式は、地域は違えど、シスト・オーシストに汚染された環境を介して感染が伝播する点で類似している。一方、近年HIV感染者などで問題となっているのが、性感染症としての流行である。原虫症の代表である赤痢アメーバの報告では、男性同性愛者(men who have sex with men; MSMと略)や性風俗で勤務する人々(commercial sex worker; CSWと略)に症例が急増していることが報告されている3)。上記原虫症の流行は、環境を介さず、ヒト-ヒトで感染が成立する特徴があり、肛門と口唇が直接接触するような性行為(oral-anal sexual contact)がリスクとされている4)。性感染としてHIV感染者が増加する日本では、HIV感染者が原虫症に罹患するリスクが高く、HIV診療を行う上で原虫症は重要な下痢の原因疾患である。これらの感染症を疑う際に重要な問診は、oral-anal sexual contact がなかったかを聞くことである。また、クリプトスポリジウム下痢症はHIV感染者で重症化することからAIDS指標疾患の1つであり、1996年以前の強力な抗HIV療法(highly active anti-retroviral therapy; HAARTと略)が導入される前はHIV感染者の主要な死因の1つとなっていた5)。HAART導入後は、HIV感染者におけるクリプトスポリジウム症の予後は劇的に改善していることが知られているが、日本におけるHAART時代のジアルジア症とクリプトスポリジウム症の実態は明らかになっていない。

HAART時代のジアルジア症、クリプトスポリジウム症
当院での経験と診断上の問題点:に、過去10年間の当科(エイズ治療研究開発センター)におけるジアルジア症、クリプトスポリジウム症確定診断症例数を載せた。日本人HIV感染者かつ国内での感染が疑われた症例だけを提示している。全例が同性間性的接触のある男性であった。当施設では、同じ原虫感染症である赤痢アメーバ症は年間10例以上(多い年では年間25例)経験しているのと比較すると、どちらの原虫も診断数は非常に少ない。2012年以前は、いずれの原虫症も年間5例以下であり、診断された季節もバラバラで、性感染症による感染でのアウトブレイクは今までに経験していない。当院では、試験的に2013年から、イムノクロマト法(IC法と略)による検査を検鏡検査と平行して行ってみたところ、ジアルジア症の診断件数の増加はなかったが、クリプトスポリジウム症は年間8件と急増していた。短期間(月単位)に症例数が集積するようなアウトブレイクを経験した訳ではなかったことから、IC法導入により診断感度が高まったことが診断件数増加を引き起こしたと考えているが、今後3年程度IC法を継続して症例数の推移を見ていく予定である。また、IC法導入前にクリプトスポリジウム症と診断された症例を解析してみたところ、11件のうち約半数の5件は、(原虫検査には不向きな)明視野光学顕微鏡による検鏡検査で原虫が同定されず、それでも臨床的にクリプトスポリジウム症が強く疑われたために、国立感染症研究所寄生動物部においてIC法や蛍光抗体を用いた高感度な特殊顕微鏡検査を実施した結果、クリプトスポリジウムが同定された症例であった。つまり、多くの症例が明視野光学顕微鏡検査では偽陰性であったことが判明した。HIV感染者に限った話ではないが、明視野検鏡の診断感度が十分でないことが、クリプトスポリジウム症の頻度を過小評価させる要因となっており、臨床現場での診療をも非常に困難にしている。

臨床像:ジアルジア症は、10年間で9症例を経験しているが、7症例は診断時にHAART未導入の症例であり、HAART中にジアルジア症と診断された症例は2例のみであった。また、HAART未導入の症例の中には1日に10回を超える比較的ひどい下痢をきたす症例が散見されるものの、クリプトスポリジウム症と比して軽症例が多く、数カ月に及ぶ慢性下痢症の経過をたどる症例が多い。特にHAART中にジアルジア症と診断された2症例は、いずれも下痢というよりは腹部不快感に対して便検査が行われていた。当院での経験からは、HAART時代のジアルジア症は、抗HIV薬の副作用による下痢と類似した臨床像を呈し、少なくとも臨床上大きな問題となるようなケースは稀であることが推察される。また、HAARTの有無にかかわらず、全例でメトロニダゾールが著効しており、臨床的にメトロニダゾール耐性が疑われる症例はなかった。

一方で、クリプトスポリジウム症は、激しい水様下痢をきたす。診断症例のうち、HAART中の症例が6割を占め、免疫状態が比較的安定している症例であっても3分の2の症例が1日20回以上または1時間に1回以上の激しい下痢を認めている。便失禁をしてしまう例もあり、脱水で入院加療を要する症例も散見される。クリプトスポリジウム症に伴う激しい下痢症は、全例が外来で治療されているジアルジア症とは対照的であった。クリプトスポリジウム症に対する確立された抗原虫薬はない。当院での経験でも、抗HIV療法を継続または導入し対症療法を行うことで、ほぼ全例が2週間以内に症状の改善を得ることができ、死亡症例は経験していない。3例に熱帯病治療薬研究班6)から取り寄せた Nitazoxanide が投与されているが、投与開始前に症状は軽快傾向であった。

結 語
HAART時代において、ジアルジア症は慢性下痢症・腹部不快感の鑑別となる一方で、クリプトスポリジウム症は激しい水様下痢を起こしうる点で注意すべき疾患となる。また、原虫類のシスト・オーシストはアルコールや塩素消毒に耐性であることから、感染管理を考える上で診断意義の極めて高い疾患である。HIV感染者で、「便失禁するほどの下痢症」を診たときには、クリプトスポリジウム症は絶対に鑑別しなければならず、繰り返し検査を行っても診断が付かない場合には、専門機関への問い合わせを行うべきと考える。

 
参考文献
  1. 山本徳栄, 他, 感染症学雑誌74: 518-526, 2000
  2. 高木正明, 他, 感染症学雑誌82: 14-19, . 2008
  3. IASR 28: 103-104, 2007
  4. Hung CC, et al., Am J Trop Med Hyg 84: 65-69, 2011
  5. Guerrant RL, Emerg Infect Dis 3: 51-57, 1997
  6. 厚生労働科学研究費補助金医療技術実用化総合研究事業「わが国における熱帯病・寄生虫症の最適な診断治療体制の構築」に関する研究班
    http://trop-parasit.jp/
国立国際医療研究センター
エイズ治療研究開発センター
   渡辺恒二
 

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