平成26年度(2014/15シーズン)インフルエンザワクチン株の選定経過
(IASR Vol. 35 p. 267-269: 2014年11月号)
1.ワクチン株決定の手続き*
わが国におけるインフルエンザワクチン製造株の決定過程は、厚生労働省(厚労省)健康局の依頼に応じて国立感染症研究所(感染研)で開催される『インフルエンザワクチン株選定のための検討会議』で検討され、これに基づいて厚労省が決定・通達している。
感染研では、全国77カ所の地方衛生研究所と感染研、厚労省結核感染症課を結ぶ感染症発生動向調査事業により得られた国内の流行状況、および約8,158株に及ぶ国内分離ウイルスについての抗原性や遺伝子解析の成績、感染症流行予測事業による住民の抗体保有状況調査の成績、さらに周辺諸国から送付されたウイルス株に対する解析結果およびWHO世界インフルエンザ監視対応システムを介した世界各地の情報などに基づいて、次年度シーズンの流行予測を行い、これに対するいくつかのワクチン候補株を選択した。さらにこれらについて、発育鶏卵での増殖効率、抗原的安定性、免疫原性、エーテル処理効果などのワクチン製造株としての適格性を検討した。2月上旬~3月下旬にかけて、3回にわたり所内外のインフルエンザ専門家を中心とする上記検討会議で、上述の成績、および最新の流行株の成績を検討して、次シーズンの流行予測を行った。さらにWHOにより2月20日に出された北半球次シーズンに対するワクチン推奨株とその選定過程、その他の外国における諸情報を総合的に検討して、3月18日に次シーズンのワクチン株を選定した。感染研はこれを厚労省健康局長に報告し、それに基づいて決定通知が5月14日に公布された(IASR 35: 157, 2014)。
本稿に記載したウイルス株分析情報は、ワクチン株が選定された2014年3月時点での集計成績に基づいており、それ以後の最新の分析情報を含むシーズン全期間(2013年9月~2014年8月)での成績は、本号4ページを参照されたい。
2.ワクチン株*
WHOは世界140カ所のWHO国内インフルエンザセンターから収集した流行株の抗原性解析、遺伝子解析およびワクチン接種後の血清抗体との交叉反応性などを総合的に評価し、今冬(2014/15シーズン)の北半球用ワクチン株は、前シーズンの株からA/H3N2を変更した3価ワクチンを推奨した。わが国もWHOの解析成績、国内分離株の成績および厚労省流行予測事業によるインフルエンザウイルス抗体保有調査の成績などを総合的に評価して、WHO推奨株を参考にして以下の3株からなる3価ワクチンとすることが妥当であると結論づけた。
3.ワクチン株選定理由
3-1.A/カリフォルニア/7/2009(X-179A) (H1N1)pdm09
海外においてもわが国と同様に、今シーズンはA(H1N1)pdm09ウイルスによる流行が大きく、世界的にはA型ウイルスの71%が本亜型のウイルスであった。とくに、流行が大きかったかった地域は、米国、欧州の一部、および中国北部であった。流行が小さかった地域も含めて世界中で分離されたA(H1N1)pdm09ウイルスのほとんどは、ワクチン株A/カリフォルニア/7/2009類似株で、2009年以来抗原性がほとんど変化していない。遺伝的には、8つのグループに分かれているが、今シーズンの流行株の多くは、グループ6Bと6Cに分類され、これらの間では抗原的な違いはみられなかった。さらに、A/カリフォルニア/7/2009ワクチン接種後のヒト血清は、最近の流行株とよく反応することから、依然A/カリフォルニア/7/2009によるワクチン効果が期待できた。このことから、WHOは、2014/15シーズン北半球向けワクチン株としてA/カリフォルニア/7/2009類似株を引き続き推奨した。
わが国では、2,000株あまりが分離され、解析した分離株のうち94%はA/カリフォルニア/7/2009類似株で、抗原変異株は散発的に検出されたのみであった。
札幌市周辺で流行したオセルタミビルおよびペラミビル耐性株には抗原性の違いは無く、A/カリフォルニア/7/2009ワクチンの効果が同様に期待できる。
一方、ワクチン製造用としては、A/カリフォルニア/7/2009の高増殖株X-179Aが、製造効率が良好で、4シーズン続けて使用され、有効な血清抗体応答を誘導できた実績がある。
以上のことから、2014/15シーズンのA(H1N1)pdm09ワクチン株として、A/カリフォルニア/7/2009(X-179A)株を選定した。
3-2. A/ニューヨーク/39/2012(X-233A)(H3N2)
A(H3N2)亜型ウイルスは豪州で流行が大きかったが、他の地域ではB型ウイルスと同程度に全体の20~30%であった国が多い。わが国でも本亜型ウイルスの流行は上記のように中程度であった。HA遺伝子の進化系統樹解析において、今シーズンの国内外の分離株の大半は、2012/13シーズンのワクチン株A/ビクトリア/361/2011および2013/14シーズンのワクチン株A/テキサス/50/2012が入るグループ3に分類され、その中でも最近の流行株はグループ3C.3に分類された。これらのほとんどは、MDCK細胞で分離したA/ビクトリア/361/2011およびA/テキサス/50/2012と抗原性が類似しており、大半の流行株は2012/13シーズンからほとんど抗原変異を起こしていなかった。
一方、A(H3N2)亜型ウイルスについては、ヒトでの流行ウイルスを孵化鶏卵(以下、卵と表記)で分離増殖させると、HAタンパクのレセプター結合部位の構造に、哺乳動物型から鳥型レセプターを認識するようにアミノ酸の置換が生じる。しかし、2008/09シーズン頃からのウイルスについて、このアミノ酸置換によって、レセプター結合部位の周辺にある抗原サイトB領域またはその近傍の構造にも大きな影響が生じるようになってきている。その結果、卵で分離増殖させたウイルスの抗原性が、MDCK細胞(哺乳動物型レセプターを持つ)で分離した流行株に比べて、著しく異なる傾向を示す。
このため、卵分離のワクチン株に対して作製したフェレット感染抗血清は、MDCK細胞で分離した流行株との反応性が大きく低下することとなった(「平成24、25年度ワクチン株選定経過」IASR 33: 297-300, 2012&34: 336-339, 2013参照)。さらに、卵分離ウイルスからワクチン製造用に開発された卵高増殖株の抗原性がさらに変化するので、ワクチン製造株に対する抗血清については、流行株との反応性がさらに大きく低下する。2012/13シーズンのワクチン製造株A/ビクトリア/361/2011(IVR-165)ではこの傾向が強く、その結果、本ワクチンで誘導されるヒト血清抗体は、細胞分離の流行株との交叉反応性が顕著に低く、ワクチンの有効性を低下させた可能性が示唆された。
そこで、この問題を改善するために、昨シーズンは多数の細胞分離A/ビクトリア/361/2011類似株の中から、卵馴化による変化の程度が軽度なワクチン株を検索し、卵分離のワクチン製造株A/テキサス/50/2012(X-223)が選定された(「平成25年度ワクチン株選定経過」、IASR 34: 336-339, 2013参照)。
しかし、A/テキサス/50/2012(X-223)に対して作製したフェレット感染抗血清は、2013/14シーズンにMDCK細胞で分離された74%の国内流行株に対して大きく反応性が低下しており、同様の成績は米国CDCからも報告された。このことから、ワクチン製造株のA/テキサス/50/2012(X-223)への変更により、卵馴化による抗原性の変化については幾分軽減されたものの、期待したほどの著明な改善はみられなかった。
そこで、2014/15シーズン向けに、卵馴化の程度の小さい株を世界中からさらに検索した結果、細胞分離のA/ビクトリア/361/2011およびA/テキサス/50/2012と抗原性が類似の卵分離A/ニューヨーク/39/2012、その高増殖株A/ニューヨーク/39/2012 (X-233)、A/ニューヨーク/39/2012(X-233A)、さらに同じく、A/アルマティー/2958/2013およびその高増殖株A/アルマティー/2958/2013(NIB-85)がワクチン候補株としてあがり、それらを検討することになった。
これら検討株の中でA/ニューヨーク/39/2012卵分離野生株、A/ニューヨーク/39/2012 (X-233)およびA/ニューヨーク/39/2012(X-233A)は、それらに対するフェレット感染抗血清を用いたHI試験では、調べた91%以上の細胞分離の流行株とよく反応し、同様の成績は米国CDCからも示された。このことから、これら3株はA/テキサス/50/2012(X-223)に比べて卵馴化による抗原変異の影響は大幅に改善されていると期待された。
国内ワクチン製造4社で高増殖株A/ニューヨーク/39/2012(X-233)およびA/ニューヨーク/39/2012 (X-233A)について増殖性、抗原性、タンパク収量など製造効率について検討した結果、A/ニューヨーク/39/2012(X-233A)は、A/テキサス/50/2012(X-223)より製造効率は劣るものの、ワクチン製造は可能であるとの成績が得られた。
以上の解析結果から、A/ニューヨーク/39/2012 (X-233A)は、依然として卵馴化による抗原性の変化の影響を受けてはいるものの、A/テキサス/50/ 2012(X-223)ワクチン株よりはその程度が小さいことから、2014/15シーズン用のA(H3N2)ワクチン株としてA/ニューヨーク/39/2012(X-233A)を選定した。
3-3. B/マサチュセッツ/2/2012(BX-51B)
2013/14シーズンの国内におけるB型インフルエンザの流行は、前シーズンに引き続きシーズンを通して山形系統とビクトリア系統との混合流行で、その比率はおよそ7:3であった。諸外国での流行状況も同様で、山形系統の流行が多くの国で優位であった。さらに、平成25年度の流行予測事業による国民の抗体保有状況調査では、山形系統ワクチン株B/マサチュセッツ/2/2012に対する抗体保有レベルは、15~29歳台では60%以上と高いレベルを示したが、10歳未満や55歳以上ではビクトリア系統B/ブリスベン/60/2008に対する抗体保有レベルより低かった(本号14ページ参照)。これらのことから、2014/15シーズン向けのワクチンは引き続き、山形系統から選定するのが妥当との判断に至った。
山形系統の流行株は、昨シーズンのワクチン株B/ウイスコンシン/1/2010が入るグループ3と今シーズンのワクチン株B/マサチュセッツ/2/2012が入るグループ2に区別され、国内外の流行株はグループ3が主流を占めた。各グループの代表株に対するフェレット感染血清を用いたHI試験では、これらのグループ間での抗原性には大きな差はなかったが、最近の流行株はB/マサチュセッツ/2/2012血清に比較的良く反応する傾向が見られた。このことから、WHOは2014/15シーズン向けのワクチン株にはB/マサチュセッツ/2/2012類似株を引き続き推奨した。
一方、2013/14シーズン用のB/マサチュセッツ/2/2012株ワクチン(BX-51B)を接種後のヒト血清抗体は、2013/14シーズンの細胞分離の流行株との反応性が良好であることが確認された。さらに、BX-51Bは平成25年度のワクチン製造株としての製造実績もある。
以上のことから、2014/15シーズンのB型ワクチン株として、引き続きB/マサチュセッツ/2/2012(BX-51B)株を選定した。
B型インフルエンザでは、ここ数シーズンは2系統(山形系統とビクトリア系統)のウイルスが混合流行しており、いずれの系統が次シーズンの流行の主流をなすか事前に予測することは極めて困難である。このため、米国では両系統のB型ワクチンを用いた4価ワクチンの導入が開始されている。WHOも4価ワクチン用としてビクトリア系統からはB/ブリスベン/60/2008株を推奨している。わが国でも、平成27年度から4価ワクチンの導入に向けて臨床試験や生物学的製剤基準の改訂が進められている。
インフルエンザウイルス研究センター 小田切孝人