国立感染症研究所

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本邦におけるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症の臨床像

(IASR Vol. 35 p. 284- 285: 2014年12月号)

1.はじめに
カルバペネム系薬剤は基質拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum β-lactamase: ESBL)産生性のグラム陰性桿菌感染症の治療に用いられる。しかし近年、カルバペネム系薬剤を分解する酵素であるcarbapenemase を産生する腸内細菌科グラム陰性桿菌が問題となってきている。

世界的にみればカルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)としてのKlebsiella pneumoniae carbapenemase (KPC)産生菌、NDM-1産生菌、OXA-48産生菌等が問題となっている。しかし、これらの菌の臨床検体からの分離報告例数は本邦では少数である。一方で、本邦では日本特有のCREの問題としてMetallo-β-lactamaseであるIMP産生のCREの報告が散見される1-3)。これらIMP産生腸内細菌科細菌は、meropenemやimipenemなどのカルバペネム系薬剤に対して1μg/ml以下の低いMICを呈する場合があり4,5)、この場合本邦の大部分の検査室の自動検出機器では「感性(S)」と判断されてしまう。

そこで本稿では、日本特有のCREの問題ともいえるIMP型メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌の臨床像について述べる。

2.参考事例
症例は88歳の男性で、腹部大動脈瘤のために6カ月前に血管内グラフトの挿入術を施行されている。本患者は大腸がんのためにA病院に入院し、右半結腸切除術を受けた。術後3日目に患者は発熱し、手術部位感染症と診断され、これに対してmeropenem静注にて治療が開始された。術後5日目に患者は解熱したが、術後3日目に採取された血液培養ではIMP-1産生性 Enterobacter cloacae およびBacteroides sp. が検出された。この結果に基づいて、抗菌薬はlevofloxacin静注およびampicillin/sulbactam静注に変更された。14日間の静注抗菌薬治療が行われた後、内服のlevofloxacinおよびmetronidazoleに変更されて治療は継続され、患者は治癒した6)

3.臨床像(リスク因子を含む)
IMP産生腸内細菌科グラム陰性桿菌の分離例に関する臨床的な記述は現時点では極めて限られている。そこで、本邦から報告された15例のIMP産生E. cloacae の分離例を対象とした症例対照研究の結果を示す7)

15例の平均年齢は70.9歳(標準偏差19.4)で、男性が53%を占めていた。IMP産生E. cloacae の分離された部位は血液培養5例、創部培養4例(そのうち3例は腹部の創部)、尿培養3例、喀痰培養2例、便培養1例であった。15人中8人(53%)は胆道を含む消化管疾患で入院しており、3例(20%)は脳血管障害などの神経疾患で入院していた。在院中の死亡率は症例群と対照群でほぼ同等であったが(それぞれ14%と13%)、菌血症例の死亡率は40%と高かった 。

実際に感染症を発症していた例は、カテーテル関連血流感染症3例、胆管炎3例、カテーテル関連尿路感染症2例、その他2例の合計10例であった。入院からIMP産生E. cloacae が分離されるまでの中央値は47日(四分位範囲13~101日)であった。感染例10例の死亡率は20%(10例中2例)であり、特に菌血症の事例で致死率が40%(5例中2例)と高かった。

IMP産生E. cloacae の分離された15名全例で、本菌分離時にドレーン、経鼻胃管、尿道カテーテル等、なんらかの身体内デバイスが留置されていた。対照群では身体内デバイスは2.2%でしか留置されていなかった。また、IMP産生E. cloacae の分離された例では全例で過去3カ月以内の抗菌薬使用歴があったが、対照群では29%にとどまった。加えて、3カ月以内のセファロスポリン系抗菌薬使用、3カ月以内の侵襲的処置がIMP産生E. cloacae の分離と独立して関連した因子として同定された。

4.微生物学的検討
分離された15株のIMP産生E. cloacae のmeropenemおよび imipenemに対する最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration: MIC)はそれぞれ67%(10株)および80%(12株)で1μg/ml以下であった。これはClinical and Laboratory Standards Institute (CLSI)によるブレイクポイント規定文書であるM100-S228)を参照すると、MICが1μg/ml以下であれば感性と判断されるため、この研究におけるIMP産生E. cloacaeの分離株の大部分がこの規定では感性と判断されてしまうことになる。分離された菌のうち10株はIMP-1産生性、残りの5株はIMP-11産生性であった。

なお、当該研究の行われた施設では、臨床検体からE. cloacae が分離され、その株が、第3世代セファロスポリン系抗菌薬に耐性を示した場合、もしくはimipenem と meropenem のいずれかに対するMICが1μg/mlを超えている場合には、基質試薬HMRZ-86を使用したβ-ラクタマーゼ検出試薬シカベータテストI/MBL(関東化学)を用いてESBL、メタロ-β-ラクタマーゼ、およびAmpC型のセファロスポリナーゼのスクリーニングを行っている9)。その結果、メタロ-β-ラクタマーゼ産生が疑われる株に対して、イムノクロマトグラフィ-法を用いたキット10)を用いてIMP型メタロ-β-ラクタマーゼの検出を行っている。

5.考 察
本邦の臨床現場では、カルバペネム耐性腸内細菌の問題ともいえるIMP型メタロ-β-ラクタマーゼ産生菌が問題となっている。この菌の感染症の臨床的記述は極めて少ないが、限られた記載に基づけば、医療機関に長期入院し、抗菌薬、侵襲的医療行為、カテーテル留置などの濃厚な医療を受ける患者に発症する傾向を有している。

現状での最大の問題は、IMP産生菌の検出が困難なことである。現在本邦では、医療機関の検査室内の菌名および抗菌薬感受性試験検査システムのなかに、CLSIのブレイクポイント規定であるM100-S22に基づく判断アルゴリズムが順次導入中である。M100-S22によれば、腸内細菌科グラム陰性桿菌のカルベペネム系のブレイクポイントが引き下げられ、meropenem 1μg/ml以下、imipenem 1μg/ml以下が感性と定められた。しかし、本報告7)やIMI-6産生菌に関する既報4)によれば、IMP産生腸内細菌科グラム陰性桿菌のカルバペネム、特にimipenem に対するMICは1μg/mlを下回っていることがある。IMP産生菌の正確な同定方法の確立は今後の課題である。

また、在院中の死亡率は症例群と対照群でほぼ同等であった7)。IMP産生菌が検出されることが患者に及ぼす臨床的な影響の有無については、これまでほとんど記載がないため検討が必要である。加えて、適切な抗菌薬治療に関しても現時点では十分な情報がなく、今後検討を要する。

 

参考文献
  1. Shigemoto N, et al., Diagn Microbiol Infect Dis 76(1): 119-121, 2013
  2. Sho T, et al., Microb Drug Resist 19(4): 274-281, 2013
  3. Yano H, et al., Antimicrob Agents Chemother 56(8): 4554-4555, 2012
  4. Shigemoto N, et al., Diagn Microbiol Infect Dis 72(1): 109-112, 2012
  5. Hamada Y, et al., J Infect Chemother, 2012
  6. Hamada Y, et al., J Infect Chemother 19(5): 956-958, 2013
  7. Hayakawa K, et al., Antimicrob Agents Chemother 58(6): 3441-3450, 2014
  8. Clinical and Laboratory Standards Institute: Performance standards for antimicrobial susceptibility testing; nineteenth informational supplement, CLSI document M100-S22, 2012
  9. Livermore DM, et al., J Antimicrob Chemother 60(6): 1375-1379, 2007
  10. Kitao T, et al., J Microbiol Methods 87(3): 330-337, 2011
 
国立国際医療研究センター病院
  国際感染症センター 大曲貴夫 早川佳代子
  中央検査部 目崎和久

 

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