ノロウイルスの流行 2010/11~2013/14シーズン
(IASR Vol. 35 p. 161-163: 2014年7月号)
ノロウイルス(Norovirus、以下NoV)はRNAウイルスで、GI~GVの遺伝子群に分けられ、GIとGIIが主にヒトに感染する。少なくともGIには9、GIIには22の遺伝子型が存在する(本号13ページ)。NoVは糞便および吐物中に大量に排出され、症状消失後10~21日間糞便中への排出が続き、1カ月以上排出が続く事例も報告されている(IASR 31: 319-320, 2010)。NoVは汚染食品を介し食中毒を起こし、嘔吐時の飛沫の吸入や手指を介して人-人感染を起こす。また、NoVを含む吐物等が乾燥して舞い上がった塵や埃から感染する塵埃感染もある(IASR 28: 84, 2007 & 29: 196, 2008)。
1.感染症発生動向調査における感染性胃腸炎発生状況とウイルス分離状況:NoVによる胃腸炎は、全国約3,000の小児科定点から報告される感染性胃腸炎(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-18.html)の一部として報告される。感染性胃腸炎患者数は年末に急増する(図1、http://www.niid.go.jp/niid/ja/10/2096-weeklygraph/1647-04gastro.html)。例年、第49~51週にピークを迎えた後(ピーク時の定点当たり患者報告数/週は18人前後)、年初に一時減少した後再増加し、第5~25週にかけて緩やかな山型の流行曲線を描く。
NoVを含む感染性胃腸炎病原体は、地方衛生研究所(地衛研)から感染症サーベイランスシステム(NESID)で「病原体個票」を用い報告されている(IASR 31: 75-76, 2010)。感染性胃腸炎の病原体報告は、NoVが最多であり、続いてロタウイルス、サポウイルスの順となっている。感染性胃腸炎患者報告数のピーク時である11~12月には主にNoVが検出され、1~5月のなだらかなピーク時には初めはNoV、2月以降はロタウイルスが多く検出されている(図1)(IASR 35: 63-64, 2014)。
3歳以下の小児の各年齢で、NoVは感染性胃腸炎散発例から検出された病原体の約3分の1を占めていた(図2)。年齢が上昇するにつれてNoVの占める割合が増加し、15歳以上では70%を超えた。
2010/11~2013/14シーズンに検出されたNoVの大部分はGIIであった(図1およびhttps://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data11j.pdf)。0~15歳の感染性胃腸炎患者から検出されたNoVの遺伝子型をシーズン別にみると(表1およびIASR 31: 312-314, 2010)、2006/07~2009/10シーズンはGII/4が多かったが、2010/11シーズンはGII/3が約50%を占めた。2011/12シーズン以降はGII/4が最も多く検出され、特に2012/13シーズンはGII/4が約78%を占めた。全国の地衛研での分子疫学的解析により、シーズンごとに流行したNoVの遺伝子型が調べられており、2012/13シーズンには海外でも流行がみられたGII/4亜株(Sydney 2012)(IASR 34: 45-49,2013)の広がりがみられた(本号5, 7, 8, 9ページおよびIASR 33:333-334&334-335, 2012)。
2.集団発生事例からのNoV検出報告:NESIDでは地衛研から「集団発生病原体票」により、食品媒介による感染が疑われる「食中毒」や「有症苦情」、人-人伝播や感染経路不明の胃腸炎集団発生などの事例が報告されている。2010/11~2013/14シーズンには主に11~12月の感染性胃腸炎流行ピーク時にNoV集団感染事例の報告が急増した(図3)。
2010/11~2013/14シーズンに報告された集団発生事例は、517~815事例であった(表2)。2010/11シーズンには、遺伝子型別が実施された事例中GII/3が多かったが、2011/12シーズン以降はGII/4の検出が多かった。
2010/11~2013/14シーズンにNoVが検出された集団発生事例の推定感染経路別の内訳は、食品媒介の疑いが700、人―人伝播が1,256、不明が593であった。推定感染場所で多かったのは、保育所、飲食店、老人ホーム、小学校の順であった。感染経路は保育所、老人ホーム、小学校では人―人伝播が主で、飲食店では食品媒介が主であった(表2)。
2010/11シーズンには食品媒介が疑われたものが全648事例中141事例であった。人-人伝播が疑われたものは355事例で、シーズン中に報告された全事例の過半数を占めた。推定感染場所では保育所、飲食店、小学校が多かった。遺伝子型GII/3は保育所、小学校で、GII/4は老人ホーム、保育所での報告が多かった(表2)。
2011/12~2013/14シーズンでは、人-人伝播が疑われたものは、それぞれ212事例、394事例、295事例であった。推定感染場所では特に2012/13シーズンは老人ホームでの感染が141事例報告された。遺伝子型はGII/4が500事例と多くを占め、そのうち、主として人-人伝播が疑われた老人ホームと保育所はそれぞれ176事例、86事例であり、主として食品媒介が疑われた飲食店は59事例であった(表2)。
3.食中毒統計:厚生労働省(厚労省)の集計する食中毒統計では、NoV食中毒事件についてもまとめられている(IASR 32: 352-353, 2011)。NoV食中毒事件は2010/11シーズン293事件(患者数8,086人)、2011/12シーズン317事件(同10,969人)、2012/13シーズン437事件(同19,709人)、2013/14シーズン228事件(同8,903人)であった(2014年6月2日現在)。最も多かった2012/13シーズンには、患者数500人以上の大規模食中毒事件が3事件(2,035人、1,442人、526人)あった。2013/14シーズンには摂取者数8,027人、患者数1,271人の大規模食中毒が発生した(本号4ページ)。
2010/11~2013/14シーズンの食中毒事件ごとの患者数を階層化すると(図4)、17~32人(327件)が最も多く、次いで9~16人(310件)、33~64人(226件)となっている。また、原因施設をみると、飲食店(906件)が最も多く、次いで旅館(111件)、仕出屋(85件)であった。
4.NoV感染対策と今後の課題:NoVによる食中毒および感染症の発生を防止するためには、感染性胃腸炎の患者発生動向とNoV検出情報に注意することが重要である。厚労省は毎シーズン(2013/14シーズンは2013年11月20日)、「感染性胃腸炎の流行に伴うノロウイルスの予防啓発について」を発出し、注意喚起している(http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/dl/131120_1.pdf)。
また、NoVは通年検出されており(図1)、通年的な衛生管理が重要である。調理従事者による食品汚染による食中毒を防ぐためには、手洗いや食品取り扱い施設での作業衣や手袋着用などを含めた基本的な衛生管理(IASR 33: 137-138 & 334-335, 2012)および調理従事者の健康管理の徹底が望まれる(IASR 34: 265-266, 2013)。食中毒の原因を早期に究明し、拡大を防止するためには、食品からのウイルス検出法の確立・標準化が必要である。
NoVワクチンは「予防接種に関する基本的な計画(平成26年厚生労働省告示第121号)」において開発優先度の高いものと位置づけられている(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/kihonteki_keikaku/index.html)。有効なワクチン開発には、NESIDによる病原体情報の活用とともに、NoV主要抗原遺伝子の変異・進化と抗原多様性(本号10ページ)、や計算科学の手法によるウイルス進化の予測(本号11ページ)等の知見も必要となる。