国立感染症研究所

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2016年1月に発症したnon-typeable Haemophilus influenzae心膜炎の1歳児例

(IASR Vol. 37 p. 141-142: 2016年7月号)

無莢膜型インフルエンザ菌(non-typeable Haemophilus influenzae,  以下NTHi)は, 健常小児の保菌が多く, 中耳炎や副鼻腔炎, 気管支炎等の非侵襲性感染症の原因菌として認知され, 侵襲性感染症を生じることは稀であると考えられている。2016年1月に我々はNTHiによる化膿性心膜炎の1症例を経験したので報告する。

症例:1歳8か月 女児

既往歴:熱性けいれん, 軽度の発達遅滞, 斜視があった。Haemophilus influenzae type b(以下Hib)ワクチン3回と13価肺炎球菌ワクチン3回, 4種混合3回, BCG 1回は接種済みであった。

現病歴:入院6日前に38℃台の発熱があった。入院5日前に解熱したが, 活気は乏しく不機嫌であった。入院4日前に不機嫌が続き, 37℃台の微熱が出現した。入院2日前の夜間に肩呼吸が出現した。入院前日より仰臥位での睡眠ができなくなった。入院当日には肩呼吸が悪化し, さらに入眠中に浅呼吸を認めたため, 救急外来を受診した。

入院時現症:体温38.0℃, 脈拍190/分, 血圧80/40mmHg, 呼吸数60回/分, SpO2 95%(O2リザーバマスク10 L/分), 開眼しているが発語は乏しく, Glasgow Coma ScaleはE4V3M6と意識障害を認めた。呼吸音は呼気性喘鳴があり, 陥没呼吸がみられた。心音は頻脈のため評価困難であった。腹部は平坦・軟であり, 末梢冷感を認めた。入院時検査ではWBC 32,000/μL, CRP 32mg/dLであった。気管内挿管後の動脈血液ガスは混合性アシドーシスと低酸素血症を認めた。胸部レントゲンは, 心拡大と左下肺の浸潤影を示し, 心臓超音波検査は, 心嚢液の全周性貯留と右心系の圧迫所見を認めた。入院後速やかに心嚢ドレナージ術, 心嚢部フィブリン除去術を施行した。抗菌薬は, vancomycinとcefotaximeの2剤で開始した。入院2日後には血液と心嚢液の培養からHaemophilus influenzaeが検出された。髄液所見に有意な所見なく, 培養は陰性であった。また薬剤感受性が確定したため, cefotaxime単剤に変更した。入院3日後に心嚢ドレーンを抜去し, 入院8日後に抜管した。経静脈的な抗菌薬投与を3週間行った後, 入院23日目に退院した。現在, 入院後4カ月が経過しているが収縮性心膜炎の合併はなく経過している。

原因微生物であるHaemophilus influenzaeを精査した。インフルエンザ菌莢膜型別用免疫血清(デンカ生研)によるスライド凝集検査でa~f型が陰性であったため, 莢膜遺伝子のPCR検査を施行した。すべてのインフルエンザ菌で保有するP6インフルエンザ菌外膜タンパク遺伝子は陽性であったが, Hibのみが保有するcapb遺伝子は陰性, すべての莢膜型(a~f)のインフルエンザ菌が保有するbexAbexB遺伝子も陰性であった。その結果, 原因菌はNTHiと確定した。薬剤感受性に関しては, ampicillinのMICは0.5と低値であったものの, ニトロセフィンテストは陽性でありβ-ラクタマーゼ産生株であると判定した。また, 遺伝子検査ではTEM-1のβ-ラクタマーゼ遺伝子が陽性であり, PBP3A/3B(ペニシリン結合タンパク)遺伝子ftsIにはBLNARにみられる変異はなかった。したがって, 本株はBLPAR(TEM-1)株と考えられた。

化膿性心膜炎は, 乳幼児では胸痛の訴えが困難であり, 非特異的な臨床症状のみでの診断が必要となる。外科的な心嚢ドレナージが治療において重要であるが, 本症例においては心臓超音波検査が診断の一助となり, 救急受診当日に速やかに外科的介入を行うことができた。

Hibワクチン普及以前は, インフルエンザ菌による侵襲性感染症のほとんどはHibであったが, それはHibのもつ莢膜多糖体が好中球による貪食や補体による殺菌に抵抗するためであると考えられていた。一方で, NTHiは侵襲性感染症を生じることは稀であると考えられていた。しかし, 世界的に, Hibワクチン普及後インフルエンザ菌による侵襲性感染症に占めるNTHiの割合は増加している。1992~2014年の間にオランダで行われた小児, 成人を含めた全国的な観察研究では, 侵襲性インフルエンザ菌感染症のうちNTHiが占める割合は6%から72%に増加し, 絶対数も20から117と増加している1)

NTHiによる化膿性心膜炎の報告も?Hibワクチン普及後から散見されている。現在まで4例(アメリカから3例, オランダから1例)の報告が存在するが, 本邦では, 本症例が初めての報告である。

今後は, NTHiによる侵襲性感染症の動向に注目するべきであり, サーベイランスや莢膜型判定のためのPCR法の全国的な普及が重要になると考えられる。

 

参考文献
  1. Academic Medical Center; National Institute of Public Health and the Environment, Bacterial meningitis in the Netherlands annual report 2014, Amsterdam: Netherlands Reference Laboratory for Bacterial Meningitis, 2015
    https://www.amc.nl/web/file?uuid=e2b2fd61-1c13-4c4b-995b-d7ea63aa0ba0&owner=7a3a0763-4af0-41eb-b207-963f8d0db459

兵庫県立こども病院
 救急集中治療科 神納幸治
 感染症科 笠井正志
 細菌検査室 河村規子 大上朋子
神戸市立医療センター中央市民病院
 細菌検査室 竹川啓史
鹿児島大学大学院医歯学総合研究科
 微生物学分野 西 順一郎 藺牟田直子

 

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

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