山口県内で発生した日本紅斑熱のクラスター事例
(IASR Vol. 38 p.171-172: 2017年8月号)
日本紅斑熱は1984年に, マダニに刺咬されることにより, リケッチア・ジャポニカ(Rickettsia japonica)に感染し, 発症する感染症として馬原らによって初めて報告され1,2)その後, 4類感染症の中で最も発生数の多い感染症の一つとなっている3)。発熱, 発疹, マダニによる刺し口を特徴とするが, 刺し口は確認されないこともある。山口県では2010年6月に初めて患者が報告されて以来, 患者の発生報告は漸増しており, 2017年4月末までに12例が確認されている(表)。
2016年9月, 山口県内の同一地区で疫学的関連を持つ3例の日本紅斑熱患者の発生があったので報告する。最初に探知した事例は60代女性で, 2016年9月上旬に発熱し, 近隣市の医療機関を3病日目に受診, 6病日目に救急搬送入院となる。症状は発熱(40.2℃), 頭痛, 倦怠感, 発疹(丘疹, 紅斑), 左鼠径リンパ節腫脹, 脾腫, 血小板減少であった。8病日目にミノサイクリン系抗菌薬に変更後, 同日より改善傾向となり回復した。
刺し口は確認できなかったが臨床症状および経過から紅斑熱が疑われ, 当所に急性期(第6病日)および回復期(第17病日)のペア血清が搬入されたので, 国立感染症研究所(感染研) ウイルス第一部第五室にリケッチア抗体検査の行政検査依頼をしたところ, R. japonica抗体はIgMが20倍未満から2,560倍以上に, IgGが20倍未満から2,560倍に上昇しており, 日本紅斑熱の感染が確認された。
この患者の聞き取り調査から, 発症3日前に自宅付近で栗拾いをしていて感染したものと推測されたが, この時, 近隣住民にも同じ場所で栗拾いをして同様の症状を呈した者がいるとの情報があったため, 管轄保健所がさかのぼり調査したところ, さらに2名の発症者が判明した。
この男女2名は9月初旬に1例目と一緒に栗拾いをしており, 女性 (80代) はマダニに左下腿内側を刺され, 1例目と同じ日(栗拾いの3日後)に発熱(37.5℃), 近医を受診, その後重症化し4病日目に入院した。入院時所見は, ふらつき, 下痢, 咳嗽, 血圧低下, 低体温, 左上腕部発疹であった。翌日, 頭部以外の全身に発疹(紅斑), 播種性血管内血液凝固症候群(DIC), 急性腎不全, 意識レベル低下と容体は悪化したが, 44病日を経て改善した。輸血に加え, セフェム系, カルバペネム系, ニューキノロン系抗菌薬投与を順次受けていた。男性(70代)はマダニに刺された記憶はなかったが, 栗拾いの翌日に発熱(39.0℃), 咳嗽, 下肢の発疹の症状で近医を受診した。医師に発疹の症状を伝えず肺炎と診断されており, 41病日頃に回復したが, ペニシリン系およびキノロン系抗菌薬投与を受けていた。
管轄保健所の聞き取り調査後, 当所に2例目(女性) および3例目(男性)のペア血清が搬入され, 感染研のR. japonica抗体検査により, 2例目(女性)の発症19日目のIgMおよびIgGがともに2,560倍以上, 145日目のIgM, IgGがそれぞれ2,560倍以上, 1,280倍であり, 3例目(男性)の142日目のIgM, IgGがそれぞれ160倍, 1,280倍であり, 日本紅斑熱の診断が確定した。
この3事例はいずれも同一場所での感染であり, この場所はR. japonicaを保有するマダニの棲息地であると考えられた。今回の事例では初発例の情報から, 他の発症者を探知することができた。今後, 発症者への聞き取り調査を詳細に実施することにより, 潜在的患者の掘り起こし, リケッチアを保有するマダニの棲息地の把握が可能になると考えられる。また, 地方衛生研究所におけるPCR法による早期の診断を促進するため, 検体として刺し口の痂皮とともに, 紅斑部の皮膚生検検体が有用であることを周知する必要がある。
山口県ではダニの活動時期前の3月, 県内全市町衛生担当課にダニ媒介性感染症の予防対策についての文書を発出し, 広報誌への掲載, 各種会議での周知および野山での屋外行事参加者へのリーフレットの配布による注意喚起など, 県民の安全確保を図った。
日本紅斑熱は, 細菌性の感染症に一般的に使用されるペニシリン系, セフェム系, アミノグリコシド系の抗菌薬は無効であり, 重症化を防ぐためにはミノサイクリンまたはドキシサイクリンによる抗菌薬治療を早期に開始することが重要である2)今後も, 日本紅斑熱の症状およびマダニ対策について県民へ周知するとともに, 患者発生地における動物の対策, 県内での発生状況および適切な治療について医療機関への情報提供が必要であると考えられた。
参考文献
- 馬原文彦, 阿南医報 68(9 月号): 4-7, 1984
- Mahara F, Emerg Infect Dis 3(2): 105-111, 1997
- 国立感染症研究所, IASR 38: 109-112, 2017
https://www.niid.go.jp/niid/ja/tsutsugamushi-m/tsutsugamushi-iasrtpc/7324-448t.html