(IDWR 2004年第49号)
Giardia lamblia の感染によって引き起こされる下痢性疾患である。本症の感染経路はいわゆる糞口感染で、ヒトとヒトの接触や食品を介した小規模集団感染と、飲料水を介した大規模な集団感染が知られている。Giardia の種名については混乱があるが、わが国では慣例的にG.lamblia を用いており、当面は形態的にG. lamblia とみなされる原虫に対して、一律に病原性があるものとして扱うこととしている。
疫 学
ジアルジア症の感染者数は世界中で数億人に達するとされる。G. lamblia は地球規模でみればごくありふれた腸管系原虫である世界中のほとんどの国で有病地を抱えており、特に熱帯・亜熱帯に多く、有病率が20%を超える国も少な くない。わが国では戦後の動乱期(1949〜1956年)に感染率が3〜6%であったとされている。多くの感染症が衛生環境の改善とともに姿を消していっ たことは周知のことであるが、ジアルジアの感染率も次第に低下し、今日の都市部での検出率は0.5%を下回る程度となっている。
感染のリスク要因は海外、特に発展途上国への旅行と男性同性愛とされる。海外旅行での感染症例では赤痢菌、下痢原性大腸菌や赤痢アメーバなどとの混合感 染例が少なくない。一方、水系感染による集団発生事例が先進諸国で問題となっている。これには都市化など社会形態の変化に伴って、水の再利用が進んだこと が大きく影響している。なお、感染症法施行から2003年12月までに届けられたジアルジア症例数は、年間100例前後である。このうち6割以上が海外で の感染と推定され、また、集団感染事例は知られていない。
病原体
臨床症状・徴候
現在、わが国でみられるジアルジア感染者の多くは発展途上国からの帰国者(来日者)であり、特にインド亜大陸からの帰国者での下痢症例で検出率が高い。 さらに、男性同性愛者間にも本原虫の感染がみられることがあり、しばしばHIV感染者に原虫が証明される。ジアルジア症は過去数十年間にわたって、わが国 では忘れ去られた感染症の1つであったが、免疫不全者の感染、水系感染による集団発生事例などから、重要な再興感染症の1つとしての認識が必要である。
ジアルジア症の主な臨床症状としては下痢、衰弱感、体重減少、腹痛、悪心や脂肪便などがあげられる。有症症例では下痢が必発であり、下痢は非血性で水様 または泥状便である。排便回数は1日数回〜20回以上と様々であり、腹痛を伴う例と伴わない例が相半ばし、発熱は多くの場合みられない。感受性は普遍的で あるが、成人よりも小児の方が高い感受性を示す。なお、分泌型IgA低下症や低γ-グロブリン血症をもつ患者に発症した場合には臨床症状が激しく、難治性 であり、かつ再発性である。感染者の多くは無症状で、便中に持続的に嚢子を排出している嚢子保有者(cyst carrier)であるが、感染源としてはむしろ重要である。
病原診断
診断は、患者の糞便(下痢便)から顕微鏡下に本原虫を証明することによる。さらに、原因不明の下痢症、脂肪便、あるいはその他の腹部症状を精査する一環 として十二指腸液や胆汁を採取し、原虫の検査が行われることもある。糞便中に見られる原虫の形態は、水様便では栄養型が、泥状便や有形便では?子を検出す ることが多い。検査方法は通常の検便か、遠心沈殿法で得られた沈渣をヨード・ヨードカリ染色することで比較的容易に検出できる。海外では、診断用の蛍光抗 体試薬が市販されている。なお、栄養体を検出する場合は、希釈液に生理食塩水を用いる。
予防・治療
ジアルジアの治療には、メトロニダゾールやチニダゾールなどニトロイミダゾール系の薬剤が用いられる。これらはわが国では抗トリコモナス薬として薬価収載されており、本症に対しては健康保険の適用外である。
ジアルジア症は典型的な糞口感染で、嚢子で汚染された食品や飲料水を介して伝播する。嚢子は感染力が強いため、排泄者に対しては排便後の手洗いの指導が 重要である。一般に、嚢子排出者は無症状か下痢症状があっても軽微であり、身辺の清潔が保てるため、隔離の必要はない。また、嚢子は水中で数カ月程度は感 染力が衰えず、小型であるため、浄水場における通常の浄水処理で完全に除去することは困難とされる。塩素消毒にも抵抗性を示す。したがって、HIV感染者 をはじめとする免疫機能低下者は、日常生活の上で生ものや煮沸消毒されていない水道水の摂取などには注意するべきである。
感染症法における取り扱い (2012年7月更新)
全数報告対象(5類感染症)であり、診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出なければならない。
届出基準はこちら
(国立感染症研究所寄生動物部 遠藤卓郎)