国立感染症研究所

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感染症発生動向調査におけるマラリア報告症例の特徴 2006年~2014年前期

(IASR Vol. 35 p. 224-226: 2014年9月号、2015年10月27日 更新)

マラリアはハマダラカの刺咬によりPlasmodium属のマラリア原虫が体内に侵入して起こる疾患であり、原虫種の違いにより、熱帯熱マラリア(原虫種はP. falciparum)、三日熱マラリア(P. vivax)、四日熱マラリア(P. malariae)、卵形マラリア(P. ovale)の4種類がある。近年はこれにサルマラリア(P. knowlesi)を加えて5種類とすることもある。マラリアは亜熱帯、熱帯の100カ国以上の国々に広く分布し、世界人口の最大40%が感染の危機にある疾患であり、2012年において患者数2億700万人、死亡者数62万7,000人と推計されている。日本を含む非侵淫地からの渡航者が侵淫地から帰国して発症する輸入マラリアも問題となっており、年間1万例以上とされている。わが国におけるマラリア症例はすべて輸入症例であり、世界の流行状況と渡航者の海外におけるリスク行動を反映すると推測される。2006年~2014年前期(第26週;2014年6月29日まで)に報告されたマラリア症例についての特徴を解析した。

わが国おけるマラリア症例報告数は、1999年4月に感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)が施行された後、2001年まで年間100例を超えていたが、その後減少し、2007~2009年までは52~56例で推移していた。2010年に増加に転じ、2010年74例、2011年78例、2012年72例と推移したものの、2013年は48例と過去最低数を記録した(図1)。2014年は第26週までに27例の報告があった。2006~2014年第26週に報告された症例は525例であり、原虫種別では、熱帯熱マラリアが303例(57.7%)と最も多く、三日熱マラリア157例(29.9%)、卵形マラリア22例(4.2%)、四日熱マラリア11例(2.1%)と続き、不明は32例(6.1%)であった。2013年には、三日熱マラリアと熱帯熱マラリアの報告が前年比でそれぞれ63.2%、25.0%減少した。

525例のうち男性が399例(76.0%)と多く、女性は126例(24.0%)であった。年齢群のピークは、男性が30代、女性が20代であった。全症例の年齢分布は、0~9歳11例(2.1%)、10~19歳20例(3.8%)、20~29歳180例(34.3%)、30~39歳162例(30.9%)、40~49歳90例(17.1%)、50~59歳38例(7.2%)、60~69歳15例(2.9%)、70~79歳7例(1.3%)、80~89歳2例(0.4%)であった。

症状は、多い順に発熱517例(98.5%)、悪寒305例(58.1%)、頭痛299例(57.0%)、関節痛138例(26.3%)、脾腫118例(22.5%)、貧血91例(17.3%)、播種性血管内凝固症候群(DIC)49例(9.3%)、急性腎不全30例(5.7%)、意識障害20例(3.8%)、出血症状11例(2.1%)、肺水腫/急性呼吸窮迫症候群(ARDS) 3例(0.6%)、低血糖0例(0.0%)であった。死亡の報告は1例(0.2%)あり、2008年に熱帯熱マラリアを発症した70代女性であった。ただし、厚生労働省の人口動態統計には、2006~2013年の間に計5例(2006年1例、2008年1例、2009年1例、2011年2例)の死亡例が記録されている。

推定感染地域は、アフリカ329例(62.7%)、アジア140例(26.7%)、オセアニア32例(6.1%)、南米10例(1.9%)、中米2例(0.4%)、中東2例(0.4%)、2地域以上の記載および不明が10例(1.9%)であった(図2図3)。特に、2013年のアジアにおける三日熱マラリアおよびアフリカにおける熱帯熱マラリアの減少が顕著であった。アフリカは、西アフリカと東アフリカの国々(計287例)でアフリカ全体の87.2%を占めた。アジアの中では南アジアと東南アジアの国々(計131例)でアジア全体の93.6%を占めた。オセアニアはパプアニューギニアが29例(90.6%)であった。2006~2013年の症例について季節性を分析すると、アフリカを推定感染地域とする症例のうち5~10月を発症月とする症例は57.1%、アジアの症例では76.8%を占めた。

職業等の記載のある517例について職種別報告数を分析したところ、学生が78例と、全体の15.1%を占めた。この他、会社員65例(12.6%)、国際協力関連職37例(7.2%)、教育研究職30例(5.8%)の症例が上位を占めた。

 診断から保健所までの報告、および保健所における受理までに要した日数を分析した。熱帯熱マラリア患者の90%が初診から2日以内に診断されており、卵形マラリアでは7日、三日熱マラリアでは8日、四日熱マラリアでは12日以内に患者の90%が診断された。マラリアと診断された後、症例の90%が3日以内に保健所へ報告され、報告後90%は3日以内に受理されたものの、1日以内に報告された症例は80%に留まった。

以上の結果から考察すると、性年齢群としては30~40代男性、20代女性、職業別では学生、国際協力関連職および教育研究職のリスクが高いと考えられた。一般的に重症化するリスクの高いことが知られている幼児は、10歳未満が11例と少なく、重症例もみられなかった。ただし、感染症法下では届出は原則診断時のみであるため、届出以降に重症化または死亡した症例数は過小評価の可能性がある。また、渡航目的、詳細な訪問地点、滞在期間はほとんど明記されていなかったため、感染リスクの評価は困難であったが、少なくとも学生の症例報告が相当数存在することが明らかとなった。2013年には、8名でケニアへ渡航した後に2名が熱帯熱マラリアを発症した事例(IASR 34: 235, 2013)、2014年には、大学サークル活動としてグループでケニアへ渡航した後に2名が熱帯熱マラリアを発症した事例が報告された(IASR 35: 151-152, 2014)。このように、学生はハイリスクグループとして今後も関係者への一層の注意喚起が必要と考えられた。三日熱マラリア、四日熱マラリアや卵形マラリアは、熱帯熱マラリアと比べ初診から診断に至るまで時間がかかることが多いが、重症化する可能性の高い熱帯熱マラリアでも初診から診断まで3日以上要した場合もあり、より早期の診断が必要と考えられた。アフリカからの輸入例の多くは熱帯熱マラリアで、比較的年間を通じて報告されている。流行地域の長期滞在者への予防内服の推奨と、流行地域からの輸入例への一層の注意は季節にかかわらず必要である。

各症状の割合は前述の通りであるが、これを用いて重症例の特徴を次のように解析した。感染症発生動向調査におけるマラリアの症状の調査項目は、発熱、悪寒、頭痛、関節痛、脾腫、貧血、出血症状、低血糖、意識障害、急性腎不全、DIC、肺水腫/ARDS、その他(自由記載)であり、このうち出血症状、低血糖、意識障害、急性腎不全、肺水腫/ARDSのうちのいずれか、またはその他(自由記載)において衰弱、頻回の痙攣、アシドーシス、黄疸のいずれかの記載のある症例、または死亡例を重症例と定義した(注1)。

この結果、2006~2014年に報告されたマラリア症例557例のうち、重症と非重症の分類ができたのは549例であり、重症例は54例(9.8%、うち死亡例1例を含む)、非重症例は495例(90.2%)であった。原虫種別の重症例は、熱帯熱マラリア42/318例(13.2%)、三日熱マラリア6/163例(3.7%)、四日熱マラリア0/11例(0.0%)、卵形マラリア0/24例(0.0%)、不明6/33例(18.2%)であった。

重症例の割合の高い熱帯熱マラリア318例について特徴をまとめると()、年齢群別では、50歳以上の群で重症例の割合が16/44(36.4%)と高く、症例の姓から推定される出身地別(注2)の重症例は、国内31/ 183例(16.9%)、海外11 / 132例(8.3%)、不明0 / 3例(0.0%)であり、国内を推定出身地とする症例において重症例の割合が高かった。熱帯熱マラリアの推定感染地域別の重症例の割合は、アフリカ38/281例(13.5%)、アジア3/25例(12.0%)、オセアニア0/5(0.0%)、中南米0/2(0.0%)、不明1/5例(20.0%)であった。発症から5日以内に熱帯熱マラリアと診断された患者は、重症例で65.6%、非重症例で77.6%であった。

謝辞:感染症発生動向調査にご協力いただいている全国の地方感染症情報センター、保健所、衛生研究所、医療機関に感謝申し上げます。

注1 感染症発生動向調査の調査項目および自由記載に基づいて行ったものであり、検査の閾値等を設定したものではない。世界保健機関(WHO)のマラリア治療ガイドライン(2015年)における重症マラリアの定義にできるだけ従ったが、このうち、衰弱、頻回の痙攣、アシドーシス、黄疸については、感染症発生動向調査では自由記載に限られる。WHO定義における肺水腫は、感染症発生動向調査では肺水腫またはARDSである。WHO定義における重症貧血については、感染症発生動向調査に貧血という項目があるものの詳細が不明であるため、この分析における重症例の定義からは除外した。また、症状や死亡に関する情報は届出時点のものである。

注2 推定出身地は、症例の姓が漢字表記の場合に国内、それ以外の表記を海外とした。

 

参考文献

国立感染症研究所
  実地疫学専門家養成コース
  感染症疫学センター  
  寄生動物部 
  

 

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