複数国で報告されているエムポックスについて
(第4報)
2022年11月9日時点
2023年5月26日一部改訂
国立感染症研究所
概要
- 2022年5月以降、欧米を中心に、これまでエムポックスの流行が報告されてきたアフリカ大陸の国々(以下、常在国)への渡航歴のない症例が報告されており、7月23日に世界保健機関(WHO)事務局長が今回のエムポックスの流行が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当すると宣言した。2022年1月1日以降、2022年11月1日現在までに全世界で77,000例以上の症例が報告されている。
- 常在国外で報告されている症例の多くは男性であり、男性間で性交渉を行う者(MSM; Men who have sex with men)が多く含まれていることが各国から報告されている。MSM以外の男性、小児、女性の感染例の報告もある。
- エムポックスは、感染者の皮膚病変や近接した対面での呼吸器飛沫への一定時間以上の曝露(prolonged face-to-face contact in close proximity)、感染者が使用した寝具等の媒介物(fomite)により伝播することが知られてきた。今回の流行における一連の報告では、感染者にみられた病変の部位などから、性的接触に伴う伝播があった可能性が指摘されている。
- エムポックスは多くは自然軽快するが、小児や妊婦、免疫不全者で重症となる場合がある。2022年1月1日以降、常在国外を含め死亡例が36例報告されている。
- 11月2日現在、日本国内においては7例が探知されている。 うち3例は海外渡航歴があり、2例は海外渡航歴のある者との接触が確認されているが、9月下旬以降に探知された2例については海外渡航歴や海外渡航歴のある者との接触が確認できていない。
- エムポックスに類似する発疹等の症状がある場合は速やかに医療機関に相談することが望ましい。特に次のような者は、発疹の出現や体調に注意を払うことが望ましい。
➢サル等の患者または疑い例の者との接触のあった者
➢複数または不特定多数との性的接触があった者
なお、常在国外で報告されている症例については、皮疹の特徴や症状の経過に、これまでに知られているエムポックスの症状の特徴とは異なる所見があることが報告されており、注意が必要である。
- 諸外国では症例の探索、感染経路の調査が行われている。我が国では諸外国での知見を注視していくとともに、国内サーベイランスを強化し、患者発生時には積極的疫学調査により実態を速やかに明らかにする体制を構築している。また、適切に対応すれば感染拡大の封じ込めが可能な疾患であるので、注意喚起、早期の患者発見と対応が重要である。
- 特定の集団や感染者、感染の疑いのある者等に対する差別や偏見は、人権の侵害につながるため、客観的な情報に基づき、先入観を排した判断と行動がなされるべきである。
従来のエムポックスについて
- エムポックスは、エムポックスウイルス感染による急性発疹性疾患である。感染症法では4類感染症に位置付けられている。2022年の流行以前は、主にアフリカ中央部から西部にかけて発生しており、自然宿主はアフリカに生息するげっ歯類が疑われているが、現時点では不明である。潜伏期間は通常7~14日(5~21日)とされる。症状は発熱と発疹を主体とし、多くは2~4週間で自然に回復するが、小児等で重症化、死亡した症例の報告もある。また、一般に皮膚病変の痂皮化までが他者への感染性がある期間とされる。
詳細については国立感染症研究所「エムポックスとは」を参照のこと。なお、2022年から主に従来の流行地外で発生しているエムポックスは、症状や主たる患者層が従来の知見とは異なることから、以降の記載を参照すること。
国外の状況
- 2022年5月7日以降、欧米を中心とした各国からエムポックス患者の報告が続いている。
2022年5月7日に、英国は常在国であるナイジェリア渡航後のエムポックス患者の発生を報告した。以降、欧米を中心に常在国への渡航歴や患者への接触歴のないエムポックス症例が報告されている。WHOは7月21日にエムポックスに関する2回目の国際保健規則(IHR)緊急委員会を開催し、IHRに基づく「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」に該当するか議論を行なった。委員会での意見をふまえ、7月23日に事務局長が今回のエムポックスの流行がPHEICに該当すると宣言した (WHO, 2022b)。
10月20日に開催された3回目のIHR緊急委員会では、今回のエムポックスの流行が引き続きPHEICに該当するとされ、7月23日の声明を基本的に継続する方針となった。また、7月23日の声明では(1)エムポックスの発生歴のないもしくは21日以上検出されていない国、(2)エムポックス症例が発生している国、(3)人獣共通感染症として存在するもしくは動物の感染が確認されている国、(4)ワクチンや治療薬の製造能力を持つ国、と各国の状況に応じて推奨事項を分類していたが、(1)すべての国に対するエムポックスに対する準備について、(2)エムポックス症例が発生している国に対するアウトブレイク対応について、(3) 人獣共通感染症として存在するもしくはペットを含む動物の感染が確認されている国に対する人獣共通感染症として、(4)すべての国に対する医療資源の開発と展開について、と推奨事項ごとの分類に変更している(WHO, 2022e)。また、Monkeypox Strategic Preparedness, Readiness, and Response Plan (SPRP)では、「緊急時の調整、複合的なサーベイランス、コミュニティの防護、安全かつ拡張可能なケア、対策と研究」の5つの事項を軸とした統合的な支援計画を実施していくことが示されている。 (WHO, 2022f)。
WHOに加盟している常在国を含む109の国と地域から、11月1日時点で、1月1日以降に診断された77,264例の確定症例が報告されている (WHO, 2022a)。地域別には、南北アメリカ50,716例(65.6%)、欧州25,303例(32.7%)であり、常在国外では前例のない規模の流行となっている。全体的には減少傾向にあるが、増加傾向にある国もある。発生の減少に関しては、欧州疾病予防管理センター(ECDC)や米国疾病管理予防センター(CDC)は、行動変容、高リスクグループの中での免疫形成、ワクチン接種など、複数の要因が影響している可能性を指摘している(CDC, 2022c, ECDC, 2022d)。
- 症例の多くは若年男性で、患者との直接的な接触による感染が疑われている。
エムポックスは、ヒトからヒトへの感染の場合、感染者の皮膚病変や近接した対面での呼吸器飛沫への一定時間以上の曝露(prolonged face-to-face contact in close proximity)、感染者が使用した寝具等の媒介物(fomite)により伝播することが知られている。患者の皮膚病変のほか、血液、肛門、咽頭、尿などからエムポックスウイルスが検出され、特に皮膚病変、肛門からの検体がほかの部位と比較してウイルスDNA量が多いことが報告されている(Colavita F, 2022)。また、患者の精液からエムポックスウイルスが分離された報告があり、精液を介した感染の可能性が示唆されている(Lapa D, 2022)。治癒後のウイルス検出については、発症40日後の穿破したリンパ節、54日後の精液と唾液、76日後の唾液からエムポックスウイルスのDNAが検出された報告があるが、これらの感染性については不明である(Pettke A、2022)。発症間隔が潜伏期間より短いと推定されたことから、発症前のエムポックス患者から感染伝播した可能性が示唆されることも報告されている(Ward T, 2022)。
今回の流行で報告された症例の多くは男性であり、男性間で性交渉を行う者(MSM)が多く含まれていることが各国から報告されている(UKHSA, 2022a、ECDC, 2022a)。性別情報が得られた症例のうち、96.9%(43,513例/44,911例)は、男性であり、年齢の中央値は34歳(四分位範囲:29-41歳)であった。18歳未満の症例は1.2%(534例/45,616例)であり、138例が5歳未満であった。性的指向(sexual orientation)の情報が得られた確定症例のうち、87.3%(22,539例/25,805例)がMSMであった。また、感染経路の判明しているもののうち、71.7%(13,276例/18,513例)が性的接触であった。医療従事者の症例も857例報告されているが、ほとんどは医療機関外での感染であった(WHO, 2022a)。陰部病変を有するMSMにおける性的接触での伝播が示唆されており、性的な関係のネットワークで相互につながるコミュニティの一部にエムポックスが入った可能性があることを指摘している(ECDC, 2022a)。
一方で、海外渡航歴はあるものの感染経路不明の小児例の報告(van Furth AMT, 2022)や保健医療従事者の接触(fomite)感染(Salvato RS, 2022)、針刺し事故で感染した医療従事者の報告(Carvalho LB, 2022)、ピアスやタトゥーの施術施設で消毒が不十分な器具を介したと考えられる利用者間の感染伝播があった報告(del Rio Garcia V, 2022)もあり、性的接触以外での感染についても注意が必要である。 ただし、セックスパートナー以外の濃厚接触があった者における継続的な伝播は報告されていないことから、ECDCは引き続きMSMの一部を含む複数のセックスパートナーを有する者におけるリスクは中程度、一方、そのほかの幅広い層の人々のリスクは低い、と評価している(ECDC, 2022c)。
- 常在国外で報告されている症例については、これまでに知られているエムポックスの症状の特徴とは異なる所見があることが報告されており、注意が必要である。
何らかの症状が報告された32,074例のうち、発疹が27,431例(85.5%)と最も多くみられ、発熱が18,709例(58.3%)でみられた。発疹の中では全身性の発疹の報告が18,992例(59.2%)、性器周辺の発疹は14,772例(46.1%)にみられた。また、リンパ節腫脹は9,522例(29.7%)でみられた(WHO, 2022a)。その他合併症として、脳炎、心筋炎、関節炎などが報告されている(Badenoch JB, 2022, Rodriguez-Nava G, 2022, Fonti M, 2022)。入院の有無が判明した症例のうち6.6%(2,636例/37,141例)が隔離または治療のために入院していた(WHO, 2022a)。入院の理由として、重度の肛門直腸痛、皮膚病変のほか、心筋炎、急性腎障害、食事摂取困難なほどの咽頭痛などが報告されている(Thornhill JP, 2022)。また、HIVのコントロールが良好なHIV感染者は、非HIV感染者と同様の臨床経過をたどる可能性が指摘されている(Vivancos-Gallego MJ, 2022)一方で、HIVコントロール不良の患者で重症化した報告もされている(Miller MJ, 2022)。
今回の流行では、発疹は全身症状に先行して出現し、初期の小水疱から痂皮化したものまで様々なステージのものが非同期的に見られたこと(Antinori A, 2022, Duque MP, 2022, Hammerschplag Y, 2022,) など、過去の報告との違いが指摘されている。加えて、エムポックスを疑う症状のない者の直腸肛門検体からエムポックスウイルスが検出され、無症候性病原体保有者の存在が示唆される(De Baetselier I, 2022)が、無症候性病原体保有者が感染源となっているという直接的な証拠はなく、引き続き知見の収集が必要である(CDC, 2022b)。
- 常在国外を含め死亡例の報告がある。
2022年11月1日時点で計36例の死亡例が報告されており、地域別にはアメリカ地域16例、アフリカ地域14例、ヨーロッパ地域4例、東地中海地域1例、南アジア地域1例の死亡例が報告されている (WHO, 2022a)。
- 確定診断されている事例からはクレードIIのウイルスが検出されており、全ゲノム解析の結果では近縁のウイルスが多く検出されている。
クレードII(西アフリカ系統群)は、中央アフリカで主に流行するクレードI(コンゴ盆地系統群)と比較して、重症化しにくく、またヒトからヒトへの伝播性が低いとされる。11月2日時点で、今回の常在国外での発生と関連している系統からの分離株として993株の全ゲノム解析結果がNextstrainに登録されている(Nextstrain, 2022)。これらはいずれもクレードIIのB.1系統とその亜系統に属しており、互いに非常に近縁であることから、単一の起源の存在が示唆されている。また、2018年に英国、イスラエル、シンガポール、ナイジェリアで解析されたウイルスと近縁であること、当時検出されたウイルスから約50塩基の変異がみられ、想定されるエムポックスウイルスの変異の速度より速く変異が起こっていることが示唆された。しかし、多くの変異が加わった原因や、変異が流行の動態に影響を与えているかは不明である(Isidro J, 2022)。なお、2022年に米国、英国から今回の発生と関連しているウイルスとは近縁でない報告もされている。これらの症例では、いずれも常在国への渡航歴があることから、今回、常在国外で拡大している流行とは関連しない症例と考えられた (ECDC, 2022b, UKHSA, 2022c)。
近年、感染症や病原体等の命名は、偏見防止のために地理的な名称を用いない配慮がなされており、2022年8月12日に、WHOの専門家グループでエムポックスウイルスのコンゴ盆地系統群をクレードI、西アフリカ系統群をクレードIIとし、クレードIIにサブクレードとしてIIa、IIbを設ける名称変更に合意した(WHO, 2022d)。エムポックスの名称も現在変更が検討されている(Taylor L, 2022)
動物におけるエムポックス
- サル、げっ歯類、イヌなどでエムポックスの感染事例の報告があり、ヒトと動物の間でエムポックスウイルスが伝播する可能性がある。
エムポックスは1958年にカニクイサルの疾患として初めて報告された疾患であり、アフリカ大陸中央部から西部においてげっ歯類(ネズミの仲間)が自然界における宿主と考えられている。2003年に、アフリカから輸入されたげっ歯類を介して米国に持ち込まれたエムポックスウイルスが動物取扱業者でプレーリードッグに感染し、さらにヒトに感染させた事例が報告されている(CDC, 2022a)。症状については、サル等の霊長類では、皮疹・粘膜病変、発熱、リンパ節腫脹、呼吸器症状等が、プレーリードッグや齧歯類では、皮疹・皮膚粘膜病変等の症状が見られる一方で、無症状感染も見られる(CFSPH, 2022)。
英国は今回のエムポックスの流行開始後に実施した、エムポックス確定例が自宅で飼育しているペットに関する調査結果を報告した。それによると、2022年6月から9月の間に40例が飼育している154頭(うち犬42頭,猫26頭)が観察対象となったが、エムポックスの症状を呈したペットはなかった(Shepherd W, 2022)。一方で、自宅隔離中のエムポックスの感染者と接触したペットのイヌが感染し、皮膚粘膜病変を発症したとされる事例が報告されているが(Seang S, 2022)、感染していたという証拠は不十分であるという指摘がある(Sykes JE, 2022)。現在まで、イヌからヒトへ感染した事例、ヒトからイヌ以外の他の動物種への感染事例の報告はない。
しかし、多くの動物種がエムポックスウイルスを媒介する可能性があることから、エムポックスの感染者は野生動物やペットとの接触を避けるべきである。なお、CDCやECDCは、エムポックスへの感染を理由にその動物を安楽死させることは推奨していない。
ワクチンについて
- 世界保健機関(WHO)は、暫定ガイダンスにおいてエムポックスに対するワクチンとしてLC16ワクチンを含む痘そうワクチンの使用を推奨している。
痘そう(天然痘)ワクチンは、痘そうウイルスやエムポックスウイルスと同じオルソポックスウイルス属の一つであるワクチニアウイルスをワクチン株として使用したワクチンである。痘そうワクチンのエムポックスに対する予防効果については、天然痘根絶後の1980年代のコンゴ民主共和国でのデータでは85%と推定しているものがある(Fine PE, 1988)。また、2003年に米国で発生したエムポックスアウトブレイクの事後の調査では、痘そうワクチン接種者にはエムポックスウイルスに対する防御免疫が誘導されていたことが示されている(Karem KI, 2007, Hammarlund E, 2005)。オルソポックスウイルス属のウイルス間の抗原交叉はよく知られており、天然痘の根絶以後は、痘そうワクチンの効果については、動物実験で、当該動物種に感染し病原性のあるオルソポックスウイルス属のウイルスをチャレンジウイルスとして検討されてきた。その中で、サルにおけるエムポックスに対する予防効果についても示されてきた。
日本で開発された痘そうワクチン(一般名:乾燥細胞培養痘そうワクチン)は、天然痘の根絶期に使われたワクチン株であるリスター株を親株として作成されたLC16m8株由来の弱毒化生ワクチン(以下、LC16ワクチン)であり、痘そうに対する予防ワクチンとして承認されている。LC16ワクチンは、サルにおいて、エムポックスに対して、前世代ワクチン(天然痘根絶期に使われていたワクチン)に比べて中和抗体誘導量は低下する(Kennedy JS, 2011)が、前世代ワクチンと同様に高い発症予防効果が示されている(Saijo M, 2006, Iizuka I, 2017, Gordon SN, 2011)。また、ヒトにおいては、エムポックスウイルスに対する交叉中和抗体を誘導することが示されている(Kennedy JS, 2011)。痘そうワクチンのエムポックス予防効果については、引き続き科学的知見を取得する努力が求められているが、天然痘予防における痘そうワクチンの使用実績やこれらの動物モデルでの実験結果、限定的な疫学研究、観察研究の結果を踏まえて、世界保健機関(WHO)は、暫定ガイダンスにおいてエムポックスに対するワクチンとしてLC16ワクチンを含む痘そうワクチンの使用を推奨しており(WHO, 2022c) 、我が国においても2022年8月2日に、LC16ワクチンのエムポックスへの適応追加が承認された。
LC16ワクチンの安全性については、昭和49年度に約5万人の小児に接種され、重篤な副反応は報告されなかった。また詳細に臨床症状を観察し得た10,578例での発熱率は7.7%であり、その他の副反応もいずれも軽症だった(山口, 1975)。成人の接種においても、米国での154人の治験(Kennedy JS, 2011)、2002年から2005年に国内で行われた接種3,221例 (Saito T, 2009)においても、重篤な副反応は報告されていない。
米国では、ワクチン未接種者におけるエムポックスの発症は、MVA-BNワクチン1回接種後14日経過した者に比較して、14.3倍(95%信頼区間:5.0-41.0)高かったとの報告がある(Payne AB, 2022)。また、400人のエムポックス患者のうちMVA-BNワクチン接種後の症例が90例あり、そのうち69例は14日以内の発症であることから、ワクチン接種前にエムポックスに曝露した可能性が示唆された一方、28日以降に発症したものが8例含まれたと報告された(Hazra A, 2022)。ただし、今回の流行におけるエムポックスに対する痘そうワクチンの有効性に関する報告は限られており、ヒトにおけるエムポックスに対するワクチンの有効性の程度を明らかにするには、引き続き知見の集積が必要である。
- 曝露後予防として濃厚接触者、曝露前予防としてエムポックス診療を行う可能性が高い医療従事者、エムポックスウイルスを取り扱う研究者、検査技師、公衆衛生対応チームが当面接種を考慮する対象と考えられる。
エムポックスの流行を防ぐ手段として、現時点でのリスクとベネフィットを考慮すると、痘そうワクチン(日本ではエムポックスへも適応追加済みとなっている)の集団接種は必須ではなく、また世界的に推奨されていない。WHOは、サーベイランスや早期診断・治療、接触者追跡等の公衆衛生対応で流行のコントロールは可能であると考えられるが、これらの公衆衛生対策を追加的に補完する方法としてワクチン接種が検討されるべきであるとしている(WHO, 2022c)。接種は、リスクとベネフィットを勘案したケース・バイ・ケースの判断となるが、エムポックス患者の接触者に対する曝露後ワクチン接種(PEPV:Post-exposure Preventive Vaccination)、職業曝露高リスク者、高リスクグループに対しての一次予防(曝露前)ワクチン接種(PPV:Primary preventive vaccination)が推奨されている(WHO, 2022c)。
PEPVについては、エムポックス患者の濃厚接触者(患者の性的パートナー、同居人、適切な個人防護具を着用せずに患者の皮膚、粘膜、体液、呼吸器飛沫、体液に汚染された物質(寝具など)に触れた可能性のある人)について、発症リスクと重症化予防を目的として、曝露後14日以内かつ発症前、理想的には曝露後4日以内の接種が推奨されている。PPVは、職業曝露高リスク者(エムポックス患者に接する可能性のある医療従事者、エムポックスウイルスを取り扱うラボ従事者、エムポックス診断を実施する臨床ラボ従事者、アウトブレイク対応チーム)及び高リスクグループ(ゲイ・バイセクシュアルその他MSMを自認する者、複数の性的パートナーがいる者)に対して推奨されている(WHO, 2022c)。ECDCが実施した数理モデルによる曝露前・曝露後ワクチン接種の意義の検討では、設定された条件下※でPPVの接種率が20%の場合、接触者の追跡成功率を上げなければアウトブレイクを抑制する確率に大きな変化はないが、PPVの接種率が80%の場合、12週後までにアウトブレイクを抑制する確率が75%以上まで上昇するとしており、特に接触者の追跡が困難な場合にPPVは有効なワクチン接種戦略であるとして、加盟各国で個別に接種対象が検討されている(ECDC, 2022c)。
※症例の隔離がほぼ実施され2次感染を防ぐ効果が90%、接触者の追跡が定期的な接触(家庭内等特定の人との接触)の50%、非定期的な接触(イベント等での不特定多数との接触)の10%で成功し、ワクチン接種が有症状者の発生から6週間後に開始されたと仮定している。
WHOは、痘そう/エムポックスワクチンの使用はエムポックスのコントロールと伝播の予防に有効であることが期待される一方で、ヒトにおけるエムポックス感染に対する予防効果についての臨床やフィールドでのデータは非常に限られており、臨床的な効果や最も適切な使用については未知の部分が多数存在するとしている(WHO, 2022c)。PEPVの有効性については、天然痘撲滅前のフィールドでの使用経験や動物モデルを用いたデータから検討されてきた。しかし、現在発生しているエムポックスの感染経路と臨床症状は、これまでよく知られている古典的なエムポックスのそれとは異なっている。また、PEPVの動物モデルも、ウイルスの動物への曝露方法やワクチンの投与経路やタイミングの設定において、ヒトの臨床症状を代替する評価モデルとして確立されたものではない(Keckler MS, 2013)。そのため、ヒトにおけるPEPVがエムポックスの発症予防にどの程度有効であるかについて、ランダム化比較試験など厳格な臨床試験に基づいた知見がある訳ではない。また、PPVについても同様に、古典的なエムポックスと今回の流行におけるエムポックスの感染経路と臨床症状の違いを考慮すると、今回の流行において、どの程度発症予防に有効であるかは現時点では知見がない。このため、国内では、PPVにおけるエムポックスに対するLC16ワクチンの免疫原性・安全性の評価のための臨床研究の他、エムポックス患者の接触者への痘そうワクチン投与を行う臨床研究が実施されている。
目下の国内における流行状況を鑑みれば、国内で報告された感染者数は少数であり、市中における感染リスクは極めて低いと考えられる。このため、曝露後予防として感染者が国内で見つかった際の濃厚接触者に加え、個人の(曝露前)感染予防を目的として、職業曝露のリスクが高い者(エムポックス診療を行う可能性が高い医療従事者、エムポックスウイルスを取り扱う検査担当者、エムポックス患者の疫学調査や搬送に関与する保健所等の行政職員)については、当面リスクベネフィットを評価しつつ、本人の希望に応じて接種機会を提供されるべき対象と考えられる。
なお、WHOの暫定ガイダンスで推奨されている高リスクグループへのPPVについては、主としてコミュニティにおける流行抑制を目的とするものであるが、現在の国内の発生状況を鑑みると、直ちに接種機会を提供するべき状況にはない。ただし、海外渡航歴の無い者や海外渡航歴がある者との接触歴が無い者も報告されつつある状況に留意し、今後の国内の発生状況によってはアクセスを速やかに確保することを検討する必要が生じうる。
治療薬について
- いくつかの抗ウイルス薬について、in vitroおよび動物実験での活性が証明されており、エムポックスの治療に利用できる可能性があるが、エムポックスに対する薬事承認を得ているのはEUにおけるテコビリマット(Tecovirimat, ST-246/TPOXX)のみである。
テコビリマットは、米国SIGA Technologies 社が開発した抗ウイルス薬であり、2018年に米国で経口の抗天然痘薬として承認され、2022年5月に同適応の静注薬として承認された(US FDA, 2018, SIGA, 2022)。また、エムポックスの治療薬としては承認されていないが、食品医薬品局(FDA)が規定する治験薬への拡大アクセス(Expanded Access to Investigational New Drugs for Treatment Use (EA-IND))プロトコル下で使用されている。EUでは天然痘、ワクチニア症、エムポックス、牛痘に適応がある経口薬として承認された(European Medicines Agency, 2022)。いずれも臨床試験で効果を評価することは困難であることから、非ヒト哺乳類(サル)を含む複数の動物での致死的チャレンジ試験のデータにより有効性が評価されている。エムポックスに対する効果については、サルにおけるエムポックスの致死的チャレンジ試験でも有効性が確認されている(US FDA, 2018, Grosenbach DW, 2018)。英国から報告されたヒトでのエムポックスの治療例1例では、他の抗ウイルス薬であるブリンシドフォヴィル(brincidofovir)で治療された3例と比較して、症状及び上気道ウイルス排出期間が短く、退院までに有害事象は確認されなかった(Adler H, 2022)。また、米国から3例、ドイツから3例報告されたヒトでのエムポックスの治療例の報告では、いずれの症例も重症化せず経過し、重篤な有害事象は確認されなかった(Matias WR, 2022, Hermaussen L, 2022)。ヒトにおける安全性は359人で評価された報告があり、最も多い副作用は頭痛(10人に1人程度)と吐き気(最大10人に1人程度)で後遺症なく回復している(European Medicines Agency, 2022, Grosenbach DW, 2018)。
また、ヒトでの第2世代天然痘ワクチン接種後の重篤な副反応例に対しての治療目的の使用例があるが(Vora S, 2008, CDC, 2009, Lederman ER, 2012, Whitehouse ER, 2019, Lindholm DA, 2019)重篤な副作用は見られていない。
米国からはEA-INDプロトコル下でテコビリマットを投与されたHIV感染者254人を含むエムポックス患者549人の報告があり、情報の得られた369人のうち、12人(3.5%)で頭痛、悪心、視覚障害、衰弱、精神症状などの有害事象がみられた。また、情報の得られた174人の自覚症状改善までの期間は、HIV感染者と非HIV感染者で差は見られなかった(O‘Laughlin K, 2022)。
国内の状況
- 2022年11月2日時点で、国内では7例が探知されている。
エムポックスは、感染症法上で4類感染症に位置付けられており、患者もしくは無症状病原体保有者を診断した医師、感染死亡者及び感染死亡疑い者の死体を検案した医師は、ただちに最寄りの保健所への届出を行う必要がある。
2022年7月25日に、欧州でその後エムポックスと診断された者と接触した後、帰国後に発症した東京在住の成人男性が、エムポックスと診断された(厚生労働省, 2022b)。本症例は現行の感染症発生動向調査で集計が開始された2003年以降、国内で探知された初めてのエムポックス症例となった。2022年11月2日までに国内で探知された7例のうち3例は海外渡航歴があり、2例は海外渡航歴のあるものとの接触が確認されていたが、9月下旬以降に探知された2例については、本人に海外渡航歴がなく、海外渡航歴のある者との接触歴は確認できていない(厚生労働省, 2022b)。これらの状況から厚生労働省は、より一層、国内外の発生動向等に注意する必要があるとして、2022年5月20日に発出した地方自治体への、注意喚起と情報提供への協力依頼 (令和4年5月20日付厚生労働省健康局結核感染症課事務連絡「サル痘に関する情報提供及び協力依頼について」)を改正し、再度の周知徹底を促した(令和4年10月6日最終改正)。
なお、感染症法に基づき届出られたエムポックスの直近の報告数においては、感染症発生動向調査週報(IDWR)を参照いただきたい。
国内における対策
- 早期の患者発見と積極的疫学調査、検査体制の構築
エムポックスは、早期の患者発見と接触者の追跡により、ヒトからヒトへの感染連鎖を断つことが可能な疾患である。厚生労働省は、2022年5月20日に地方自治体に対し、注意喚起と情報提供への協力依頼を行っている(厚生労働省, 2022a)。今回の常在国外の発生ではその疫学的動向が既知の知見と異なっていることから、迅速に積極的疫学調査を行うことが求められる。実施要領については、事務連絡(厚生労働省, 2022a)に示されている。また、今般の流行の疫学的知見を踏まえ、厚生労働省は、2022年8月10日に感染症法に基づくエムポックスの届出基準の改正を行った(厚生労働省, 2022c)。エムポックスに類似する発疹等の症状がある場合は速やかに医療機関に相談することが望ましい。特に以下の者は、皮疹の出現がないか等、体調の変化に注意を払うことが重要である。疑い例に関する暫定症例定義が事務連絡に示されている(厚生労働省, 2022a)。
以下の①、②を満たす者とするが、臨床的にエムポックスを疑うに足るとして主治医が判断をした場合については、この限りではない。
① 少なくとも次の1つ以上の症状を呈している
・説明困難な急性発疹(皮疹または粘膜疹)
・発熱
・頭痛
・背中の痛み
・重度の脱力感
・リンパ節腫脹
・筋肉痛
・倦怠感
・咽頭痛
・肛門直腸痛
・その他の皮膚粘膜病変
② 以下のいずれかに該当する
・発症21日以内に複数または不特定の者と性的接触があった
・臨床的にエムポックスを疑うに足るとして主治医が判断した
・発症21日以内にエムポックス常在国やエムポックス症例が報告されている国に滞在歴がある者と接触(表. レベル中以上)があった
・発症21日以内にエムポックス常在国やエムポックス症例が報告されている国に滞在歴があった
・発症21日以内にエムポックスの患者又は発熱や発疹等の症状がある者との接触(表. レベル中以上)があった
表.接触状況による感染リスクのレベル
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エムポックス患者等との接触の状況 |
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創傷などを含む粘膜との接触 |
寝食を共にする家族や同居人 |
正常な皮膚のみとの接触 |
1m以内の接触歴3) |
1mを超える接触歴 |
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適切なPPEの着用や感染予防策 |
なし |
高1) |
高2) |
中1) |
中 |
低 |
あり |
― |
― |
― |
低 |
低 |
1)エムポックス常在国でのげっ歯類との接触を含む
2)寝具やタオルの共有や、清掃・選択の際の、各定例の体液が付着した寝具・洋服等との接触を含む
3)接触時間や会話の有無等周辺の環境や接触の状況等個々の状況から感染性を総合的に判断すること
また、国内においてエムポックス疑い例に対して迅速に確定診断のための検査を実施できる体制の整備が進められている。病原体検査のために必要な検体採取、保存方法については、事務連絡(厚生労働省, 2022a)に示されている。
- エムポックスの患者等への注意事項
皮疹が完全に治癒し、落屑するまでの間は周囲のヒトや動物に感染させる可能性があるため、感染者はヒトやペットの哺乳類との接触を避けるべきである。また、小児や妊婦、免疫不全者との密な接触や、性的接触(症状が消失した後もコンドームの着用等、性感染症のリスク回避を心がける。)も避けるべきである。
接触者についても、接触後21日間、発症時には速やかにヒトやペットの哺乳類との接触を避け、医療機関を受診することが求められる。また、症状が出ていない場合でも、小児や妊婦、免疫不全者との密な接触や、性的接触をできる限り控えるべきである。
エムポックスの患者は上記の症状が消失するまで間、接触者については、接触後21日間は献血を避けるべきである。
推奨される感染予防策については、「エムポックス患者とエムポックス疑い例への感染予防策」(国立感染症研究所、国立国際医療研究センター国際感染症センター(DCC). 2022)を参照のこと。
感染者が飼育しているペットに関して、感染者が発症後にペットと接触していない場合、自宅外で世話をしてもらうように知人など依頼し、回復後に自宅を消毒してから自宅に戻すことが推奨される。また、感染者が発症後にペットと接触した場合は、最終接触から21日間、ヒトや他の哺乳類との接触を避けることが推奨される。感染者が自宅でペットの世話をする場合は皮疹を覆い、サージカルマスクを着用することが推奨される。一方で、ペットがエムポックスに感染した可能性がある場合、ケージなどにいれて隔離し、接触する場合は手袋、サージカルマスク、目の防護具、ガウンの着用が推奨される。
- 臨床的対応体制の構築
➢ 診療指針について
今般の流行における臨床徴候の詳細については、国立国際医療研究センター国際感染症センター「エムポックス診療指針」を参照のこと。
➢ 治療薬、ワクチンについて
日本国内においてエムポックスに対して承認された治療薬はない。ワクチンについては、痘そうワクチンであるLC16ワクチンのエムポックスへの適応追加が8月2日に承認された。欧州・米国等で承認されている天然痘治療薬が治療に有効であることが示唆されている。
以下のとおり、エムポックスの患者への治療薬の投与、接触者へのワクチン接種に関する臨床研究を実施している。
・ 国内で発生したエムポックスの患者に対してTecovirimatを投与し、安全性・有効性を評価するもの
・ エムポックス患者と接触して14日以内の者に対してLC16ワクチンの接種を行い、安全性・有効性を評価するもの
患者又は接触者が 上記臨床研究の要件に合致し、当該者が臨床研究に関する説明を受け合意した場合には臨床研究に参加することが可能である。 - 差別や偏見への対策
特定の集団や感染者、感染の疑いのある者等に対する差別や偏見は、人権の侵害につながる。さらに、受診行動を妨げ、感染拡大の抑制を遅らせる原因となる可能性がある。偏った情報や誤解は差別や偏見を生むため、客観的な情報に基づき、先入観を排した判断と行動がなされるべきである。
注意事項
- 迅速な情報共有を目的とした資料であり、内容や見解は情勢の変化によって変わる可能性がある。
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関連項目
- 国立感染症研究所 エムポックス
更新履歴
2023年5月26日 政令改正に伴い、「サル痘」から「エムポックス」に名称変更
第4報 2022/11/9時点
第3報 2022/9/13時点
第2報 2022/7/12時点 注)第1報からタイトル変更
「複数国で報告されているエムポックスについて」
第1報 2022/5/24時点
「アフリカ大陸以外の複数国で報告されているエムポックスについて」