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高齢者肺炎球菌感染症に対する定期接種率と累積接種率の推計値について

(IASR Vol. 45 p12-14: 2024年1月号)
 

2014年10月に高齢者の肺炎球菌感染症は個人予防目的に比重を置くB類疾病に位置付けられ, 肺炎球菌ワクチン(23価莢膜ポリサッカライドワクチン: PPSV23)が定期接種に導入された。65歳の者および60歳以上65歳未満で日常生活が極度に制限される程度の基礎疾患を有する者を対象として, 1回接種することとなった。

国民の65歳以上の幅広い年齢層約3,600万人に定期接種を円滑に実施するために, 2014年10月~2019年3月までの1期目の5年経過措置として, 各年度に65歳, 70歳, 75歳, 80歳, 85歳, 90歳, 95歳および100歳となる者を接種対象とした(2014年度は100歳以上の者も接種対象)。1期目の5年経過措置の定期接種実施率(以下, 接種率)は32.4-38.3%であり1), 本経過措置において十分な接種機会があったとは言い難いとの理由から, 2019年度以降にも2期目の5年経過措置の継続が決まった。2期目の5年経過措置における接種率は2019, 2020, 2021年度のそれぞれで13.7%, 15.8%, 14.0%と低下した1)。このうち, 65歳の者と, 60歳以上65歳未満の者であって前述の基礎疾患を有する者の接種率は36.8-39.8%であった1)。しかしながら, 2期目の接種率の算出において, 1期目で接種済みの者は除外されていない人口当たりの接種率とされており, 接種対象者数当たりの接種率は把握できていない。このため, 高齢者の侵襲性肺炎球菌感染症の発生動向に対する2期目の5年経過措置を含む定期予防接種制度を十分に評価できない。

今回, 我々は政府統計ポータルサイトであるe-statで利用可能なデータを用いて, 65歳以上の5年経過措置における各年度の接種対象者数当たりの接種率(以下, 対象者数当たり接種率)および年齢(出生年度)別推定累積接種率の算出を試みたので報告する。

方 法

2023年8月時点でe-statにて公開されている2014~2021年度の年齢別接種者数2)および各年の年齢別10月1日時点人口3)を用いた。表1には高齢者肺炎球菌ワクチンの各年度の定期接種率の推計を示した。各年度の接種者数と人口推計値から人口当たり接種率(表1の項目C)を算出した。2期目の5年経過措置にあたる2019~2021年度には, 初めての接種機会となる65歳は人口を, 2回目の接種機会となる70歳以上の各対象年齢は, 各対象年齢の人口に1期目の未接種率を乗じた各年齢の接種対象者の和から各年度の接種対象者数(表1の項目D)を算出し, 対象者数当たり接種率(表1の項目E)を算出した。表2には2021年度末時点の年齢別の推定累積接種率を以下のように算出した。ある年齢コホートの1期経過措置期間(2014~2016年度)における人口をP1, 接種者数(接種実績本数)をV1, 人口当たり接種率をVC1, 2期経過措置期間(2019~2021年度)におけるそれらをP2, V2, VC2とすると, VC1=V1/P1, VC2=V2/P2となる。時間経過によりコホート人口は減少するが(P1>P2), 減少率(死亡率)がワクチン接種と無関係であり, かつ1回接種した者が再接種することがないと仮定し, 2期経過措置期間終了時点における推定累積接種率はVC1+VC2とした。表3には2期目(2019~2021年度)の年齢別対象者数当たり接種率を算出した。なお, 5年経過措置1期目(2014~2018年度)の全年齢の者および2期目(2019~2021年度)の65歳の者の対象者数当たり接種率は, 初回の接種機会であることから, 人口当たり接種率として算出した。

結 果

2014~2021年度の定期接種率の推計値を表1に示す。人口当たり接種率(表1の項目C)は1期目の2014~2018年度に32.2-36.8%に対し, 2期目の2019~2021年度は13.8-16.0%であった。1期目の既接種者を除く, 2019~2021年度の対象者数当たり接種率(表1の項目E)は19.8-21.7%であった。

次に年齢(出生年度)別人口当たり接種率および推定累積接種率を表2に示す。年齢は2期経過措置の対象年齢とした。2014~2016年度の接種率は75歳(1944~1946年度生まれ)の40.3%が最も高く, 加齢にともない, 接種率が低下する傾向であった。2019~2021年度では, 65歳(1954~1956年度生まれ)の接種率は39.2%であり, 70歳(1949~1951年度生まれ)の2014~2016年度接種率(39.1%)と同程度であった。一方, 2019~2021年度(2期目の経過措置)の70歳以上の各年齢では, 人口当たり接種率で7.1-9.5%, 対象者数当たり接種率(表3)で10.2-15.6%であり, 2014~2016年度と比較して低値であった。各年齢の推定累積接種率は33.6-49.1%であり, 2014~2016年度の接種率と同様, 75~79歳(1944~1946年度生まれ)をピークに加齢にともない推定累積接種率は低下傾向であった。

考 察

今回算出した2019~2021年度の接種対象者当たりの接種率は19.8-21.7%であり, 人口当たりの接種率(13.8-16.0%)では約6%過小評価となっていた(表1)。年齢(出生年度)別に接種状況をみると, 2期目の経過措置となる70歳以上の各年齢の対象者数当たり接種率は10.2-15.6%と低いものの(表3), 推定累積接種率は1期目の経過措置で24.5-40.3%から2期目の経過措置で33.6-49.1%へ上昇している(表2)。肺炎球菌性肺炎や侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)のリスクは加齢によって高まることが知られているが4,5), 推定累積接種率は85歳以上で低下傾向であった。また, 2019~2021年度の富山県内の2自治体における定期接種実施率は, 65歳では40-50%, 70~100歳では15-20%であった6)。富山県内の2自治体の定期接種実施率は今回の65歳および70歳以上の全国の定期接種実施率の推計値と比較して約5%高い結果であった。富山県内では対象者への個別通知を行っているのに対し, 今回算出した全国での定期接種実施率の推計値では, 接種対象者への個別通知を実施していない自治体が一定数含まれる可能性が考えられた。この接種対象者への個別通知がない場合は, 定期接種実施率が低下する可能性がある。

本解析の限界として, 3点考えられる。最初に70歳以上(1951年度以前生まれ)の接種対象者数および累積接種率の推計は, ワクチン接種の有無により死亡率が一定であると仮定し算出した。仮にワクチン接種者の死亡率が未接種者と比較して低い場合, 推定累積接種率を過小評価している可能性がある。2点目に人口推計において, 100歳以上人口を一括して集計しているため, 100歳および100歳以上の接種率は算出できなかった。最後に2023年8月時点でe-statに公開されているデータが2021年度までであるため, 今回の検討では2期目の5年経過措置の全期間を評価できていない。

定期予防接種制度において, 定期接種実施率の評価は不可欠である。65歳以上に対する5年経過措置を含む肺炎球菌ワクチンの定期接種実施率の評価が, 今後の予防接種制度に反映されることが期待される。

 

参考文献
  1. 厚生労働省, 定期の予防接種実施者数
    https://www.mhlw.go.jp/topics/bcg/other/5.html
  2. 総務省, 「人口推計」各年10月1日現在人口
  3. 厚生労働省, 「地域保健・健康増進事業報告」市区町村が実施した定期の予防接種の接種者数・対象者数, 市区町村, 対象疾病別
  4. Morimoto K, et al., PLoS One 10: e0122247, 2015
  5. 国立感染症研究所, 侵襲性肺炎球菌感染症の届出状況, 2014年第1週~2021年第35週 2021年10月20日現在
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/pneumococcal-m/pneumococcal-idwrs/10779-ipd-211126.html
  6. 田村恒介ら, IASR 44: 5-6, 2023
富山県衛生研究所  
 田村恒介 大石和徳
国立病院機構東京病院
 永井英明

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