国立感染症研究所

IASR-logo
 

弱毒セービン株1型ポリオウイルスに対する血中中和抗体価の上昇が認められた小児の一例

(IASR Vol. 40 p199-200:2019年11月号)

はじめに

わが国では, 野生株ポリオウイルスによるポリオ患者の発生が40年近くなく, 2012年9月以降は不活化ポリオワクチン(inactivated polio vaccine: IPV)が定期接種として導入されて経口弱毒生ポリオワクチン(oral polio vaccine: OPV)は使用されていない。このような状況の中で, 経年的な調査において弱毒Sabin株1型ポリオウイルスに対する抗体価の上昇が認められた小児例が見出されたため, 報告する。

症 例

2010年2月生まれ, 9歳, 男児。既往歴に特記すべき事項はなし。乳児期に4種混合ワクチン(沈降精製百日せき, ジフテリア, 破傷風, 不活化ポリオ(Sabin株)混合ワクチン/DPT-sIPV), テトラビック皮下注シリンジ/一般財団法人阪大微生物病研究会(BIKEN財団)の治験(BK-4SPの健康小児を対象とした検証的試験)に参加し, 2010年5月~2011年3月にかけてDPT-sIPVを4回接種されている。その後にDPT-sIPV, IPV, OPVの追加接種歴はない。免疫グロブリン製剤の投与歴もない。また, 父母との3人家族で, 男児の生後, 家族に海外渡航歴はない。

研究方法

本症例は, DPT-sIPVの4回目の接種後の採血をもって治験終了後も, 当科における臨床研究(院内の倫理委員会で承認)として, 弱毒Sabin株および強毒株ポリオウイルス, ジフテリア, 破傷風, 百日咳の各病原体またはトキソイドに対する抗体価の追跡調査に参加している。研究のための採血は, 3歳以降, 原則として年1回行っている。研究目的以外に通常診療として採血の機会があった場合には, その残血清も抗体価の測定に供する。

ポリオウイルスに対する血中中和抗体価の測定は, BIKEN財団において, 世界保健機関(WHO)法1)に則って実施されている。抗体価は, 試料を2セットずつ用意し, 接種ウイルスを50%中和した血清の希釈倍数で表す。

検査結果(

弱毒Sabin株1型ポリオウイルスに対する中和抗体価は, 1回目のワクチン接種前 (月齢5) 1:24.0, 3回目のワクチン接種1カ月後(月齢7)1:28.0, 追加接種前(1歳1か月)1:26.5, 追加接種1カ月後(1歳2か月)1:29.5。この後, 抗体価は2歳2か月 1:27.5, 2歳3か月1:26.5, 3歳3か月1:27.0, 4歳3か月1:25.5, 5歳1か月1:25.0, 5歳10か月1:25.5と漸減傾向であったが, 6歳6か月に1:211.0と上昇し, 以後再び7歳6か月1:28.0, 8歳6か月1:27.5と低下してきている。弱毒Sabin株2, 3型, および強毒株のポリオウイルスについては, 同様の抗体価の上昇は認められていない。また, 抗体価上昇の前後で, 男児は特段の症状を呈していない。

考 案

わが国では1980年を最後に, 野生株ポリオウイルスによるポリオ患者の発生はない。また定期接種としてのポリオワクチンは, 2012年9月以降, OPVからIPVおよびDPT-sIPVへと切り替えられ, OPVの最終ロットは2014年8月末で有効期限切れとなっている。したがって2014年9月以降, 野生株とワクチン株のいずれについても, 国内でポリオウイルスに曝露される機会は, 理論上, 海外からの輸入例と接触する以外にない。

本症例では, 追加接種となる4回目のDPT-sIPVの接種後に漸減傾向にあった抗体価が, 弱毒Sabin株1型に対してのみ6歳時に, その前回値の25.5(≒45.3)倍となる上昇を示し, 7, 8歳時には再び低下傾向に転じている。ポリオワクチンの追加接種歴も海外渡航歴もないことから, 5歳(2015年12月)と6歳(2016年8月)の検査の間に弱毒Sabin株1型に対する抗体価にブースターがかかるエピソード, すなわち国内でポリオウイルスに何らかの形で曝露された可能性を示唆するものである。同じ1型でも, 弱毒Sabin株に対する抗体価は上昇していたが強毒株(Mahoney株)のそれは影響なく減衰()しており, ワクチン株の1型ポリオウイルスの関与が推定される。

テトラビック皮下注シリンジに含まれるIPVは, 世界で初めて開発された, 弱毒Sabin株のポリオウイルスを由来とする不活化ポリオワクチンである。その治験において, 接種後の弱毒セービン株および強毒株ポリオウイルスに対する中和抗体価は, 前者は1, 2, 3型いずれも平均して上昇していたが, 後者は1型のみが低い傾向が認められた2)。また, 3回接種後の強毒株に対する中和抗体陽性率および95%信頼区間([ ]内)は, 2型および3型では100%(246/246例)[98.5, 100]であったのに対して, 1型は98.8%(243/246例)[96.5, 99.7]であり, 246例中3例が陰性であった2)。これらは, 弱毒Sabin株由来のポリオワクチンの接種に対して, 生体としての強毒株1型に対する交差反応性が, 2, 3型と比較するとやや低い可能性を示唆するものである。またIwaiらは, 血清疫学調査により, OPV(弱毒Sabin株)により免疫された集団において, 強毒株1型(Mahoney株)に対する反応性が低い傾向を示している3)。これらより, 本症例においても, OPVに用いられる弱毒Sabin株1型のウイルスに何らかの形で曝露され, それに対する抗体価が上昇した一方で, 強毒株1型(Mahoney株)については反応が惹起されなかったのではないかと推察される。

環境水サーベイランスの報告によると, 2014年と2016年, 九州の調査地点で採取された検体より, いずれも3型ポリオウイルスが分離され, 国立感染症研究所でワクチン株であることが確認されている4,5)。海外でOPVの接種歴のある渡航者により持ち込まれたワクチン株ウイルスが, 環境水中に流れ込んだものと推定される。また2014年には, 熊本市で感染性胃腸炎と診断された小児の便検体から1型ポリオウイルスが分離され, やはりワクチン株であると同定されている6)。この児は発症前の同月内にエジプトへの渡航歴があり, 現地でOPVを接種されていた6)

静岡市では環境水サーベイランスが実施されておらず, 地域におけるポリオウイルスの浸淫状況は不明である。しかし, 静岡県内には国際拠点港湾にも指定される清水港のほか, アジア各国への国際線が就航する富士山静岡空港もあり, 海外からポリオウイルスが持ち込まれる可能性は常にあると考えるべきである。九州における環境水サーベイランスの結果と熊本市の事例を踏まえると, 同様に海外から何らかの形で静岡市近郊に持ち込まれた弱毒Sabin株1型ポリオウイルスに本症例が曝露されたものの, 感染防御レベルを超える血中抗体を有していたことから, 抗体価としてブースターがかかるのみで発症には至らなかったという推論は十分に成り立つ。

本症例は, 臨床研究として経年的に抗体検査を行っていた25症例のうちの1例である。胃腸炎症状や神経症状のない健康な児でもあり, 通常では捕捉され得ない見出され方であるが, 率としては決して小さな数字ではない。アジアの一部の国等では, 伝播型ワクチン由来ポリオウイルス(circulating vaccine-derived polio-virus: cVDPV)によるポリオ流行が現在進行形の問題である7)。2019年にはラグビーのワールドカップ, 2020年にはオリンピックがわが国で開催され, 多くの外国人の訪問が見込まれる。参加国には現在もOPVを使用している国が含まれ, 接種後間もない幼少の家族が応援のために来日し, 長期滞在することも考えられる。国内でワクチン株ポリオウイルスに曝露される機会が著増することも, 危機管理として想定すべきである。

ポリオウイルスへの感染による患者発生を防ぐために, 国内各地での環境水サーベイランスの強化と, ポリオウイルスの感受性者の低減を目的としたワクチン接種の徹底8)は, 喫緊の課題である。

結 論

DPT-sIPVの4回接種後, 6歳の時点で弱毒Sabin株1型ポリオウイルスに対する抗体価の上昇が認められた一例を経験した。何らかの形でワクチン株のポリオウイルスに曝露された可能性が考えられた。わが国へのポリオウイルスの輸入・伝播を監視する体制を緩めないことと, ポリオを含むワクチンの接種率を高く維持していくことが不可欠である。

 

参考文献
  1. Manual of laboratory methods for testing of vaccines used in the WHO Expanded Programme on Immunization. WHO/VSQ/97.04 Part2.10. p. 65-71:1997
    https://apps.who.int/iris/handle/10665/63576
  2. テトラビック皮下注シリンジ 審議結果報告書(2012年07月27日)医薬食品局審査管理課
    http://www.pmda.go.jp/drugs/2012/P201200102/630144000_22400AMX00781_A100_1.pdf
  3. M. Iwai, et al., Acta virologica 50: 139-143, 2006
  4. 吉田 弘ら, IASR 37: 27-29, 2016
  5. 吉田 弘ら, IASR 39: 67-69, 2018
  6. 西澤香織ら, IASR 36: 86-87, 2015
  7. 中村朋史ら, IASR 37: 24-26, 2016
  8. IASR 37: 17-18, 2016
 
 
JA静岡厚生連 静岡厚生病院 小児科
 田中敏博
川崎医科大学 小児科
 中野貴司
福岡看護大学
 岡田賢司

Copyright 1998 National Institute of Infectious Diseases, Japan

Top Desktop version