ポリオ 2016年現在
(IASR Vol. 37 p. 17-18: 2016年2月号)
急性灰白髄炎(ポリオ)は、ポリオウイルスが中枢神経に感染し、運動神経細胞を不可逆的に障害し弛緩性麻痺を起こす急性感染症である。特異的治療薬は存在しないため、ポリオワクチンによる予防接種がポリオの発症予防・流行制御の基本戦略となる。ポリオは、感染症法において2類感染症に分類され、診断した医師は無症状病原体保有者(ワクチン株を除く)、ワクチン関連麻痺(VAPP)、ワクチン接種者からの二次感染症例を含むすべての患者を届出なければならない(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-02-01.html)。典型的な臨床症状である急性弛緩性麻痺(AFP)由来糞便検体からのポリオウイルス分離・同定・遺伝子解析による確定診断は、ポリオサーベイランスに不可欠である。
世界ポリオ根絶の状況:1988年、世界保健機関(WHO)は世界ポリオ根絶計画を提唱し、以来ポリオ症例数および流行地域は次第に減少した。2型野生株ポリオウイルス(WPV)は、1999年のインドの症例を最後に終息し、世界ポリオ根絶認定委員会は、2015年9月、2型WPV根絶を宣言した。3型WPVによるポリオ症例は、2012年のナイジェリアの症例以降、3年以上報告されていない。したがって、WPV1~3型のうち、現在も伝播が継続しているのは1型のみである。さらに、長年ポリオウイルス流行国であったナイジェリアからは、2014年7月発症のポリオ症例を最後にWPV症例の報告がないことから(本号13ページ)、アフリカ全土における1型WPV伝播が終息した可能性が高い。現在残されたWPV流行国は、パキスタンおよびアフガニスタンの2カ国で(図および本号3ページ)、2015年のポリオ確定症例数は世界で72症例となり(表)、2014年の359症例と比較すると大幅に減少した。ただし、残されたポリオ流行地は依然多くの社会問題を抱えており、近い将来のWPV根絶達成は楽観視できない。
2000年以来、ワクチン由来ポリオウイルス(VDPV)によるポリオ流行の発生が世界各地から報告されており、ポリオ根絶の最終段階のリスク要因となっている(本号8ページ)。WHO西太平洋地域では、2000年にWPV伝播の終息を宣言したが、以来、2011年の中国新疆ウイグル自治区の1型WPV(パキスタン由来株)流行以外、WPVによるポリオの流行は報告されていない。しかし、2015年、1型VDPVによるポリオ流行がラオスで発生した(本号4&8ページ)。
VDPVは、世界のほとんどの地域でWPVによるポリオ流行がコントロールされている現在、公衆衛生上無視できないリスクとなっている。また、世界全体の経口生ポリオワクチン(OPV)使用国で発生している年間250~500例のVAPP症例の約40%が2型ポリオウイルスによる(本号4ページ)。そのためWHOは、2016年4月17日~5月1日の期間に、3価OPV(tOPV)接種を世界的に停止し、OPV使用国では、2型株を除いた2価OPV(bOPV)導入の準備を求めている。bOPV 導入後における2型VDPV伝播のリスクを最小限とするためには、3価ポリオウイルス抗原を含む不活化ポリオワクチン(IPV)接種を、少なくとも1回定期接種に導入する必要がある。このため、世界的なIPV供給体制の整備が必要とされる(本号3、4&14ページ)。
わが国におけるIPV導入とポリオサーベイランス:日本は、2012年9月に、従来のtOPVに替えて単独IPVによる定期接種を開始し、2カ月後の同年11月には、世界に先駆けて、弱毒化Sabin株に由来するIPVを含むIPV-DPT混合ワクチンを定期接種に導入した。定期接種へのIPV導入前、2011~2012年にはOPV実施率の低下が認められたが(0~1歳児の予防接種率は76%、抗体保有率は1型80%、2型78%、および3型48%)、2012年9月のIPV導入後は高いIPV接種率(IPV単独およびIPV-DPT混合ワクチン)が保たれている。2013~2014年度の感染症流行予測調査に基づくポリオ感受性調査によると、5歳未満における接種率および1型・2型に対する抗体保有率ともにほぼ95%以上であった(本号10ページ)。
わが国では、感染症法によるポリオ患者の報告や感染症流行予測調査等に基づく複数のサーベイランスにより、WPVおよびVDPVの輸入・伝播の可能性を、疫学的・ウイルス学的にモニターしている。感染症流行予測調査では、疾患サーベイランスを補完する病原体サーベイランスとして、健常児糞便に由来するポリオウイルス分離株の解析を毎年実施してきたが、2013年度調査をもって終了し、これを、ポリオウイルス検出感度のより高い環境水調査に替えた。2014年10月に採水した下水濃縮物からは3型ポリオワクチン株(Sabin 3)が分離された(本号11ページ)。
ポリオウイルスの実験室診断:ポリオウイルス実験室診断の基本は培養細胞を用いたウイルス分離である。WHO標準法では、リアルタイムRT-PCR法による野生株とワクチン株の型内鑑別試験を行い、非ワクチン株と判定されたポリオ分離株は、すべてVP1 全領域の塩基配列を解析し、WPV、VDPV、およびワクチン株の同定を行うこととしている。1型および3型ポリオウイルスの場合、VP1領域の塩基配列がOPV株と比較して1%以上の変異が認められた分離株、2型については0.6%以上の変異が認められた分離株は、VDPVとしてWHOに速やかに報告しなければならない(本号8ページ)。
ポリオウイルスのバイオリスク管理:WHOは、世界行動計画改訂第三版(GAPIII)において、世界中のポリオウイルス取り扱い施設を、診断・研究・ワクチン製造等に必須な必要最小限の認証済み施設に限定し、認証施設ではGAPIIIに示されたバイオリスク管理標準に準じてポリオウイルスを取り扱うことを求めている。また、GAPIIIでは、bOPVの世界的導入後3カ月以内に、2型ワクチン株(Sabin 2/OPV2株)を廃棄するか、WPVに準じたバイオリスク管理規準に基づく管理への対応を求めている。
国は、これに対応し、不必要なポリオウイルスの廃棄に関する協力依頼通知を発出した(健感発1211第1号; http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/polio/dl/topics_20151211.pdf)。加えて、今後も感染性のあるポリオウイルスを含む材料を継続して保有する必要がある施設は、施設の責任者から厚生労働省健康局結核感染症課へ連絡することを求めた(本号6ページ)。
今後の課題:WHOは、世界ポリオ根絶計画を、もっとも優先度の高い公衆衛生事業として位置づけ、残されたポリオ流行国における1型WPVの伝播遮断に向け取り組みを強化し、同時に、ポリオ根絶最終段階に向けたポリオワクチン戦略の一環として、2016年前半に、tOPV接種を世界的に停止しbOPVを導入する予定である。
わが国は、IPV導入後、高いワクチン実施率を維持しているので、ポリオ患者の発生、ポリオウイルス伝播のリスクは低いと想定される。しかし、IPVは腸管でのウイルス増殖を抑制しうる十分な粘膜免疫を誘導しないため、WPV/VDPVの輸入・伝播について今後とも監視を続ける必要がある。他方、2016年後半以降、2型ワクチン株が病原体管理の対象となるため、国はポリオウイルス病原体廃棄・管理について、医学生物学施設等へ周知させるための国内対応を準備中である。