国立感染症研究所

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老人ホームで発生したSalmonella Nagoyaを原因とする食中毒事例について―千葉市

(IASR Vol. 37 p. 160-161: 2016年8月号)

近年, サルモネラ属菌による食中毒の発生件数は減少傾向にあるものの, 2015年には全国で24件の発生があり, 患者数は1,918人1)と1件当たりの患者数が多いことが特徴である。また, 食中毒の原因として特定される血清型として最も多いのはSalmonella Enteritidisであるが2), その他の血清型の報告は少ない。

今回我々は千葉市内の老人ホームで提供された食事を原因とした, Salmonella Nagoya(以下SN)による食中毒事件を経験したのでその概要について報告する。

事件の概要

2016年4月14日, 市内老人ホーム職員から, 施設利用者の間で感染性胃腸炎が集団発生しているとの届出が保健所にあった。探知の時点で先行発症者はなく, 調査の結果, 4月12日午前5時30分を初発として4月16日までの間に入所者51人中11人が発熱(10人), 下痢(9人), 嘔吐(1人)などの症状を呈していた。

発症者便8検体, 調理従事者便5検体, 4月9~11日の保存食61検体, ならびに調理施設ふきとり5検体の合計79検体について細菌およびウイルス検査を実施したところ, 発症者便8検体および4月10日夕食の「盛り合わせサラダ」1検体からSalmonella O8群を検出し, 血清型別検査でSN(6,8:b:1,5)と同定した。入所者は老人ホーム内給食施設で調理した食事のみを共通して喫食しており, 発症者全員が「盛り合わせサラダ」を喫食していたことから, 千葉市保健所は, 4月19日, 当該施設を原因施設とする食中毒事件と断定した。喫食者数は職員1人と調理従事者2人を含む54人で, 発症率は20.4%であった。また,「盛り合わせサラダ」を喫食してから発症するまでの潜伏時間は36~134時間であったが(), 11人中9人は36~62時間の間に集中しており, 134時間後に発症した1人については二次感染も疑われた。

施設調査

調理施設には下処理室および洗浄室が無く, 原材料の保管から下処理, 調理, 盛り付け, 洗浄を一区画で実施していた。4月10日夕食の調理には2人が従事しており, そのうちの1人が「盛り合わせサラダ(レタス, トマト, セロリ, ヤングコーン)」と「ごぼうの炒め煮(ごぼう, にんじん, 鶏肉)」を担当していた。「ごぼうの炒め煮」の原材料である鶏肉は, サラダ用調理台として使用していたコールドテーブルに保管されており, 当該従事者は, トマトおよびレタスの消毒と, 鶏肉を冷蔵庫から取り出し加熱する工程を同時に行っていた。施設で使用するエプロンには下処理用, 調理用等の区別がなく, また, 肉を触る, 野菜を消毒する, サラダを盛り付ける等の工程に用いる使い捨て手袋には色分け等の識別をしておらず, 工程ごとに手袋を交換していたが, 交換時に手洗いを行っていなかった。

以上のことから, 原因食品は調理の過程でSNに汚染されたものと推察されたが, 当該施設が保存していた原材料は下処理中に切り取った生鮮野菜の不可食部位のみであり, また, 肉類や加工品は保存されていなかったことからSNの由来は特定できなかった。

考 察

サルモネラ属菌による食中毒の原因として最も多い血清型はS. Enteritidisである2)が, 近年, その発生率は減少傾向で, その他の血清型が増加してきており3), 本件においても, 食中毒の原因菌としては報告例の少ないSNが検出された。

SNは下痢症患者便から散発して分離されている他4), 食中毒の原因菌として報告されているが5,6), 自然界での分布には未だ不明な点が多い。今回の事例でも, 患者便と「盛り合わせサラダ」からSNが検出されたものの, 汚染源の特定には至らなかった。一方で, 調理工程において, 鶏肉とサラダ用食材の動線が交差していたこと, 下処理, 調理, ならびに盛り付けに用いられていたエプロンおよび手袋に明確な区別がなかったことなどから, 調理過程で汚染された可能性が高いことが推察された。

近年, 千葉市内の高齢者入居施設は増加傾向にあり, その多くが中小規模の給食施設を有している。また, 高齢者の食中毒は重症化しやすく, 今回の事例でも発症者は70~90代で, 患者11人中3人が, 入院が必要なほどの重篤な症状を呈している。中小規模の調理施設においても大量調理施設衛生管理マニュアル(平成25年10月22日付食安発1022第10号厚労省通知)を踏まえた衛生管理が必要不可欠であると思われ, 給食施設への衛生指導を引き続き徹底して行うことの重要性が強く感じられた。

 

参考文献
  1. http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html#4-2(厚生労働省食中毒統計資料)
  2. 厚生労働省医薬食品局食品安全部, IASR 30: 206-207, 2009
  3. 食品安全委員会,食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~鶏肉におけるサルモネラ属菌~(改訂版), 2012
  4. http://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr/511-surveillance/iasr/tables/1525-iasrb.html(IASR 速報集計表)
  5. 川森文彦, 他, IASR 21: 243-244, 2000
  6. 小川博美, 他, 食衛誌 24: 511-512, 1983

千葉市保健所
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