国立感染症研究所

IDWRchumoku 注目すべき感染症 ※PDF版よりピックアップして掲載しています。

◆梅毒

 

 梅毒は梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum sub-species pallidumT. pallidum)を原因菌とする細菌感染症で世界中に広く分布している。

 梅毒は、患者数が多いこと、比較的安価な診断法があること、ペニシリン等有効な抗菌薬があること、また妊娠中の母体への適切な抗菌薬治療で母子感染が防げることなどから公衆衛生上重点的に対策をすべき疾患として位置付けられている。

 主に性的接触により感染するが、膣性交以外でも感染伝播の可能性がある。感染しても終生免疫は得られず、再罹患する可能性がある。

 T. pallidum が粘膜や皮膚に侵入すると、数週間程度の潜伏期の後に、侵入箇所に初期硬結や硬性下疳がみられ(I期顕症梅毒)、いずれも無痛性であることが多い。その後数週間〜数カ月間経過するとT. pallidum が血行性に全身へ移行し、典型例では全身の皮膚や粘膜に発疹がみられるが、その他にも中枢神経、眼、肝臓、腎臓など全身の臓器に様々な症状を呈することがある(II期顕症梅毒)。発疹は多岐にわたるが、丘疹性梅毒疹、梅毒性乾癬、バラ疹などが高い頻度で認められる。これらI期とII期の梅毒を早期顕症梅毒と呼ぶ。無治療であっても、多くの場合、I期の症状は数週間で、II期の皮膚粘膜病変は数週間〜数カ月で消退する。無治療の場合、一定数の患者が感染後数年〜数十年後に、ゴム腫、心血管症状など晩期顕症梅毒の症状を呈するとされている。

 また、妊婦が感染すると菌は胎盤を通じて胎児に感染し、流産、死産、先天梅毒を起こす可能性がある。先天梅毒では、生後まもなく皮膚病変、肝脾腫、骨軟骨炎などを認める早期先天梅毒と、乳幼児期は症状を示さず、学童期以降にHutchinson 3徴候(実質性角膜炎、感音性難聴、Hutchinson歯)を呈する晩期先天梅毒がある。

 T. pallidum は培養ができないため、顕微鏡で病変由来の検体中の菌体を確認、PCR検査等で T. pallidum DNAを検出、ないし患者血清中の菌体抗原およびカルジオリピンに対する抗体を検出することで梅毒と診断する。

 治療にはペニシリン系抗菌薬が有効であり、国内ではアモキシシリンの経口投与や神経梅毒と診断された場合にはベンジルペニシリンカリウム点滴静注による治療が日本性感染症学会により推奨されている。また2021年9月には、梅毒の世界的な標準治療薬であるベンジルペニシリンベンザチン筋注製剤の国内での製造販売が承認された。

 梅毒は感染症法により全数把握対象疾患の5類感染症に定められ、診断した医師は7日以内に管轄の保健所に届け出ることが義務づけられている。1948年以降、梅毒患者報告数は小流行を認めながら全体として減少傾向であったが、2010年以降増加に転じ2018年には7,000例近くの症例が報告された。その後いったん減少傾向がみられたが今年になってまた増加がみられる。

 2021年第1〜47週まで(2021年1月4日〜11月28日)に診断され、感染症法に基づく医師の届出による梅毒として報告された症例数は6,940例で、昨年同時期5,127例の約1.4倍であった。性別においても男性4,604例、女性2,336例で、昨年同時期(男性3,366例、女性1,761例)と比較して男性約1.4倍、女性約1.3倍であった。2021年は、1999年の感染症法施行以降、最多であった2018年の第47週の週報集計時点累積報告数(6,221例:2018年11月28日現在)を上回っている。直近5週間の週ごとの報告数は第43週180例、第44週167例、第45週185例、第46週166例、第47週91例となっている(2021年12月1日集計暫定値.当該週に診断された症例の報告が集計の期日以降に届くことがあるため、直近の週は、過小評価されている傾向があることに注意を要する)。

 2021年第1〜47週における報告都道府県別で上位5位は、東京都2,170例、大阪府738例、愛知県367例、福岡県301例、神奈川県290例であった。また、10万人当たり報告数の上位5位は、東京都(15.7)、高知県(12.0)、大阪府(8.4)、岡山県(7.4)、宮崎県(7.0)であった。

 感染経路別(重複例あり)では、男性は異性間性的接触が2,782例(60%)、同性間性的接触が826例(18%)、その他・不明1,036例(23%)の報告であった。また、女性の異性間性的接触は1,863例(80%)、その他・不明475例(20%)であった。病型は、早期顕症梅毒が、男性3,618例(79%)、女性1,448例(62%)で多かった。なお、早期顕症梅毒は直近の感染を反映し、最も感染力の高い病型とされている。

 5歳ごとの年齢分布として、男性は20〜54歳の年齢群が多く報告されており(計3,894例:男性報告全体の85%)、最も多い年齢群は25〜29歳(645例:男性報告全体の14%)であった。女性は20〜34歳の年齢群から多く報告されており(計1,544例:女性報告全体の66%)、最も多い年齢群は20〜24歳(784例:女性報告全体の34%)であった。先天梅毒は19例が報告された。

 2010年以降梅毒の報告数は増加傾向に転じており、2019年、2020年には減少したものの、新型コロナウイルス感染症パンデミックが続いている2021年の報告数は再び増加している。増加は全国的にみられ、東京都と大阪府、そしてその周辺の地域からの報告が特に多い。昨年に引き続き、男女の異性間性的接触による報告数増加の傾向が続いている。また、近年、梅毒の母子感染である先天梅毒は年間20例前後報告されており(「発生動向調査年別報告数一覧(全数把握)」:https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/10068-report-ja2019-30.html)、今後はさらなる増加も懸念される。なお、先天梅毒の第1〜47週までの累計報告数は、2020年は19例、2019年は20例であった。また、男性同性間性的接触による報告数も増加している。

 例年以上に梅毒の報告数が多い現状を踏まえると、今後の梅毒の発生動向を引き続き注視するとともに、後述の感染リスクが高い集団に対して啓発を行っていくことが重要である。具体的な啓発のポイントとしては、不特定多数の人との性的接触が感染リスクを高めること、オーラルセックスやアナルセックスでも感染すること、コンドームを適切に使用することでリスクを下げられること、梅毒が疑われる症状、例えば性器の潰瘍などに痛みがなくなり自然消失したとしても治癒したわけではなく、医療機関での治療が必要なこと、梅毒は終生免疫を得られず再感染することなどが挙げられる。

 先天梅毒を予防するには、梅毒スクリーニング検査を含む妊婦健診の推進、妊娠中に少しでも心当たりや疑わしい症状があった際の積極的な梅毒検査の実施、梅毒と診断された時の早期治療の実施、妊娠中の安全な性交渉に関する啓発等が重要である。

 医療機関では早期診断、早期治療、ハイリスクと考えられるパートナーへの性感染予防教育や他の性感染症の疑いで受診した人への梅毒の検査・治療を推進することが重要である。なお、梅毒の陰部潰瘍はHIVなど他の性感染症の感染リスクを高めるという点も肝要である。梅毒の感染経路、症状、治療、予防等に関しては、「梅毒に関するQ&A」(http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/qanda2.html)、性感染症の啓発活動に関しては、「性感染症」(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/index.html)を参照されたい。

 

●IASR 梅毒
https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-iasrtpc/9342-479t.html
●IASR 梅毒 2008〜2014年
http://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m/syphilis-iasrtpc/5404-tpc420-j.html
●感染症発生動向調査週報(IDWR)2021年第41号 注目すべき感染症「梅毒」
https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-idwrc/10744-idwrc-2141.html
●性感染症に関する特定感染症予防指針の改正(概要)
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/seikansenshou/dl/shishin-gaiyou.pdf
●梅毒とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/465-syphilis-info.html

 

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