国立感染症研究所 感染症疫学センター
2024年1月5日現在
(掲載日:2024年4月12日)

 

感染症発生動向調査における梅毒は、2011年頃から異性間性的接触を感染経路とする男女の症例数が増加傾向にあり、特に2021年以降は、より顕著に増加している。2022年の梅毒年間総症例数は感染症法施行以降1万例を初めて上回り(1)、2023年はそれを凌ぐ症例数となった(2)。更に、先天梅毒は2019年から2022年には年間20例前後報告されていたが、2023年には37例に急増し、1999年の感染症法施行以降最も多い症例数となった(2, 3)

先天梅毒は、梅毒に罹患した妊婦からTreponema pallidumが胎児に経胎盤感染することで生じうる。また、T. pallidumの母子感染が、流産、死産、早産などの周産期転帰の原因となることもある。一方、妊婦が適切な抗菌薬治療を受けることで、母子感染のリスクを下げることができる。感染拡大の防止や梅毒に関連した周産期転帰の防止のための対策に繋げるべく、2019年に、感染症発生動向調査の梅毒の届出様式に妊娠の有無、直近6か月以内の性風俗産業従事歴の有無についての項目が加えられた。以降、国立感染症研究所は、感染症発生動向調査において収集した梅毒の妊娠症例の疫学情報を還元してきた(4) 。今回は、2022年と2023年に梅毒と診断された妊娠症例の疫学情報について、2019~2021年の動向とともに記述し、報告する。

本報告には、感染症発生動向調査における2019~2022年の事業年報確定データと2023年診断症例の暫定データ(2024年1月5日時点)を使用した。妊娠症例および診断時妊娠週数は、感染症発生動向調査システムにおいて性別が「女」と報告された梅毒症例のうち、「疾病共通備考欄」または「その他事項」の欄に「妊娠」の文字列が含まれる症例の情報を目視で確認し、抽出した。なお、2023年3月11日よりシステムにおいて「妊娠の有無(女性のみ)」の欄が加えられたため、その「有(週)」、「無」、「不明」の入力情報も抽出の際に用いた。また、非妊娠症例を15~44歳の女性症例の中で妊娠症例以外の症例と定義し、非妊娠症例についても記述することで、妊娠症例に特徴的な疫学の把握に努めた。

妊娠症例数

感染症発生動向調査において報告された梅毒の2022年、2023年の診断年別妊娠症例数は、2019~2021年の年間200例前後と比べて大幅に増加した(図1)。2022年は267例、2023年は383例であり、それぞれ前年の1.4倍となった。また、2021年以降女性症例数が大幅に増加していた中で、2023年には妊娠症例数だけでなく割合も増加し(7.2%)、数および割合がともに過去2年間を上回った。

 
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報告都道府県

妊娠症例が最も多く届け出られた都道府県は、2022年は東京都(62例)、大阪府(36例)、福岡県(18例)、2023年は東京都(76例)、大阪府(64例)、愛知県(27例)の順であり、2年間を通じて東京都に続き大阪府が最も多かった(表1図2)。前年に対する妊娠症例数増加比が最も高かった都道府県は、2022年は広島県(6.0)、愛媛県(4.0)、福岡県(3.6)、2023年は千葉県(3.7)、群馬県(2.7)、愛知県(2.5)であった。なお、妊娠症例数が前年を上回っていた都道府県は、2022年、2023年ともに25都道府県であり、全国的な増加を認めた。一方、女性人口100万人あたり妊娠症例数は、2022年は沖縄県(9.4)、宮崎県(9.0)、東京都(8.7)、2023年は大阪府(14.0)、宮崎県(12.6)、東京都(10.6)の順に高かった。

 
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年齢群

妊娠症例の年齢中央値は、2022年は24歳(範囲15~39歳)、2023年は24歳(範囲16~42歳)であった。5歳毎の年齢群別では、2022年、2023年ともに20~24歳の年齢群が最も多くを占め(2022年120例 [44.9%]、2023年170例 [44.4%])、続いて25~29歳が多かった(2022年76例 [28.5%]、2023年96例 [25.1%])(図3)。この20代が妊娠症例の約7割を占める分布は、2019~2023年を通じて概ね同様に認められ、15~44歳の非妊娠症例においても概ね同様であった。

 
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病型

妊娠症例における病型別では、無症候(無症状病原体保有者)が2022年は72.7%(194例)、2023年は75.2%(288例)と大半を占め、無症候(無症状病原体保有者)が約3割に留まる非妊娠症例の病型別分布と大きく異なっていた(図4)。最近の感染を示唆する早期顕症梅毒(I期およびⅡ期)が妊娠症例に占める割合は、2022年は27.3%(73例)であり、前年の23.0%(43例)から症例数だけでなく割合の増加もみられたが、2023年には24.8%(95例)となり、前年から症例数は増加したが割合は減少した。また、早期顕症梅毒(I期およびⅡ期)の妊娠症例数前年比は、2022年には1.7であり、全病型の妊娠症例数前年比1.4を上回った。しかし、2023年には1.3へ減少し増加率の鈍化がみられ、2023年の全病型の妊娠症例数前年比1.4よりも減少していた。なお、非妊娠症例においても類似した推移が認められた(2022年1.8、2023年1.1)。

 
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性風俗産業従事歴

直近6ヶ月以内の性風俗産業従事歴に関する情報が確認できた症例(従事歴「有」、「無」、「不明」の症例)の妊娠症例における割合は、2022年は76.0%(203例)であり、前年の77.0%(144例)から横ばいであったが、2023年には82.0%(314例)に増加した(図5)。この従事歴に関する情報が確認できた症例の割合は2019~2023年を通じて、妊娠症例の方が非妊娠症例(約9割)に比べて低い傾向にあった。妊娠症例における従事歴「有」の「無」に対する症例数の比は、2019~2023年を通じて0.5を下回っており、従事歴を有する症例数は有さない症例数の半数未満であった。反対に、非妊娠症例においてはこの比が常に1.0を上回っており、従事歴を有する症例数の方が多かった。また、妊娠症例における従事歴「有」の「無」に対する症例数の比は2022年以降増加傾向にあり(2022年0.3、2023年0.4)、非妊娠症例における比が2023年(1.3)に2022年(1.5)から減少した推移との違いが認められた。

 
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診断時妊娠期

妊娠症例の診断時妊娠週数に基づく妊娠期別では、妊娠期不明症例の割合が概ね横ばい(2021年3.2% [6例]、2022年4.5% [12例]、2023年3.1% [12例])の中で、妊娠初期(0~13週)に診断された症例数およびその割合は、2022年(150例、56.2%)、2023年(226例、59.0%)ともに増加していた(図6)。反対に、妊娠中期以降(14週~)に診断された症例の割合は、2022年以降減少した(2021年47.6% [89例]、2022年39.3% [105例]、2023年37.9% [145例])。更に、2022年と2023年の年齢群別の妊娠期別では、いずれの年においても15~19歳の年齢群で妊娠初期に診断される症例の割合が他の年齢群よりも一貫して比較的高く、妊娠中期以降に診断される割合が低い傾向が認められた(表2)。なお、「疾病共通備考欄」または「その他事項」の欄への自由記載に基づくと、妊娠中の梅毒検査で陰性が確認されていたものの、後に陽転化して診断された症例は2022年に1例、2023年に4例認めた。

 
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周産期転帰

「疾病共通備考欄」または「その他事項」の欄への自由記載に基づくと、流産(2022年3例、2023年2例)、死産(2022年11例、2023年9例)などの妊娠合併症が報告された症例を認めた。また、人工妊娠中絶に関しては、2022年は43例、2023年は28例報告された。ただし、感染症発生動向調査においてこれらの情報を届け出ることは求められていないため、過小評価の可能性や症例数の変化を正確に把握できていない可能性に留意を要する。また、これらの転帰は必ずしも梅毒に関連した発生ではないことにも留意が必要である。

まとめ

感染症発生動向調査における梅毒の妊娠症例は、2022年、2023年ともに大幅に増加し、2023年は妊娠の有無に関する情報収集が開始された2019年以降最多であった。2022年には、過去2年間と比べて早期顕症梅毒(I期およびⅡ期)の症例数と割合がともに増加していたこと、受診行動や検査方針などの変化によるサーベイランスバイアスの影響を比較的受けにくい先天梅毒が2023年に著明に増加したことから、近年の妊娠症例数の増加は真の新規感染妊婦の増加であった可能性が考えられた。また、近年の妊娠症例数の増加は全国的に認められ、女性人口あたり妊娠症例数では西日本において他の地域よりも高い水準を認めた。妊娠症例が増加した地域や症例数および女性人口あたり症例数の多い地域では、地域の実情を考慮した対策を行うことがより一層重要であると考えられた。ただし、妊娠症例の疫学的動向をより深く理解するためには、妊婦において実施された梅毒検査数や母数である妊婦数に関する情報が有用であるが、これらの情報がないことは発生動向を解釈する上での制約である。妊娠症例の7割は20代であり、非妊娠症例と対照的な疫学的特徴として、無症候(無症状病原体保有者)が大半(7割)を占めること、性風俗産業従事歴の無い症例が有る症例の2倍以上を占めることが明らかとなった。また、妊娠症例において梅毒診断時の妊娠期が中期以降であった症例の割合は、2022年以降減少したものの、依然として4割程度を占めた。梅毒母子感染は、適時の検査および適切な治療により予防しうることから(5、6)、日本では妊娠初期に行う妊婦健診で梅毒スクリーニング検査を行うことが推奨されている(7)。妊婦健診の受診アクセスを改善する取り組みに加え、妊婦健診以外の場での検査機会の提供も、妊婦における早期の診断治療に有用である可能性が示唆された。更に、妊娠中の梅毒検査で陰性が確認されていたが、後の検査で陽性が判明した例も認められた。このことから、妊娠中の性感染症の予防に関する啓発の他、妊婦の背景要因や潜在的な感染機会の有無を考慮に入れた症状出現時の梅毒の鑑別や、医師がハイリスクと判断した事例については妊娠中期・後期にも梅毒スクリーニング検査を実施するなども今後検討すべき点と考えられる(8, 9)

妊婦における梅毒の流行に効果的に対処するために、引き続き感染症発生動向調査における報告の動向を注視するとともに、その疫学的特徴を把握し、増加の中心となる集団への対策や先天梅毒防止のための対策に活用していくことが極めて重要である。

 
参考文献
  1. 国立感染症研究所. 梅毒2023年現在. IASR Vol. 44 p187-189: 2023年12月号
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-iasrtpc/12410-526t.html
  2. 国立感染症研究所. 感染症発生動向調査における近年の梅毒の動向―2023年第1週~39週診断例を中心に―. IASR. 2023;44(12):198-200.
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2617-related-articles/related-articles-526/12419-526r08.html
  3. 国立感染症研究所. 感染症発生動向調査で届け出られた梅毒の概要(2024 年 1 月 5 日現在)
    https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/syphilis/2023q4/syphilis2023q4.pdf
  4. 国立感染症研究所. 感染症発生動向調査に基づく梅毒の届出における妊娠症例と女性性風俗産業従事者の症例、2019-2021年
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-idwrs/11654-syphilis-20221130.html
  5. Cooper JM, et al. Congenital syphilis. Semin Perinatol. 2018;42(3):176-184.
  6. Nishijima T, et al. Effectiveness and Tolerability of Oral Amoxicillin in Pregnant Women with Active Syphilis, Japan, 2010-2018. Emerg Infect Dis. 2020;26(6):1192-1200.
  7. 一般社団法人 日本性感染症学会. 性感染症 診断・治療 ガイドライン 2020. 診断と治療社
  8. 金井瑞恵, 他. 先天梅毒児の臨床像および母親の背景情報に関する研究報告(2016~2017年). IASR. 2018;39(11):205-206.
    https://www.niid.go.jp/niid/ja/syphilis-m-3/syphilis-iasrd/8437-465d03.html
  9. 一般社団法人 日本性感染症学会. 梅毒診療の基本知識.
    http://jssti.umin.jp/pdf/syphilis-medical_basicknowledge.pdf
 

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